Ⅲ.
マラソン大会は十一月上旬、ちょうどでもない、文化の日の後くらいに開催される。
校庭を出発し、住宅地を西に出て川沿いを南下、線路沿いを東に走って、高台に上がる国道の下のトンネルを通り、神社を三つ過ぎたら工場地帯の手前で北上、あとは川沿いのサイクリングロードを通って橋の下を潜り、再び国道を超えてから住宅地に入り、学校に到着だ。
まず女子が三年から順にスタートして四・五キロ。
続いて男子も三年から順にスタートして五・五キロ。
一キロの増加分は、工場地帯を少し先まで行く事で調整されている。
早朝からPTAが集合し、ゴールした生徒に振る舞われる煮ぼうとうの準備をしていた。
それから、コース内のチェックポイントの確認、ライン引きやパイロンの設置、小石の除去などの整備、負傷者が出た場合の救護訓練、近隣の住民や企業への説明、などなど。忙しなく動いている様相と反して、生徒達は着替えるのも億劫そうに、だらだらと遅らせていた。
ビジネス科の女子は2年B1組の教室に移動、B2組には二クラス分の男子が居る。
教室には早くも汗拭きシートや制汗スプレーが飛び交い、独特な花の匂いもした。
寝起きの倦んだ声が、あっちこっち波のようにうねり、ざわざわと遠い喧噪が鳴る。
「保育科ってさ」のろのろとスカートを畳みながら、聞いた。「どこで着替えるのかな」
体が重くて、机に置く時にそのまま体を支え、眩暈に耐えながら長く息を吐いた。
誰かの椅子に斜めに座ってる栞奈は、既に上下ジャージ姿で、鏡の前で髪を上げていた。
「教室じゃないの、普通に」と栞奈が言った。
「A組って3クラスだから、男子も女子も教室一個だと狭そう」
「多い方は2教室に分けるんじゃないかな、別にどうでもいいけど」
「それだと情報ビジネス科も女子の方が多いけど」と教室全体に目を向ける。
座席は全て埋まり、一つの机の上を分け合ったり、イスに着替えを置いてる子も居た。
普段男子が座ってるイスだとしたら、自分の制服を置いて気にならないのか。気になる。
玉木は、信原とは別で後ろのロッカーの上に着替えを置いて、こそこそ着替えていた。
視線の先に楊田と上枝と、絹香は床に膝を付いて、バッグの中を漁っていた。
「気になるなら見に行けばいいのに」と言われる。
栞奈を見ると、鏡から顔を上げて、机に広げたヘアピンの山に手を伸ばしている。
大量のヘアピンの山は海藻のようで、下の、体毛のようで、たまに誰かが来て「一個ちょーだい」と言うと、既に手が伸びていて、栞奈に「一個で足りる?」と聞き返されて、誰もが三個くらい持って行った。三個で足りるらしい。「大繁盛よ、ポイント付ければよかった」
お金取れば、じゃないんだ。はみでた一個を指でつーっと押していると、今度は奈々風がやって来て、背中をばんと叩かれた。「まのちゃんっ」元気な声は、わたしの顔を見た途端に潜められ、持っていたブラウスをさっと肩に掛けた。ハーフトップの、グレーの下着姿。
「あ、スポブラ」
ゴムのベルト部分にはメーカー名と、左胸を切り刻むように、斜めに入ったプリント。
「揺れるじゃん。AでもAAでも!」なぜか、怒っている。「だから押さえないと」
よく見ると、鎖骨の辺りの浮いた隙間から、細いストラップも見えていた。
肋骨が浮いている細い体に、イカみたいな白いお腹が、むしろ柔らかそうだ。
「まのちゃん、今日……メガネ掛けてるんだ」
「走る時はコンタクト禁止って出てたから」
「みんな付けてるけどね。逆に堂々とメガネ掛けてる方が裏切りでは?」
「何への? 走ってて落としたりしたら危ないじゃんコンタクト。もったいないし」
音楽を聴いたり、動画の視聴や、通話は表向き禁止されている。誰も守らないけど。
「それもそうか。じゃあ、頑張ろうね今日ね」もう一度、今度は優しく背中を摩られた。
結局、下着を見せた格好のまま、奈々風は上枝達の居る席に戻っていった。
当日は全校生徒約六百人分のアームデバイスが配布され、まさに時間や順位、心拍や体温なんかは、それで確認できる。ルートナビは、大会運営側では共有されているらしい。校外の人向けに設定するには、結局紙の書類で申請しないといけないけど、どうせコース内にチェック係を立たせるのだから、それが石灰だろうと、同じ事だ。
公道で自由にポップやガイドの表示が出来てしまうと、運転妨害が可能になってしまう。しかも現場に出向かないで、店舗で出してる物の座標を改竄するウィルスや、見ている側で強制的に拡大表示をさせるアプリを広めればいい。平成感覚の政治家が「昔は当て逃げとか当たり屋とか、犯罪も分かりやすくて可愛げがあった」と大問題発言をした事もある。たしかに。
