第5話 ふたりだけの世界

 知らないアニメの映画なので内容はよくわかりませんでしたが、どのような内容だったとしても上映中のわたしが、


『目をキラキラさせてスクリーンに夢中なセツナくんの横顔』


 から目が離せなかったのは変わらないでしょうから、どうでもいいことでしょう。


 映画の内容がどうであれ、わたしは映画代以上の素晴らしい時間を堪能できましたから、なんの不満もありません。


 それにしても……はぁ~♡

 ロビーに出てもまだ興奮が冷めないのか、


「ガロン、かっこよかったね!」


 セツナくんが話しかけてきます。

 ガロンが誰か知りませんけど、多分映画の登場人物なのでしょうが、そんなのどうだっていい!

 わたしこんな美男児と、映画館デートしちゃったんだぁ~♡

 

 映画館デート。

 はい、もちろんわたしの主観です。


 ですが、ですがですよっ!

 7さいの小学2年生。それもまれに見る美男児と、ふたりきりで並んで映画ですよ?

 このような幸運は、一生に一度かもしれません。


 ショタ女子のわたしが幸せを噛みしめる妄想をしたところで、犯罪ではないはずです。

 です……よね?


     ◇


 映画が終わっても、まだ午後1時です。わたしとセツナくんが手をつないで映画館の外へ出ると、


(あ、暑い……です……)


 8月初日の日中ですから、夏の日差しはこれからが本番で、クーラーが無くなった外はうだっていました。


 ミーン、ミーン、ミンミンミンミンっ!


 セミ、うるさいですよ? あなたたちの声、暑苦しいんです。

 セツナくんが手を繋いでくれるのは嬉しいですし、正直興奮してドキドキしますけど、ちょっと休憩したいです。


 朝からドキドキしっぱなしのせいか、疲れてしまいました。それにわたし、暑いのはニガテなんです。


 ですが正直なところ、これからどうしていいか悩みます。

 お兄さんが彼を迎えに来るのは午後5時。それまではわたしたち、一緒にいられるんですよね?


 一緒にいて、いいのですよね?


 午後5時。まだ4時間弱の時間があります!

 長いようで短い残り時間ですが、そのあただは、精一杯彼をエスコートしたいです。


 できるだけ楽しんでほしい。わたしとの時間を、楽しい思い出にしてもらいたいです。


 とはいえ……男性の好みなど全く把握はあくできていないわたしに、セツナくんをエスコートできるのでしょうか?


 この近くには『わたしが趣味的な行きつけにしているアレなお店』がありますが、そんな『わたしの天国』にセツナくんを連れていくわけにはいきません。


 ……えぇ、それはもう、いろいろな意味でダメなのです!


 半裸(下手したら全裸)の男の子のイラストのポスターが店内中に飾られ、半裸(下手したら全裸)の男の子のイラストが表紙の薄い本が平積みにされているようなお店です。


 そんな場所に、もしわたしがセツナくんと手を繋いでおとずれたなら、顔なじみの店員さんが『入店確認→ポリスに通報』と動いてもおかしくありません。


 なにせわたしはそこで、いつわらざるショタ女子の素顔をさらしているのですから。

 だって『そういうお店』なので……趣味を隠す方がおかしくないですか?


 それにわたし、お店で出会ったどうたちには、「低学年さん」と呼ばれているのです。

 理由は『低学年もの』しか買わないからです。『低学年もの』の話題になるとじょうぜつになるからです。


 なのでですね? そんな場所に低学年美男児のセツナくんと『お買い物』には行けません。

 それは絶対です。わたしのこれからの人生に大きく関わってくるレベルで、行けないのです!


 ミーン、ミーン、ミーン

 

「おねえ……ちゃん?」


 手を握ったまま立ちつくすわたしに、セツナくんが声をかけてきました。


「は、はい。なんですか?」


「おなかすいた……です」


 はわっ!


 そ、そうです。もうお昼は過ぎてます。竹川くんからも、セツナくんのお昼ご飯代は預かっています。


「そうですね、じゃあ……セツナくん、なにが食べたいですか?」


 彼の答えは、ごく普通にファストフード店のハンバーガーでした。確かに、子どもは好きですよね。

 ちょうど良いことに、そのお店は道路を挟んだ正面に見えています。


「わかりました」


 横断歩道を渡り、目的のお店へ。

 店内はあまり混雑していません。よかったです。夏休みとはいえ平日ですからね。

 これならすぐに、セツナくんのお腹を膨らませることができるでしょう。

 わたしは彼と並んで、注文を受けてくれるカウンターへと移動しました。


「なにたべてもいい?」


 わたしの存在に多少は慣れてくれたのか、「ですます口調」でなく、普通に話しかけてくれました。


「はい、好きなものを食べていいですよ。なにがいいですか?」


 どうやら彼は、子どもむけのハンバーガーのセットに、ハンバーガーを単品で追加したいようでした。


「ハンバーガー、いっこだと少ないから」


 はい、男の子ですからね。たくさん食べてください。

 それにセツナくん、ちょっと細身ですから。


 わたし的には細身の子が好みですけど、それは『空想世界の男の子』の話で、現実世界の男の子は、ちゃんと食べて大きくならないといけませんから。


 わたしが注文を店員さんに伝えると、


「少しお時間がかかりますので、できましたらお席にお運びいたします」


 店員さんに、番号が書かれたポップを渡されました。

 わたしはそのポップを手に、空いている席に移動します。セツナくんはわたしの隣を、くっつくようについてきてくれました。


「ここでいいですか?」


 ふたりがけの席を選ぶわたし。4人がけの席も空いていましたが、せっかくの夢のような時間なので、セツナくんとのを演出してみたかったのですっ!


 うなずいた彼が対面の席に着くつを待って、わたしも席に着きました。


(はぁ~……それにしても、かわいいですぅ~♡)


 サラサラの髪に、長いまつげ。お顔は女の子(それも美幼女)と間違われても不思議じゃないほどととのっていて、唇も色鮮やかです。


 7歳が『男性が人生で一番輝いている季節』だというのを証明するかのように、輝きときらめきを放つセツナくん。


「ん……なに?」


 無遠慮に、きっとニヤけ顔で彼をガン見していたわたしに、セツナくんが小首を傾げます。


「い、いえ……疲れていませんか?」


 彼は首を横にふって、


「たのしいよ。えいが、めっちゃおもしろかった! ね? おねえちゃん♡」


 にっこりと笑います。


 はっ、はうぅ!

 い、いまの「おねえちゃん」、絶対語尾に『♡』がついてましたよね!?


 心臓が……壊れてしまいそうなほど高鳴っていますが、わたしは平静をよそおいながら、


「そ、そうですね。面白かったですね」


 微笑んで彼に追従ついじゅうします。もちろん映画の内容なんて、すでに忘れてますが。


 そうしてわたしは、セツナくんの映画の感想を聞きながら、『ふたりきりの昼食』を楽しみました。

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