第20話 予言と友達のできた魔女
「我が娘よ。あなたは遠くない将来、ここではない大陸で多くのドラゴンたちと共に亡くなります」
マールと呼ばれたトレントの予言者はそう告げた。続いて、カールと呼ばれるトレントが言葉を続けた。
「我が娘よ。あなたは遠くない将来、魔法の力を全て奪われ、この世界でのあらゆる望みが絶たれます」
トレントは沈鬱な口調で続けた。
「我々の見た未来はその二つでした。ただし、知っての通り、どちらに至るかは今後の歩み次第。そして運命を避けるためには、友の導きが必要となります」
トレントは、長い長い時を見続けてくる間に、未来を予測する力が強まったのだという。
彼らの予言では、常に二つの未来が示される。
そしてその予言を授かった者が、それからの未来をどう過ごすか、どのように将来切り拓くかによって、そのどちらかの予言が実現するとされている。
そして、独特な点として、三つ目の選択肢が挙げられる。トレントの予言には、予言された運命が成就しないためにはどうすれば良いのかというアドバイスが用意されているのだ。
どちらの運命も受け入れたくないのであれば、第三の選択肢を選ばなくてはならない。
トレント二人は、予言を告げた後で、低い声でイズミに告げた。
「娘よ。自分を許せなくなるかもしれないが、女神様から与えられた使命を手放してしまうことだって、悪くない選択だと我々は考えている。娘が苦しむ姿を想像することすら我々には辛いのだ」
トレントの言葉に偽りはないのだろう。一千年以上を経ての再会にもかかわらず、彼らはイズミのことを深く心配しているのだ。
「——マール様、カール様、私の身を慮っての進言、誠にありがとうございます。確かにそうなのかもしれません。でもそれは、私が女神様に誓った言葉に反するので、できそうにありません」
イズミはそこで一旦言葉を切った。
「それで、私、まだ友達っていうのがどんなものなのか、思い出せそうにないんです」
彼女は泣き笑いのような表情で、トレントを見上げた。
「薄々思っていたが、今後、西の大陸に向かうことになりそうだな」
トレントが去った後で、リラカがアルゴーに声を掛けた。
「そうじゃな。おそらくドワーフは西の大陸に向かうための手を持っているのじゃろ。それにしてもイズミが立ち直ってくれねば、なかなか先に進む気にもならんな」
「だが、そうも言ってはおれまい」
厳しく期限の切られた急ぐ旅ではない。しかし旅を中断する選択肢はない。リラカはそう考えている。彼は敷布の上で膝を抱えているイズミに近づいていき、少し気になることがあるので聞かせてくれないかと声を掛けた。
イズミはエルフを見上げた。
「ええ。明日は〈
「そうだ。魔女様が、〈呪われし大蛇〉と言っていた者のことだ。厄介な人とはどういうことなのか教えてもらえないか」
「そう——ですね。ではアルゴー様にも聞いていただいた方がよろしいかもしれません」
イズミは立ち上がり、エルフと共にアルゴーの元まで移動した。
「まず、アールヒルドについて、私が知っているところまでお伝えします。彼は旧帝国の崩壊の時まで、〈虚無の魔女〉アンジェリカ・エーレンバーグと行動を共にしていた聖騎士です」
イズミの説明にアルゴーが呟いた。
「聖騎士——其奴は相当に強いのだな」
「そうですね。当時帝国最強の一角だったのは確かです。単純な武力だけでは一国の軍隊の方が強いかもしれませんが、それに相当するほどの強さでした。〈
「帝国のドラゴンスレイヤーなら、聞いたことがあるな。人の身にして武神の力を得たなどと呼ばれておった。〈漆黒の龍〉ギザドが首を持っていかれた奴だな」
「ドラゴンの鱗を切り裂くには、人間種の力だけでは無理だと思うので、おそらくアンジェリカが魔道具を与えていたのだと思うんです。所謂〈
アンジェリカは、壮年となり、肉体が衰え始めたアールヒルド・バルノアに対して、自分なら肉体を若く保ちながら寿命を伸ばすことができると嘯いた。実際、彼は百歳を超えるまで現役の騎士として記録されている。
イズミがアールヒルドと出会ったのは、彼女がアンジェリカに師事し始めた直後だった。そこから〈虚無の魔女〉が帝国を崩壊させるまでの四十年間、彼はアンジェリカの武力そのものだった。
「その後、アンジェリカが失踪した時に彼も共に姿を消したのですが、私自身が当時の部下から、アールヒルドの姿が、巨大な蛇に変わったという報告を受けているんです。それが——」
「〈
リラカの言葉に、イズミが頷いた。
それ以来、〈
「エルフの間では、大蛇の存在は、特に意識されていなかったようだが——」
不思議そうな顔をして、リラカは首を捻った。
「彼は人間種の魔法使いに固執しているんです。きっとアンジェリカが彼を裏切ったことに対して、恨みに感じているんでしょうね」
「その大蛇とやらは、人語を解するのか?」
黙って聞いていたアルゴーが口を開いた。
「それはわからないんです。ただ、他の方々は何とか橋を渡ることができても、私は見逃してもらえないだろうなぁって思うんですよ。アールヒルドさんのことは、顔見知りですし、あちらも私の顔くらい覚えてるでしょうし。そもそも私も一応、大魔法使いです、し、ね……」
次第に声が小さくなっていく。
「で、我らのリーダー様は、その大蛇を何とかしてあげようと考えている、とまぁ、そんなところじゃろ」
イズミがアルゴーから視線を逸らした。
「図星だ。こやつ、大蛇を人の姿に戻す気でおるぞ」
アルゴーが笑った。
「だって、そんな人が
取り繕うかのように、イズミは早口で告げ、そこで一旦言葉を切ると、チラリとアルゴーの顔を見上げて続けた。
「私は、この世界に落ちてきた時に、女神様に正しい力の使い方をすることを誓ったのです。だから、いつも私は、そういう道を選んでしまうんです。皆さんを巻き込んでしまって本当にごめんなさい——!」
その言葉にリラカが笑みを浮かべた。
「嘘をつかないこと、約束を守ること、好意には好意で返すこと、悪意には決して屈しないこと。そして、友達のことを思いやること——。〈放浪の魔女〉様、先程、友達というものがどのようなものか思い出せないとおっしゃっていたが、少なくとも自分は、そしておそらくは今後出会う全てのエルフが、あなたのことを友と見なすでしょう」
「僕もイズミさんのことを、もう友達と思っています。今は思い出せなくても、友達というものを思い出すきっかけになれれば嬉しいですよ」
いつの間にか足元に寄り添っていたノアールがリラカの後に続けた。
「さぁ、今晩はもう遅い。明日は早いんじゃろ。色々あったが、イズミのことは我々が託された。古より生きる真なるドラゴンがついておるのじゃ。安心して旅を続けるがよかろう」
「そうですよ。ちゃんと休まないと、明日に響きますよ」
アルゴーと、その肩に止まった白フクロウが、優しくイズミに語りかけた。
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