事故すらも拡張視野で起こった、ただの映像なんじゃないかと混乱しそうではある。
考えてる間に、ブラウスのボタンは一つ外れて、そこで手が止まっていた。
栞奈がこっちを見て、やっと口を開いた。「ねえ。顔色悪いけどひっき、大丈夫?」
「全然」と首を振る。
「それ良いの、悪いの。分かんないんだけど。ちょっと手貸して……つめたっ」
「自販機のコーラみたいに言う」振り払った栞奈の手は、熱く湿ってるわけでもなく、むしろ冷たいと感じるほどだった。缶のコーラじゃなくて、三十五度くらいの。「でも休んだら休みたくて休んだみたいになるし、走れないわけじゃないから走れるだけ走るよ」
「リンカーンみたいに言った?」
「言ってないよ。ダメだったら休むから」
「そう。あたし本気で走るから、フォロー出来ないけど。ごめんね」
「ボランティア部が言う事かなそれ。そんな体力ありそうには見えないけど」
「忍耐力ならあるんだ。無償労働させられても怒らないからね」
「それもボランティア部としてどうなの」
「桐山くん、疋田くん、ヘアピン貸して」
上枝がわたしと栞奈の肩をぽん、ぱんと叩き、彼女もまた、既に手を伸ばしていた。
「あげるよ。一個じゃなくていっぱい持ってきな」
「そんなにいらないよ、……ホラーの、なんかあれじゃないんだから」
「えーっと、ピンヘッドね。別に縦に刺せとは言ってないから」
「うわ、陰毛みたい」上枝は一本ずつ、山全体を崩さないようにヘアピンを抜いて、それを手の平に縦に並べていった。五、十と増えていくけど、そういえば髪を下ろしたままだ。縛るのか、編むのかは知らないけど、まだブレザーにハーパンだし、早くした方がいいのでは。
「ありがとう。なんか、アレに着るよ」はっきりとは言わず、上枝は去っていった。
お腹がぎゅるぎゅると鳴って、栞奈が振り向き、呆れたけど何も言わなかった。
違う、これは朝食べられなかっただけだ。
空腹が続き、一気に下痢気味になり、それから食欲が失せる、いつものパターン。
今は薬の朦朧感で、鈍痛と悪寒が遠くに感じられ、少し手が痺れ、光が眩しく感じた。
「本当に辛かったら言いな」優しい事を言いつつ、栞奈の頭は固められていった。
両目に目薬を差し、ベルト状のスマウォに触れると、栞奈の瞳孔に波紋が広がった。
その後すぐに、亜子先生が呼びに来て、女子達は慌てて着替えを終えた。
校庭に集合して、拡声器を持った校長先生の話が始まる。
ペースを上げる時は、体調が悪い時は、誰かを追い抜く時は等々々、昨年辺り不評が爆発したのか、実践的な事しか話さなかった。それから全体の流れの説明。校長先生は、体育主任から注意事項などがあり、その後に準備体操を行って、まずは三年生の女子が、ジャージを脱いでスタート地点に集合し、九時三十分に、いよいよ一組目がスタートしますと言った。
続けて二年生の女子がスタート地点に集合し、十五分後に二組目がスタートした。
トラックから校舎の正面に回り、駐車場を通って正門から校外に出る。
民家の一階を改装した喫茶店の角を曲がって、しばらくは住宅地の狭い道が続いた。
その辺りではまだ、歩いてる先輩は居なかったけど、前の方を走って行く集団と、後ろの方でだらだら固まってる集団に、はっきりと分かれていた。川沿い、線路沿い、国道沿い。その下の隧道までは、わたしは走っていた。奈々風が引き返して来て「大丈夫?」と聞かれた。
その声の反響がずっと、ずーっと頭に残って気持ち悪い事は特に言わなかった。
心配させると、またそれを言葉にされるから、わたしは簡潔に答える。「へいき」
奈々風が行ってから、ペースが露骨に落ちた。線路沿い、その先にある一つ目の神社がまだ見えて来ない。異様に遠く感じる。走っても、だったら歩いても、辿り着けないんじゃないかって、どんどん足が重くなり、歩いている間に、十何人がわたしを追い抜いて行った。知らない子まで声を掛けてくれた。その時、ポニーテールが揺れて、振り向いた顔が驚愕に満ちて広がると、その真ん中で虚無の声が響いた。がんばって、と口が動いた、ような気がした。
そんな気にさせられた。
汗一つかいていない額に、前髪は風を受けてふわりふわりと舞い、大きな額が表れる。
メガネを通しても分かる、無補正の白い肌。二重の目に長い睫毛。鼻筋も通っている。
少し薄い唇は血色がよく、笑う口元に、天使が見せるような八重歯が白く光っている。
いつか廊下に見かけた子を思い出すような、それか同じ子なのかもしれない。
