流行らないWeb作家、自作のクソ異世界に飛ばされる ~チートとかハーレムとか書けばよかったと思ったけどもう遅い~
金澤流都
1 転生しました
どう頑張っても、カクヨムのPV数が伸びない。これではロイヤルティプログラムでうまい棒すら買えない。だからイベントで短編をマメに書いて「全員に500リワードプレゼント!」みたいなのは逃さないようにしているが、500リワードで何が買えるというのか。
俺はXでとある作家が「公募とWebだとWebのほうが圧倒的に書籍化まで早い、おれは3か月で書籍化にこぎ着けた」と言っていたのを真面目に信じてカクヨムを始めた。とにかく早く書籍化したい。書籍化して「作家」という肩書きを得たいのだ。
高校を出たあと、入試なしで入れるデザインの専門学校に入って、特になんのスキルも持たぬまま世に放り出され、仕方なく目指したのが作家だった。
作家はどんな人生を体験した後でもなれる、と村上龍は「13歳のハローワーク」に書いていた。それを素直に信じた結果がこれだよ!!!!
とにかくいまは冷静になって、しっかり今書いている「アウルム王国列王記」と向き合わなければ。よし、コンビニにエナドリ買いに行こう。歩けば脳も活性化するだろう。
そういうわけで家を出るなり、トラックがすごい勢いで突っ込んできた。
焼けつくような激痛。
そして俺は、なにやら異世界に転移したようなのであった。
◇◇◇◇
ぱちり、と目を開く。
五感が弱っているのを感じる。
ここはどこだろう。もうトラックにはねられた痛みはない。死ぬってあんなに痛いんだな。なるべくなら死なないように頑張らなきゃ。
「――アスト姫様!?」
素っ頓狂な中年女性の悲鳴が上がった。
徐々に世界の輪郭が明確になるに従って、ここがどこか分かってきた。
アガット国だ。アガット国の都カメオスの、領主の館だ。間違いない、先月だか先々月だかに、炎上するシーンを描写した記憶がある。
頭のなかの領主の館をそのまま再現した――もっとも俺の想像力など実に半端なので、細かいところはぼやけたり勝手に補完されたりしているが、とにかくアガット国の領主の館に、俺はいた。
フカフカ……でもないな、ただ大きいベッドに俺は寝かせられていて、さきほどの中年女性の声ののち医師やメイドがぞくぞくと入ってくる。
「アスト姫様が黄泉より還られた!」
「悪霊がとりついたのでは? アスト姫様、わたくしがわかりますか?」
「……メイド長の、ラファエル?」
口を開くと美少女の声がした。
適当に言ったらメイド長は目をひんむいている。
なんで適当に言ったかというと、アガット国は序盤に主人公が燃やしてしまう敵国のため、登場人物の名前も適当につけたり、そもそもつけなかったりしたキャラクターも多いので、自分の名前から推測したのである。
アスト姫、というのは、アストリッド・アガットという領主の娘だ。名前の由来はえねっちけーの日曜深夜の海外ドラマの枠でやっていたフランスの推理ドラマ、「アストリッドとラファエル」からつけた。
だからこの、胸元にボリュームがありすぎて、胴がきれいにくびれているはずなのに太って見えるメイド長は、「ラファエル」だと推測したのである。
「アスト姫様が……シャベッタ!?」
「ラファエルで合っているのですか?」
「え、ええ……アスト姫様、黄泉の国から知恵を持ち帰られたのですか?」
「知恵……? おれ……わたしは、話せないだけで知恵はありましたよ?」
ここは覚えているぞ。アスト姫は口が利けない、という設定だった。
「それは……いままでさんざん失礼なことを……!」
「死んで蘇ったら、いろいろなことを忘れてしまいました。だから大丈夫」
俺、改めわたしはゆっくり体を起こす。
「わたしはどうして死んだのですか?」
「流行り病にかかられたのです。かかれば咳が止まらず熱が出て食べ物の味が分からなくなって弱ってしまう、という」
……新型コロナじゃん。
そうだ、この流行り病というのが、主人公がアガット国を焼き尽くす動機だった。アガット国を滅ぼして、病気を封じようとしたのである。
現実とリンクさせたら面白かろう、とぶち込んだのがこの流行り病であったが、しかしそれでアストリッドが死ぬシーンはなかったはずだ。
むしろ主人公ことオラーツィオ・アウルム王子に殺されて、王都で晒し首にされるのではなかったか。
待て、物語が始まった時点ですでにアウルム王国による侵略戦争は始まっていて、オラーツィオ・アウルムはアガット国に行くよう命じられて征伐に向かったのではなかったか。
なんせ書いたのが先月より前なので超☆遅筆の俺はすっかり忘れている。
「戦争はどうなっていますか」
「戦争? なんのことだろう」
「戦争なんて起きていませんよ?」
集まった人々は口々にそう言い、俺は、いやわたしはたいへん安心した。
いまはまだアウルム王国による侵略戦争は始まっていないのか。
どうかこのまま戦争なんて起きないでくれ、とわたしは思った。
浴衣のような薄地の寝間着を整えて、ベッドから出る。やせて細くて背が低い。大きな鏡に顔を映せば、端正な顔立ちをしている。ちょっと気難しそうな顔だ。
要するにアストリッド・アガットをロールプレイすればいいんだな。
そう思ったがアストリッドがどんなキャラだったか必死に思い出そうとしても、主人公があっさり倒してしまったので大した描写をしていない。
要するにキャラクターひとりひとりを掘り下げて書いた物語というよりは、三国志演義のように壮大な戦記物を書きたい、と思っていたのである。
だって三国志演義の子供向けのやつ、「どこそこになにがしという英雄がいた、この英雄はなにがしを倒し手柄を挙げたがどこそこの戦いに敗れて死んだ」っていうのがひたすら続くばっかりじゃん。それなら俺でも書けると思うじゃん?
