第7話 ずっとこのままでいいのに


 ソフトクリームを食べ終わってからもわたしたちは、手をつないで街を散策さんさくしました。


 いや……もう、なんでしょうね? なんだか吹っ切れました。

 セツナくんとソフトクリームを一緒にペロペロして、わたし……脳みそが溶けちゃったんでしょうね。


 だ、だって……だってですね!


 その途中で何度か、わたしたちの唇と舌が触れ合ったんです!

 先ぶれのように、わたしの唇に当たるセツナくんの舌。そのあとすぐに、


 ふにゅ♡


 彼の唇がわたしの唇に押しつけられて、一瞬だったかもしれないけど、完全にキスしちゃったんです!

 

だってセツナくん、わたしがなめてるのにクリームに舌を伸ばしてくるんですもの!

 それは触れちゃいますよ! 不可抗力です!


 彼がわざとしたのじゃないのは、わかっています。というか、なにも考えてないでしょう。


『ソフトクリームが溶けちゃうのはもったいない』


 くらいの行動原理ですよ。小学2年生なんて、そのくらいの思考力しかないでしょ!?


 わ、わかってます。

 わかっているんです、けど……。


 はわぁ~♡


(わたしこの子と、キスしちゃった♡)


 ファーストキスって認識でいいですよね?

 わたしもついに、キス経験者になったってことですよね!?


 気持ちも身体からだも、なんだかふわふわしています。街が、見たことないほどに輝いています。

 わたしは自分からセツナくんに身体を寄せて、彼にくっつきました。


(ごめんなさい。甘えたい……です♡)


 ファーストキスの後ですから、少しだけでいいですから、甘えさせてください♡

 腕と腕が触れ合い、彼の体温が伝わってきます。


 はぁ~……幸せですぅ~♡


「おねえちゃん、アイスのにおいする~」


 楽しそうに笑うセツナくん。


「そうですか? えへへ」


 わたしもなんだか子どもに戻ったかのように、幼い声で返します。


 降りしきるセミの声も、まったく気になりません。


 この時間が、いつまでも続けばいいのに。

 ずっとずっと、このままでいいのに……。


     ◇


 とはいえ楽しい時間だからこそ、早く終わりがくるわけで……。


 午後3時55分。

 わたしたちは街でのを終えて、家まで戻ってきました。


 竹川くんがセツナくんを近くの公園に迎えに来る予定になっている時間は、午後5時。それまで、まだ1時間以上あります。


 いえ、もう……1時間しかありません。


 家の中には熱がこもっていて、わたしはすぐにクーラーをつけました。

 セツナくん、結構汗かきましたか? 朝サラサラだった髪が少し湿気った感じにですし、服も濡れた後みたいになっています。


 そういえばわたしも、子どもの頃のほうが汗をかいてたかもしれません。これって、お風呂でシャワーを浴びてもらった方がいいでしょうか……。


 こんなに汗まみれになっているのは、気持ち悪いでしょう。かわいそうです。


「汗かきましたね。お風呂にはいりますか?」


 いってから後悔しました。

 このくらいの子が、知らない人の家でひとりでお風呂に入れるのでしょうか?


 なんというか、わたしのこのセリフ。


「わたしと一緒に、お風呂に入りませんか?」


 と、そう受け取られるのではないでしょうか!?


 さそっているように聞こえますよね!? わ、わたし、そんなふしだらな女じゃありませんよ?

 というか、男性とお風呂をご一緒した経験なんかないです!


 キ、キスは……先ほどあなたとませました……けど♡


 わたしの想像通り、


「ぼく、ひとりではいれない。おねえちゃん、いっしょにきて?」


 彼が不安そうなお顔でいいました。


 あ、あぁ……そ、そう……です……か?

 一緒にお風呂……です……か?


 わたしと、あなたが、一緒にお風呂……です、よね?


 はぁー……やっ、やばいですっ!

 想像もできません、エッチすぎなんですけど!


「お、お風呂入りたい……ですか?」


 頷くセツナくん。


「シャ、シャワーでいい……ですよね?」


 再度頷くセツナくん。


 う、うん……普通に考えて、ですよ? 汗をかいている7歳の男の子をですよ?

 大学生のわたしがお風呂に入れて、シャワーを浴びさせてあげるのはですね?


 変ではない……ですよね?

 普通、ですよね?


 そ、そう、普通のことですよね!?

 なにもおかしくないです。変なことなんて、なにもないです。


 いいんですよ! これは普通の、当たり前のことなんです!

 こんな慌てているわたしが変なだけで、普通の女子大生はこんなことで慌てないはずです!


「おねえちゃん……」


「ど、どうしました?」


「おふろ、いこ?」


 ……そ、そのセリフは反則です。

 いえ、話を振ったのはわたしなのですが、それでも……。


 ドキドキ、ドキドキ。


 心臓が壊れそう。口の中に唾液が溜まって飲みこむしかないのですが、その音が彼に聞こえてしまいそうで、怖い。


「おねえちゃん?」


 彼が、わたしの手を取ってひっぱりました。

 室内に響くクーラーの音が、やけに大きく聞こえます。


「う、うん。お風呂、行こっか……」


 それは自分の声とは思えないほど、遠くから響いた。

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