第4話 わたしの知らない歌

「すぐにお出かけのじゅんをしますから、ジュース飲んでまっていてくださいね」


 セツナくんを家にまねいたわたしは、彼をリビングのソファーに座らせると、テーブルにアップルジュースを置きました。


「はい、おねえちゃん」


 セツナくんは頷いて、にっこり笑顔で答えます。


 はい、おねえちゃん……ですって♡


 こ、この子、わたしをもえさせるつもりでしょうか……。

 おねえちゃん、心臓バックバクですよ!?


 ストローにお口をつけ、嬉しそうにジュースを飲むセツナくん。

 その様子を観察していたかったですが、わたしは自室に戻ってお出かけの準備を始めました。


 どのくらいのおしゃれが良いのでしょうか。正直悩みますが、あまり時間をかけたくはありません。


 わたしは買ったばかりの夏物の白いワンピースに着替え、軽くメイクをします。

 もちろん、日焼け止めも忘れずに……です。


 セツナくんは子どもですから、長い時間待つことは苦手でしょう。わたしは急いで準備を整え、リビングに戻りました。


「ごめんなさい、おまたせしました」


 短い時間での準備とはいえ考えておしゃれしたのですが、セツナくんからはさすがに、おめの言葉はいただけませんでした。


 まぁ……当たり前ですけどね。

 7さいの男の子が、女性の服装を褒めるわけありません。期待する方がこくです。


 彼はソファーから立ち上がり、ジュースがなくなったコップを自分で流し台に運ぶと、


「ここで、いい?」


 小首を傾げて、ちょっと心配そうなお顔でたずねました。


 いや~……鼻血が出そうなんですけど。

 かわいすぎませんか、この子!


「……は、はい……よろしい、です……わ」


 思わずお嬢様言葉になっちゃいました。


 わたし一応、『おじいさまの孫』という立場でくくりますとお嬢様のはしくれに入りますので、幼い頃はお嬢様言葉で話すようにしつけられていました。


 わたしのおじいさま、この辺りのぬしなんです。そして、お金持ちなんです。

 おもにビルやマンションの経営をしていまして、わたしも……『大学生になったお祝い』でマンションをいただきました。


 マンションの一室ではなく、8階建て30部屋の新築マンションの建物をです。

 なのでわたし、大学生ですがマンションのオーナーでもあるんです。


 正直、ちょっと困ってはいます。マンションの経営なんて、わたしには難しいですから。

 マンション経営の勉強は初めていますけれど、今のところはほぼ全て、おじいさまの右腕と言われている菊崎きくさきさんに丸投げな状態です。

 なんとかしないと……とは思っていますが、大学の勉強もありますし、趣味の時間もとりたいですし、思っているほどには学べていません。

 だって、これまでやったことのない勉強で難しいんですもの。


 おじいさまの娘である母からは、


「難しく考えなくてもいいんじゃない? 私、お父さんからもらったものなんかすぐ売っちゃうけど」


 といわれてますけど、わたしの性格的にそれは無理です。せっかくいただいたものですから、大切にしたいです。


     ◇


「さぁ、行きましょうか」


 映画館のある商業エリアまで、バスに乗れば15分もかかりません。


 セツナくんが観たい映画を教えてもらい、スマホで上映時間を調べましたが、次の上映まで1時間以上あります。


 上映時間を調べたついでに、そのまま映画館の席を確保。あまり混んでいなかったので、正面の見やすい席を並びで確保できました。


 家に鍵をかけて歩道に出るとすぐ、セツナくんがわたしの左手を取ってきました。


 え!? 手を繋ぐのですか!? 男の子と手を繋いで街を歩くなんて、初めてなんですけど!?

 これってデー……。


 デートなの!? と勘違いする前に、思いいたりました。


(こんなに小さな子なのですから、外で保護者と手を繋ぐのは当たり前です!)

 

 家でも学校でも、そう教えられているはずです。

 お出かけのときは、大人と手を繋ぎましょう……とか。


 はーっ、あぶないところでした。

 わたしは恋愛経験のないショタ女子ですから、かわいい小学2年生男子と手を繋ぐという異常事態に舞い上がってしまいました。


 まったく、どうかしてます。気持ち悪い勘違いをしてしまうところでした。もしかして彼も、わたしをこのましく感じてくれているのでは!? と。


 ぎゅっと手を握り、わたしを見上げてほほむセツナくん。


 やわらかく、小さな子どもの手。わたしよりも体温が高いのか、彼の温もりがはっきり感じられます。

 わたしもニヤけ顔にならないよう意識を強く持ちながら、


「映画、楽しみですねー」


 微笑みを返します。

 ですが、


「うんっ! ありがと、おねえちゃん」


 にっこり笑顔の彼に、わたしの顔面はあっさりと崩壊しました。完全なニヤけ顔です、これ。


 セツナくんはわたしの顔面崩壊など気にしない様子で、手を握ったまま嬉しそうな様子で腕を振ります。

 わたしも彼の動きに合わせて腕を動かすと、


「たのしみだねー」


 わたしを見上げて、またもにっこり笑顔。


 はわぁ~……心臓がドキドキバクバクなのですが!


 ありがとうございます、神さま。

 わたし何もいいことしてませんけど、これ、何かのご褒美ですよね?

 誰かと間違えていませんか? このご褒美、もう返しませんけど!


 バスていに向かって、跳ねるように歩くセツナくん。

 わたしは彼の歩幅に合わせ、小刻みに歩きます。


 胸にしみる幸せ。

 純粋な嬉しさが8割で、よこしまよろこびが2割。

 そんな感じでしょうか。


 しょ、しょうがないじゃないですか。わたしは幼い男の子に欲情してしまうショタ女子で、セツナくんは7さい小2の、希少種レベルの美男児なんです。

 それは、純粋な気持ちだけではいられません。


 繋がった手がくれる温もりと感触に、その……少しはエッチな気持ちも覚えてしまいます。

 わたしが、ぎゅと少し強く握ると、セツナくんもきゅと力を入れてくれました。


 バス停に着くと彼が小さな声で、わたしの知らない歌を歌い始めます。これから観るアニメ映画の歌でしょうか。

 かわいい声です♡


 わたしは彼の歌声に耳を傾け、キラキラした街並みを眺めながらバスを待ちました。

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