それに、何か。異物、そう感じた物は銀色で、針金だった。ワイヤーの矯正器具を付けてるんだ。歯並びは悪くないのに。控え目に笑い、奥を見せないのは、それのせいだろう。そう考えると、笑顔も目尻や、口角に、別々に貼り付けた作り物のように見えて来る。
やや瓜実顔、やや高身長で、目測は、百六十四センチメートルと出た。
追い抜かれる一瞬、汗の臭いも、柔軟剤や、制汗剤の香りも、何も感じなかった。
控え目な胸。引き締まった胴体に、すらりと伸びる脚。くるぶしソックス。
何の政治的意図もない、デザインとしてのユニオンジャック、その青と赤の交わり。
学校指定の運動靴は汚れ一つ無く、学年色の青いラインは紺色に近かった。
そういえば名前が表示されてない。
シャツの刺繍も見てなかった。誰だろう、とても。なんか、とてもキレイだなって、嫌味も妬みも無く純粋に思わせる子だった。触れてみたい、とかではなく、同じになりたい、とかでもない。全部じゃないけど、あの目も、鼻も髪質も、声色も、大きすぎない胸、身長も、要するに合わせたら全部なんだけど、欠点だと感じる部分は、ほとんど見当たらなかった。
一瞬だけ、追い抜かれる瞬間にそう思った。
だから走って追い付いて、友達になろうとか、ID交換しようとか、そこまで踏み込まなくても、名前くらい、左胸を盗み見るまでもなく聞けば良かった。まだしも真っ直ぐな道の先の三人とか、五人とかの小集団に追い付き、そことペースを合わせながら走っている。
それが神社に辿り着くと、前に誰も居なくなって、わたしは一人で歩いていた。
順位で言えば、後ろの三割に含まれる。
一年生はとっくにスタートしたし、男子はその三十分後だからもう少しある。
下腹部の鈍痛は、ずっと何かに中ったみたいで、きっと飲食物は瞬く間に下るだろう。
掴まる物もない。電柱に触れると、石のように冷たかった。
後ろから、女子達の騒ぐ声が聴こえる。補正された音声をノイキャンで飛ばして、振り返ると六人くらいの集団が、歩くよりも遅く、腕を振り、地面を蹴って進んでいた。そのうち一人が別の一人にちょっかいを掛け、肩を押したり、腰に縋り付いたりして、何か囃し立てるような声がいくつか重なった。楊田と絹香と上枝と、その前を一人で走ってるのは玉木だ。
「あ、疋田真春乃だ」フルネームで、絹香が言った。
絹香が足を止めたのに合わせ、他の子達ものろのろと立ち止まった。
「絹香、おはよう。遅かったね」
「ん。どうしたの? 百キロくらい走ったみたいな顔して」
「おなかが、ちょっと」
「え、じゃあ近くにトイ」すぐに辺りを見回した絹香の腕を楊田が肘で突いた。
「違うって。休めば良かったのに」と楊田がわたしに言った。「先生に連絡する?」
「いい。ゆっくり行く」
「気を付けてね」と上枝が言い、他の子も労いながら、またゆっくり走り出した。
最後に玉木は、最初走り出さず、キンちゃん、と大声で呼ばれて、急いで追い掛けた。
信原は、一緒じゃないんだ。着替えまでは一緒だったのに。
数十メートルはこっちを気にしながら、わたしが追い付いたら一緒に行こうかって空気はあったけど、一つ角を曲がって姿が見えなくなると、そのまま行ってしまったようだ。わたしの順位はまた下がって、いよいよ最後尾の集団と、一年生が後ろに迫って来ていた。
言ったって五キロ前後、歩いても一時間ちょっとだ。
先頭で順位を競う人達以外にとっては、そんなに大変な競技じゃない。
折り返しまで来ると、君田先生が持って来た椅子を歩道に置いて座っていた。
川が近くて、土の匂いと、炭みたいな匂いが空気に混ざり、乾いて喉に張り付いた。
実行委員の生徒にアームデバイスを差し出し、端末にチェックを入れてもらって「待ってください疋田さん」と、まだ半歩も動いていない、ただちょっと進行方向を見ただけで、いきなり君田先生に呼び止められた。実行委員が目を丸くして隣の先生を見た。
白い高そうなジャージ姿の、青いサングラスを掛けた我らが副担任は、ちょっと待ってと重ねて言いながら、足元に置いてあった巾着袋を引っ掻き回した。ペットボトルを、持ってこちらに差し出して来る。「冷たくはないですけど、開けてないので良かったら」
実行委員の反応も意外そうで、だから全員に配ってるわけじゃないのは分かる。
でも受け取らないわけにもいかない。「ありがとう、ございます。ぬるい方がいいです」
「それで、疋田さん、すごく調子が悪そうに見えるけど、続けますか?」サングラス越しの目が、真っ直ぐにわたしを見ていた。だから何も見ていなかった。三十六度を切った体温や、手足の先が痺れてる事や、血が流れてる事や、それで凄くイライラしてる事や、原因は全て低気圧に違いない事と、それにしては雲が少なく、抜けるような青空が落ちて来そうだった。