窓の外を見てみる。
そのまんま、中学生のころ好きだったRPGの背景イラストそっくりの風景が広がっていて、自分の想像力の足りなさにたいへんガッカリした。
窓辺に、スズメとシジュウカラの中間をカラフルにしたような小鳥が留まってさえずっている。そっと近づくと小鳥は恐れずにそこにいて、窓を開けると手のひらに乗ってきた。
なるほど、アストリッドのイメージは無垢なプリンセス、だったな。
イメージ元にナウ●カがいるのは間違いないだろう。それともネズミーのプリンセスだろうか。
ここまで無垢なら主人公ことオラーツィオ・アウルムもわたしを殺そうとしないのでは?
そんなのがていのいい期待、希望的観測でしかないのは間違いないのだが、いまのところそう思いたかった。
遥か彼方に続く、古いハードのゲームのグラフィックみたいな山並みを見つめる。
あの向こうにアウルム王国があり、アウルム王は大陸全土を統一しようとしているのだ。
それに反旗を翻して、あっという間に滅ぼされるのがアガット国である。
今思うとなんでそんな胸糞悪い設定にしてしまったのだろう。
もっとこう、ハーレムとかチートとか、楽しい話にすればよかった。
まあだとしてもハーレムというのは主人公が真ん中にいるもので、この物語の主人公はオラーツィオ・アウルムである。アストリッド・アガットの逆ハーものではない。
わたしは、いや俺はいやだよ、オラーツィオ・アウルムのハーレムの末席に加えられるなんて。あいつサイコパスだもん。
そんなことを考えていると、メイド長が「お食事の時間ですよ」と現れた。
ダン●ョン飯的異世界ご飯に期待して振り返ると、メニューは実にシンプルな、焼き魚と味噌汁と白い米であった。
そうだ、似ている文化をいろいろ考えたんだ。主人公が滅ぼす土地の食事を食べるシーンを書きたくて、アガット国の食文化は和食に近いものにしようと設定したのである。
とりあえずキテレツな飯よりはずっと食べていても平気であろう。そこだけは自分に感謝する。ありがとう田中信行! あ、田中信行というのはこの世界の作者である俺のことだ。
味噌汁の具は実にシンプルに豆腐とワカメとネギであった。
こういうのでいいんだよこういうので。
「アスト姫様、ご病気がよくなられたことを、民に見せねばなりませんね」
「死んでしまったことは公表していなかったのですか?」
「民が驚き悲しみますゆえ、埋葬の儀を執り行ってのちに、民にむけてお別れの会をするつもりでおりました」
まるっきし芸能人じゃないの。
とりあえずきょうのところは医師の診察を受けて休むことになった。肺の雑音がなくなり、たいへん健康になったらしい。
女の子の体になってしまったわけだが、特に変な気持ちにはならなかった。まあ自分の体にコーフンするやつなんてそうそういないだろう。
忘れてしまったのだ、とメイド長ラファエルに相談して、アストリッド・アガットの境遇について教えてもらうことにした。メイド長はよろしいですよ、と答えてくれた。
アガット国の領主であるルイ・アガットは三年前に亡くなり、アストリッド・アガットの母はもっと前に亡くなっていた。三人兄がいたがそれもみんな幼いうちにぱたぱた死んでしまったらしい。
なので、原状姫君であるアストリッド・アガットがアガット国を統治せねばならないらしいのだ。
まあそうでもなければ姫君が国を守る、なんてことはないわけで、それは俺のやらねばならない仕事なのであった。
次の日、わたしは民に病気の完治を知らせるために、屋敷のテラスに出た。
わたしが現れると知らされていた民たちは、わあああっと拍手して、「アスト姫様ばんざい!」「アガット国ばんざい!」と盛り上がっていた。
そのときわたしは思った、よくカクヨムのランキングに「ゲーム世界に転移して原作知識で無双する」みたいな作品が並んでいたが、この世界の原作者はわたし、いや俺である田中信行だ。
なんとか物語序盤で死なないように、原作者知識で頑張ってみるか。
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