第6話 一緒にソフトクリームを


 昼食の後。わたしとセツナくんは、手をつないで街を散策さんさくしました。


 彼は子どもらしく、おもちゃが気になるみたい。

 お友達の間で流行っているカードゲームが欲しいとのことですが、お小遣こづいがたりなくて買えないそうです。


 カードゲームですか……買ってあげることは簡単ですけど、わたしがそこまでしていいとは思えません。


「では、お小遣いをためないといけませんね」


 わたしの言葉に、


「うん! それでね、いいカードゲットしたら、おねえちゃんにみせてあげるね」


 笑顔で返すセツナくん。


 はい~……そんなお顔されたら、お姉ちゃんにやけちゃいます~♡ カードの100枚や200枚、買ってあげたくなりますよ~。


 映画を観ることができて満足し、わたしの存在にも慣れてきたのか、セツナくんの態度や言葉使いが親しみを含んでくれます。


 ぎゅと、わたしの手を握る彼の手。


 わたしも遠慮がちですが、握りかえします。


 小さな手の、やわらかな感触。

 サラサラと揺れる髪が、半ズボンから伸びる脚が、幼い声が、愛らしい微笑みが、わたしを幸福で包んでいきます。


 ずっと、こうしていたい……です。


 なぜか、涙が出そうになりました。


 そして、わたしは悟ります。

 わたしが彼を、として意識していることを。


 7歳の男の子を、この小さく、幼い子どもを、としてみていることを。


(ダメ……です。これは、本当に、ダメな……感情です)


 一粒。こぼれそうになった涙を彼に悟られないように指で拭い、わたしは、


「アイス、食べましょう。暑いですからね」


 ソフトクリームを売っていた移動販売の車を指さしました。


 ですが彼は、


「ぼく、おカネもってない……」


 と、予想外の答え。

 お金の心配なんてすることないのに、いい子ですー。


「大丈夫です。お姉さんがごちそうします。お姉さん、セツナくんと一緒にアイス食べたいです」


 わたしは彼の手を引っ張るようにして、アイスの移動販売車へと早足で歩きました。


     ◇


 わたしはストロベリー味、セツナくんはミルク味のソフトクリームを選びました。

 コーンに乗ったソフトクリームには、プラスチックのスプーンが刺さっています。女性はスプーンがあった方が食べやすいからでしょう。


 販売車のすぐそばにあるベンチに座るわたしたち。ちょうど木陰こかげになっていて、多少はすずしいです。


 ソフトクリームをスプーンにすくい、ぱくっとひとくち。


(ふぅ~……甘さと冷たさが身にしみます~)


 セツナくんに目を向けると、彼はスプーンを使わずに直接お口をつけていました。


「アイスおいしいね、おねえちゃん」


 舌を出して、ぺろぺろとアイスをなめるセツナくん。そんな無邪気で愛らしい姿を、よこしまな目で見つめるわたし。


 ど、どうしましょう!?

 これスマホで動画撮影したら、犯罪になるのでしょうか!?


 ……いえ、なりますね!

 わたしなら、そんなことしてる人がいたら通報しますし。


 動画撮影はできないと判断しても、愛らしくもエロちっくなセツナくんのアイスなめなめから、目をそらすことはできません。


 ペロっ……ぺろぴちゃっ


 そうなんです! アイスをなめるセツナくんから目を離すことなんて、できないのですよっ。

 というかですね、してはいけないのです!


 男の子のわりに色鮮やかな唇。その奥から伸びる舌が、なめ取られていくミルクソフトクリームの白さにえます。


 と、


「おねえちゃん、たべないの?」


 アイスをなめるセツナくんに夢中になっていたわたしに、彼が問いかけました。


 そして、


「おねえちゃんのアイス、おいそうだね」


「あっ……はい、美味しいですよ? 食べてみますか?」


 何気なくいったその言葉に、


「いいの!?」


 セツナくんは嬉しそうなお顔をくれます。


「はい、どうぞ」


 そうはいったものの、どうやって食べてもらいましょう。

 彼がしているように、直接なめてもらうのは……嫌ではないけど、恥ずかしいですね。


 考えている間に彼は、ソフトクリームに刺さっていたわたしが使用したスプーンを手にとって、


 ぱくっ


 ……え!?