「体温が低いし、心拍数も。そのわりに汗だってすごい。丸野くん、タオルか何か」
「あっ、はい。ティッシュが」とポケットから、二、三枚しか残ってないポケットティッシュを取り出した。100%再生紙で、コーヒーなども再利用し、ほのかに香りが残っているとかいう不良品だった。「ありがとう、ございます」またお礼を言い、両手が塞がる。
「誰か、女性の先生を呼びましょうか」
「だ、ぃじょ」その時、吐き出した息が長く、長く地面まで届いて、代わりに内臓を全て吐き出したような疲労感が胸に残った。視界が暗くなる。地面が傾いていて、不意に踏ん張った足が体を支えてるのか傾けてるのか分からなくなる。適当に伸ばした手が石塀に当たって、皮膚が削れたと思うような痛みが走った。「ちょっと休んでから、決めていいですか」
「それも来てもらってから、相談して決めた方がいいだろうね」
君田先生が連絡してから、すぐに一年生の先頭グループが折り返しに到着し始め、十分くらいで亜子先生が自転車に乗って現れた。サドルが高く、フレームが細くて頑丈な、街乗り用のロードバイクに、小学生みたいなヘルメットを被っている。すぐに降り、塀に自転車を立て掛けると、そのままわたしの前に立って、額に手を当てた。「熱はないね」
「休んでて少し楽になったみたいですけど、来た時はフラフラで」
「朝から調子悪かった?」
「土日くらいから。あの」と顔を寄せようとすると、亜子先生は虚空を見つめていた。
アプリは、様々な周期を管理し、過去から未来に亘って記録する物で、開くのにログインキーを求められるから、他人の物に簡単にアクセスは出来ない。亜子先生はそれで「あぁ」と力なく呟くと、走って来た一年生に道を開け、それから「ゆっくり戻ろうか」と言った。
それしかないだろうけど。
こんな細い、にんじんみたいなサドルには跨れないし、出来れば車を出して欲しかった。
「君田先生、連絡ありがとうございます。私が連れて帰りますので」
「よろしくお願いします。疋田さんも、無理はしないように」
「ぁあい」という吐息が外にも出ず、ただ口を動かしただけになる。
「じゃあ、行こうか、疋田さん」自転車を押し、さっさと歩き出した亜子先生に追い付き、手を伸ばしてサドルを掴んだ。引っ掛かりを覚えた亜子先生が振り向いてサドルを見るけど、それについては何も言わなかった。「川沿いからの方が近いけど、風当たるの辛くない?」
「それはたぶん大丈夫です」
「そう。飲み物は、あるか。他にどこか辛いところとか」
「何も。あと、もうちょっとゆっくりでもいいですか」
「もちろん。あっ」目は、わたしより背後に向けられていた。一年生のグループが近づいてくると、亜子先生はその一人に「がんばれー」と声を掛けた。「橋口さん、菰田さん。あ、天羽さんも来た」長身の女子と、短髪の女子と、ポニーテールの女子が手を振りながら横を走り抜け、白線が引かれたサイクリングロードを遠ざかっていった。ここは別名【翡翠の道】とも言って、河川敷に下りれば博物館や巨大ジオラマ、水上アトラクション施設などがあった。
地元の子が昔、遠足か課外授業で一回は行った事があるというだけの、謎の施設だ。
たぶんそれだろうという、四角い無機質な建物の角だけが遠くに見える。
「生徒の顔って全員覚えてるんですか?」
そう聞くと、亜子先生は「んー?」と意図を掴みかねるような反応をした。「まあ、よく話す子は覚えてるけど」と言い、こめかみに触れながら、亜子先生はわたしの全身に目を一周させた。「特に重要な事は先任の人達が前もってまとめてくれてるから、それを見るだけ」
「それも、全員分?」
「そう。疋田さんは最近、と言ってもここ一年二年に、おばあさんが亡くなってるのね」
急な話題、でもなくて、それこそ最近、修理が済むまでは考え事の上の方に置かれていた。
「まあ、はい」一年二年か、五年前か、ごく最近の事か。
そのグラデーションの中には明確な線引きなんてなく、もっと昔からそれは始まっていた。
亜子先生はそこに線を引いて、次の話題に移る。
「それで、今はおかあさんと二人で市内のマンションで暮らしてる」
一つ一つが簡潔で、完結している。「それってティップスですか?」
亜子先生の目の奥に、わたしの乏しい【メタデータ】で作られた【樹形図】が描き出されているようだった。小学校、中学校、高校での成績、交友関係も、家庭では家族構成、世帯収入なんかの情報も、枝葉の末節に書き込まれているだろう。父の事も。父が居ない事も。
生前の祖母の事も。だけど、死後の祖母の事は、きっと書かれてない。
また背後から女子が一人、亜子先生の横を走り抜け、亜子先生が名前を言い当てた。
「大事なことよ」と亜子先生が真っ直ぐに言った。「だから集められるだけ集めてるの」
「一人、十時くらいにわたしが追い抜かれた子って、誰か分かりますか?」
「それは戻ってトラッキングデータ見ないと。顔分かるなら普通に探した方が早いけど」
「そうですよね」
たまに休憩したり、少し進んだりしながら、男子が追い付く前に学校に戻る事は出来た。
すぐに保健室に連れて行かれ、手前のベッドに寝かされた。「たぶん生理で、貧血だと思うんですけど」という亜子先生の説明が遠くに聴こえ、夢で聞いたのか、起き抜けだったのか分からないけど、気が付いたら居なくなっていた。失礼します、とドアを開けて言い、今度は養護教諭と話す誰かの声が聴こえた。誰かが来る前に、わたしは枕元のメガネを掛けた。
カーテンが静かに開けられ、奈々風が顔を覗かせた。「お見舞いに来ましたよー」
サイドテーブルにスチロールの器と割り箸を置いて、奈々風は丸椅子を引き寄せた。
両腕に掛けていた物を、掛け布団に放って来る。ジャージだ。わたしの。奈々風も学年色の紺色に、サイドのパイピングが鮮やかな、ジャージ姿だった。ゼッケンは無く、名前と校章はこっそりと左胸に刺繍されている。肘をベッドに突き立て、わたしは体を起こした。「ああ、いいっていいって寝たままで」と肩を押さえ付けられそうになるけど、わたしは首を振る。
「寒いから、ジャージ着る」
「そうなの。汗大丈夫? 順位付かなかったね、まのちゃん」
奈々風が持ってくれた上衣に腕を入れ、それを被されて、裾を引き下ろされる。
脚も、片足ずつ上げたら、そこにズボンを通されてそのまま引き上げられる。
「はいできた。あとこれ、煮ぼうとう。食べれるなら。カボチャ柔らかいよ?」
箸の先に抓まれた、やけに色鮮やかな黄色と緑色のコントラストが目に眩く、苦味に耐えるように自分の目が細められる。「なんで、うどんに、カボチャ?」最後のちっちゃい「ゃ」に箸先を突っ込まれ、温かい、塩辛い物が舌に触れたけど、味はぼんやり霞がかっていた。疲れ切って休んでいる舌が、前に食べた似ている物の味を脳に送り付けて来たみたいだ。
おいしい、って言うのも嘘だし、言わないのも本当じゃない。「柔らかい」
「だろお? 煮込むのに時間かかって女子は一時間くらい待たされたんだから」
「走ってすぐは食べられないでしょ」
「一年の男子、ゴールしてすぐに歩きながら食べ始めてたよ」
「男子はね。今、もうお昼過ぎか。みんな帰った?」
「うん。あ、荷物まとめといたけど、忘れ物あったらごめんね」
「どこに」
「教室、机の上」箸先が長方形を描き、お椀の中に味噌の濃い滴が垂れた。
虚空を睨んでいた奈々風が、大丈夫大丈夫と呟きながら、また長いメッセージを生成して送っていると、ドアの開く音がした。カーテンの前で足が止まって、声は「疋田さん、体調は大丈夫ですか」という樺山くんの問い掛けだ。奈々風が、はーい、と呑気に答えると、断ってから樺山くんがカーテンを開けた。奈々風が居たせいで、樺山くんは頻りにベッドの上とか、その周りに視線を彷徨わせてから、やっと見付けたみたいに「ああ、疋田さん」と言った。
「女子が寝てるところに入って来ないでくださーい」奈々風が嫌味っぽく言う。
「でも様子を見ないと」
「大丈夫です。少し楽になったから」
「ご家族に連絡したら、お母さんが迎えに来るそうです。笠原さんは」
「一緒に帰る」と汁を啜りながら、奈々風はお椀の縁から樺山くんを見上げる。
「それなら荷物を、出来たら疋田さんのも一緒に持って来てもらえませんか?」
「はーい」と呑気に返事をして、奈々風が立ち上がった。「すぐ戻るね」
その後、母の運転する車で奈々風をウェルネスまで送って、家に着いたのはまだ昼過ぎ一時くらいだった。眠くもないし、疲れてもない。でも調子が悪くて迎えに来て貰った手前、着替えてトイレを済ませると、すぐベッドに入って回復に努めるような姿勢を見せておいた。母が部屋に来て、飲み物と鎮痛剤を置いていった。「仕事戻るけど、一人で大丈夫?」
「平気。休んだら良くなった」
「友達にもお礼言っときな。荷物持ったりしてくれたんだから」
「分かった。もう行っていいよ」
少し不満げな表情を残しながらも、母はドアを静かに閉じて出掛けて行った。
さてと、メッセージを見ると『家に着きましたか。疋田さんのお母さんは優しそうな……