 わたしが使ったスプーンで食べた!


 これって……かっ、間接キスです。

 わたしショタっ子と、間接キスしちゃいました!?


「おいし~」


 口をつけたスプーンをわたしのソフトクリームに戻し、嬉しそうに微笑む彼。唇に残る少量のストロベリーソフトに気がついたのか、舌を出してペロッと……。


(きゃアァァ~! な、なにそれ!)


 なんでそんな、かわいくてエロいことするんですか!?

 お姉さんドキドキどころか、胸の奥がキューンとして、こんな場所でうずいちゃダメなところが疼いちゃうんですけど!?


 動揺しているわたしを気にする様子もなく、セツナくんは自分のアイスをなめる作業に戻ります。


 彼に見とれていると、軽めに刺さっていたのか戻されたスプーンが落ちそうになり、わたしはそれに手を添えました。


(こ、これ……どうしましょう)


 他人が使ったスプーンを、汚いとか、嫌だと思う人がいるのはわかります。

 わたしもスプーンを使ったのがセツナくんでなかったら、嫌だと思ったかもしれません。


 で、ですけど……。


 ドキっ、ドキっ


 スプーンを持つ手から、ドキドキが広がってきます。


(このまま使っても、いい……よね?)


 チラ見して、セツナくんがアイスに夢中になっているのを確認すると、


 ぱくっ


 彼がしたのと同じ動きで、スプーンにすくった自分のソフトクリームを口に運びました。


 味は……よくわかりません。

 さっきまでと何も変わっていないでしょう。少し溶けてはいるでしょうが。


(完全に、間接キス……です)


 自分からの間接キス。

 ですが嬉しいというよりも、エッチな気持ちが大きいことに、自己嫌悪しました。


(わ、わたし……どうしてなのでしょう……?)


 なぜこんな幼い子どもに、欲情してしまうのでしょうか。


 マンガやイラストや画像ではなく、セツナくんは『現実の存在』です。

 この気持ちは、このエッチなドキドキは、いけないこと……です。


 急速に気分が沈んでいきます。彼に申し訳なくて。


「……おねえちゃん?」


 わたし、またぼ~としてました!?

 セツナくんの声で意識を浮上させると、わたしの指に溶けたソフトクリームが垂れていました。


(きゃっ! 服にかかっちゃうっ)


 わたしが「どうしよう!?」と慌てたのと同時に、


 ……ぺろっ


 彼が、アイスで濡れたわたしの指をなめました。


 ちゅっ……ぴちゅっ


 やわらかな弾力のぬめりが、わたしの指を刺激します。


 まるでキスをするかのように、セツナくんの色鮮やかな唇がわたしの指に押しつけられ、


 ……れろっ


 彼の舌が、わたしの指を!


 ぎゅーっと心臓が締めつけられて、息ができません。


「あー……はやくたべないと、どんどんとけちゃうよ?」


 ぺろっ、ぺろぺろっ


 指に与えられる、セツナくんの唇と舌の感触。


 な、なんですかこれ!? めちゃくちゃエロい気持ちになっちゃいますっ!

 っていうか、なってます!?


 これはもう、仕方ないんじゃないでしょうか……?

 わたしがわるいのでは、ないのでは……ない、でしょう……か?


「おねえちゃん、とけてるよ?」


 わたしは思考力が落ちたままの状態で、「はやくたべて、とけちゃう」というセツナくんと一緒に、ストロベリー味のソフトクリームに口をつけて、直接食べました。


 ふたりで一緒に、ひとつのソフトクリームを……直接、なめ合いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る