きっと長いし、しかも名前がさん付けだから、自分で書いてないのは明白だった。
『荷物ありがとう』とメッセージを送り、その下に『寝てます』と付け足した。
スマホに充電コードを差してから、枕の横に置いて体を丸めた。
小さくなると、胎児みたいな恰好のせいで、下腹部の鈍痛が増して苦しくなった。
すぐ横で通知音が鳴る。目を閉じる。通知音は鳴り続けている。
気が付いたら四時を過ぎていた。
カーテンに当たる西日は弱々しく、部屋の中に薄暗い夜の気配が染み込んでいた。ひんやりした空気に手を晒し、メガネを掛けると、メッセージが十件くらい増えていた。『ご当地カップ麺を食べた』とか。『ネットの韓国ドラマ見てる』とか。その添えられた写真は、食べ終わって少なくなったスープと、蓋の裏に書かれたキャンペーンの応募方法を撮った物で、ご当地がどこかまでは分からなかった。スープは白く、濁っている。とんこつ、だろうか。
最後のメッセージは『ぼくも寝ます。誰か五時に起こして』と言った自分に対して『起きました』と言った瑶鼓。寝起きと言えば寝起きらしい、髪も顔も調っている写真がなぜか一緒に上がっていた。まだ五時前だけど。ピン抜きゲームを起動して、一問も解かないで終了して、見たい動画を探してる間に三十分が過ぎた。起き上がり、とりあえずトイレに向かった。
カーディガンを取りに戻って、ついでに飲み物とコップも持ってリビングに入った。
AIばぁばは休止モードで、目を閉じたままうつら、うつらと頭が揺れていた。
台所に寄ってから、仏壇の前で鈴を打ち、手を合わせる。「真春乃だよ、ばぁば」呼び掛けると、すぐにばぁばの目が開いた。部分部分で動く不自然な顔が柔和に丸まり、仏壇の正面の虚空に優しそうな顔を向けてばぁばが言った。『こんばんは、涼しくなって来たけど風邪なんか引いてない?』表情センサーが照準を絞り、わたしの顔を見付ける。『元気がないね』
「ちょっとお腹が痛いだけだよ」
『お腹が痛い時はね、横にならないで、温かくしてるしかないよ』
「分かった。またねおばあちゃん」
部屋に戻るとスマホが震えていた。『今度編み物教えてね』というメッセージは、栞奈が送って来たものだ。遡ってみると、栞奈はわたしのBOTと話していた。祖母の手伝いで毛糸を押さえていただけの自分が、どうして経験者になっているのか、その発端は追えなかった。
『ムリ』とだけ返して、ベッドに横になった。お風呂。お風呂は、あとで。
朝慌ててシャワーを浴びて、髪を洗いながら歯を磨いて、ドライヤーを当てながら朝食を済ませて、乾ききっていない髪をスプレーで誤魔化して家を出ると、ウェルネスの駐車場には既に奈々風と数人の生徒が集まっていた。「おっすー、遅刻ギリ」拳を突き合わせ、ふと穴が開いたような表情になって、奈々風がわたしの真ん中を見つめ、言った。「コンタクト?」
「朝お風呂入って来たから、あれ? なんかそれでついでに付けてた」
奈々風が手を出して来て、わたしの髪に触れ、その指を自分の鼻に近づけた。
「普通お風呂で外すけどな。まのちゃん、付けたまま寝たりしてないでしょうね」
「気付いて起きるから平気」
「それが一番怖いよ。お腹は?」
「折り返しくらい。薬……今飲むか、自販機でなんか買って来る」
「急げ急げー。バぁスが追い掛けて来るぞー」腕を回している奈々風に煽られながら、ゆっくり歩いてウェルネスの外に設置されている自販機に向かった。アロエジュースとかアメリカンコーヒーとか、外れの飲み物ばっかり並んでいる。聞いた事ない英語の水があったから、それを買った。振り返ると、ちょうどバスが入って来て、奈々風が手を振って跳ねていた。
冷たいペットボトルの表面に、水滴は一つもない。そういえば寒くなって来た。
もう十二月が近い。つまりテスト。冬休み。お正月。三学期。テストがある。
クリスマスも。
トイレには監視カメラが無いから、滞在時間だけ記録されて学生IDに紐付けられる。
もちろんそれは食事をしたり、貧血で倒れたり、閉じ込められたりを防止する為だ。
連れ立って入るのさえ推奨されず、六個の個室が一気に埋まる事は案外に少なかった。手洗い場も、髪を黒く染め直そうとした人が居たせいで、利用時間が長いと警告音が鳴る。反対側の壁に寄り添って待っていると、左側の真ん中の個室から、ばこん、と叩き付けるような音が聞こえ、ペーパーを巻き取る音、シャワーを当てる音、乾燥、そして水洗の音が続いて、そこだけ古臭いスライド錠の、テンションが掛かったような音がドア全体を通って響いた。
「音姫付いてるのに、使わないの?」と上枝に聞いた。
上枝は手を乾かすように広げて突き出しながら、手洗い場の前に向かった。
「お通じが快調である事に何も隠すところはないよね」と上枝が言った。
流水音、通りゃんせ、鳥の囀り、象の嘶き、F1の走行音、など。どれも面白いから鳴らすような所があって、そこに排便音をわざわざ選び取って、鳴らしたら、それこそ他人のそれを面白がるような良くない風潮を招くだろう。ばこん、って。確かに気持ちいいくらいの音は聴こえたけど、トイレの音って事を考えたら、それはさすがに嘘なんじゃないかなって。
乾燥機の唸りに顔を背けながら上枝が手を乾かし、その後に続いてトイレを出た。
暇そうな【ダステム】の、目を模したセンサーが女子トイレのドアを見ていた。
「初詣みんなで行こうって話なんだけど、疋田くんって帰省とかする?」
「とか?」
「旅行とか、あとは、なんか。とにかく空いてる?」
「空けられると思うけど、伯母さん帰って来るかも。そしたら、宗派によるのかな?」
「なんだっけそれ」
「外国で彼氏できたんだって。それで」
「へー、かっこいいね。かっこいいんでしょ。顔。ガイジンみたいに」
どうだろう、と斜めに頷きながら、写真が残ってたか、伯母に頼もうかって、どうでもいい事を考えていた。元は上枝がカレー嫌いなのが悪い。食べに来てれば、カレーが美味しい事だけは分かったのに。奈々風の口から言って貰えばいいと思って、なんとなく奈々風の姿を目で探してみた。廊下の窓が開いて、その近くに楊田と瑶鼓と絹香が居た。反対側に玉木が一人で立っていて、スカートを短くして必死に踊っていた。最近はメガネを掛けてない事も多く、デビュー以来ちょくちょく、不意に顔を弄られ、やけにエスニックだったり、やけにゴシックだったり、それとは逆に、やけにナチュラルだったりした。でもそれとすっぴんとは違う。
自然っぽいだけで足りない部分弱ってる部分はちゃんと隠されている。
化粧した顔と同じくらい、欠点がない顔もニュートラルだと思ってはいけない。
たとえ玉木の一番の欠点が、自信が無さそうな不機嫌な俯き顔だったとしてもだ。
特に今の、片頬だけ引き攣ったような卑屈な笑みには、密かに自分の容姿を高く評価している事を覚られまいと、わざと自信が無さそうに振る舞っているような所がある。高くって、あくまで自分史上ではって意味だ。自己評価なんて不相応に高くても低くても結局反感を買うだけなのだから、相応の振る舞いをすれば良いだけなのだけど、相応っていうのが難しい。
控え目になる時って、大概誰かに相応まで持ち上げて貰うお墨付きが欲しいだけだから。
それなら少し気が大きいのを、執拗に扱き下ろす必要もないわけだけど、そうはならない。
これを坂道を這うような徒労感と例えて、解放される為に滑り落ちる気があるのか。
無いんだろうな。
「全然間に合ってないじゃん、キンちゃんダンス下手なの?」って上枝が聞いた。
玉木は【カンフー】の真似事みたいに振り回してた手を折り畳んで、急に申し訳なさそうな顔になった。「止まんないで」楊田の叱咤が飛ばされる。「はいやり直し」スマホのカメラを向けられ、玉木の全身は裸に剥かれたみたいに緊張していた。上枝が隣に立って、聴こえてない音源に合わせた振りを簡単にこなした。玉木が完全に手を止め、上枝の背中を見ていた。
「これの動画なら百個くらい見たから、覚えた」と上枝が言った。
楊田が笑った。「タグ調べたら何万とか出て来るけどね。百個? たったの?」
「キンちゃん下手なら下手で胸とか出したら? そしたら動画も回るんじゃない?」
「いや、きっついでしょ。さすがに。スカートもう一回だけ折っとくか。行けぇ絹香」
「はいはい、よっと」絹香が立ち上がり、近づいた分だけ、玉木が後退った。「待ーてっ」
「いや、もう。ムリ。見える」と細い声で言いながら、突き出した腰に手が回される。
内股になって、胸元を庇いながら首を振る玉木を、わたしは遠くから眺めていた。
窓の外からの寒風が、わたしの近くまで流れて来て、氷で撫でられるような冷たさがタイツを突き抜けて来た。厚手のにしたら体育とか、着替えるのが面倒だから。だったら穿いたままがいいやって。そんな事を思ったのがまだ早朝の、暖房が効いた自宅だったのが悪い。
瑶鼓が立ち上がり、わたしにスマホを見せに来る。「この前ウナギ釣ったんだよ」
「え、すごい。美味しかった?」
「時期じゃないし、汚い川だから食べなかったけど、帰りにスーパーで探しちゃった」
写真の中で瑶鼓はコンクリートで補強された、ほぼ水路みたいな所に立っている。
「時期っていつだっけ。確か土用の丑の日じゃないって話は知ってるけど」
「旬じゃなくても美味いでしょ、ウナギだし」
「それはそうなんだけどそんな事言ってたら絶滅するんじゃないの」
「蚊に血を吸わせて琥珀で固めとけば大丈夫でしょ、ウナギだし」
元ネタが映画だと分かっても、何も言う事が思い付かなかった。確か、毒とか。
そのうち廊下に人が増え始めた。
スポーツ科のクラスから、三割くらいジャージ姿の生徒が教科書を持って、特別教室棟の方に移動していった。「時間ないよお」って煽られるけど、人目が増えた時点で、玉木はもう完全にやる気を失っていた。三人と玉木の間を、何人か生徒が横切っていった。瑶鼓のスマホが何かを受信する。「うーんしたらねえ」と、何か考えている瑶鼓が「あっ」と顔を上げた。
「えっ」声に、誘われるように振り返ってみると、白いジャージが目に入った。
「ちょっといいかな、疋田さん」
頭を押さえ付けるような、柔らかくて重たい声だった。わたしに向けられていた。
「えーっと、先生?」
「亜子ちゃんどうしたの」という。
瑶鼓の質問には答えず、亜子先生は反射的に「ちゃんじゃなくて先生ね」と言った。
亜子先生だ、そうだ。背が高くて、チア以外にも水泳か何かやってそうな、がっしりした体格の女の先生で、2B1か2の副担任だって事も知ってる。大きくはない声が、ただはっきりとはしてる。だから思ったより遠くで喋ってるのかもしれないと思うと、意外と一対一の対面で、腰に手を当てるか、腕を組むかして、腰を据えて話すような姿勢で居たりする。
「疋田さん、もしかして先生の顔覚えてない?」
そんなわけがないという疑念は微塵もなく、亜子先生は気掛かりのままを口にする。
「そういうわけじゃないと思うんですけど」
「あそこの子達は、クラスメイト? 名前分かる?」
「楊田と絹香と上枝と玉木。あ、隣のこれは瑶鼓」
「でこいつが疋田真春乃ね」瑶鼓が存在しない続きを亜子先生に返した。
「じゃあ、ちょうど今歩いて来るショートヘアの子は? スポーツ科の子かな」
「ええ、っと。他のクラスはちょっと」
「あの子は蛭川真子愛」答え合わせを本人に聞くまでもなく、亜子先生は断言し、通り過ぎた蛭川さんから目を逸らし、次の子を探し始めた。他クラスの、しかも男子なんて答えられるわけもなく、廊下を見渡して、次に亜子先生はB1の教室の前で話してる女子生徒を指した。
「あそこで話してる女子二人は? 情報科の子かな」
「分からないです。すいません」
「うえ、マジにマジ?」と瑶鼓が肩越しに覗き込んで来る。
亜子先生が重ねて聞いた。「右のショートヘアの子も分からない?」
「髪型がそうなのは分かるんですけど」
「そっか。視力はいくつ?」
「確か0・8とか、良い方ですけど」
「良い? そう。そういえば、疋田さん。今日はメガネじゃないのね」
「え、大体いつもコンタクトですけど。あ、マラソン大会の時メガネだったから」
「そう。でもそういう事じゃないのよね」廊下の生徒は減っていき、だけど楊田達はまだ同じ場所に座っていて、玉木は同じ場所に立っていた。顔だけそっちに向けて、亜子先生がわたしのすぐ横から声を張り上げた。「楊田さん、それって配信してるんじゃないよね」楊田がスマホを振って、してませーん、と答えると、亜子先生は強く溜め息を吐いた。「それで、マラソン大会の時の話なんだけど。疋田さんを追い抜いた子、誰か知りたいって言ってたでしょ」
「誰か。まあ分かるなら」
「調子悪そうな子に声掛けたって子が居たのね。がんばれって。保育科なんだけど」
「たぶんその人だと思います。誰ですか?」
「お礼言いたいんだったら、あとで会いに来させるけど。放課後に、教室でいい?」
「じゃあ、それで。放課後で」
「決まりね。そろそろ行くけど、みんな、予鈴の前に次の授業の準備する!」
はっきりと指示が飛ばされ、方々から「はーい」と女子の間延びした返事が湧いた。
亜子先生は、少し肩を落として足早に去って行った。階段の曲がり角に消えるまで、その姿は廊下の中心に居るようで、わたしは目を逸らせなかった。「保育科って根明集団な印象だけど、まはるん生きて帰って来れるかな」瑶鼓がわたしの肩に手を置き、一緒に亜子先生が去った廊下を見つめていた。階段よりも向こう、Aクラスの教室の前に人の姿はまるで無い。
移動教室で実習棟かどこかに移動したんだろうけど、それにしても閑散としている。
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