第14話 〈虚無の騎士〉狩り
「うーん。やっぱり塔を出す必要がありますね。またはこのあたりで銀の鉱床があれば良いんですけど」
鉛や亜鉛は、銀を含んで算出するからだ。しかし、リラカは土の下のことはよくわからないと告げた。そこで結果的に、一度森を出て、街との間にある草原に塔を展開する必要があるという話に落ち着いた。時間帯は早朝とした。早朝なら人の姿も少ないだろうという点と、何か尋ねられた場合は、魔法使いの人口が多いベルトの街の名と魔法使いギルド長の名前を出せば、何とかやり過ごせるだろうという目論見もあった。
翌朝、一行は川のほとりにある草原に移動した。
「実は塔を見られるのは、あまり嬉しくないんですよねー。昔、悪い魔女が住んでいるって、一方的に攻撃を仕掛けられたりしたこともあるんで、ちょっと人目につくのは嫌だなぁって」
「いざとなったら、わしがドラゴンの姿で塔の上でポーズ取るから」
「余計攻撃されそうじゃないですか」
イズミは一行から離れてローブを草原に置くと、小走りで戻ってきた。その背後に塔が出現する。
「わし何度見ても、これはよくわからんわ」
アルゴーが首を捻る。
「元々は、転移魔法なんですってば」
イズミは現在においては、そもそも転移魔法が世の中にほぼ存在せず、おとぎ話の中に出てくる伝説の魔法、という位置付けなのを理解していないのかもしれない。
「転移魔法って、事前に〈門〉が必要じゃろ」
「だからあのローブが〈門〉なんですよ」
その説明に、アルゴーが再度首を捻った。
「ちょっと素材を取ってきますね」
説明途中でイズミがてとてとと塔の方へと歩き出すと、リラカがアルゴーに尋ねた。
「人間種一人を収めておくだけの鉛の塊って、魔法でサポートされたとしても、女の子一人で持てるものなのか? いや、我々全員で行ったところで手助けにもならないとは思うが——」
不安そうな表情を見て、アルゴーは言った。
「あの塔を出すところを見た後で、まだそんなことを言うのかね。ほら、もう戻ってきた」
イズミは小さな瓶を両手に持って、塔から戻ってきた。
「お待たせいたしました。こっちがノアールさんの〈門〉のための素材ですね。で、こっちが鉛を入れた瓶です」
調味料でも入っているような小瓶を振ると、中でカラカラと軽い音がした。
「ちょっと持たせてもらえるか?」
リラカが尋ねると、どうぞと無造作に渡された。
どう見てもただのガラス瓶だ。
「それを投げつけると、ぶつかる直前に瓶から鉛が溢れ出します。馬くらいなら閉じ込められる分量を入れてきました。あ、人に向けて投げたりしないでくださいね。多分即死しちゃうんで」
「いや、そんなことはしないけど——」
リラカがイズミの顔と、手に持ったガラス瓶を交互に見る。
「私より、エルフのリラカさんの方が、投げるの上手っぽいんで、よろしくお願いします」
「え、俺?」
エルフは不安そうな表情を見せたが、イズミはもう役割を決めていたのか、取り合おうともしない。
「次はアルゴー様」
「ん。何かの」
「〈虚無の騎士〉さんが鉛の塊になった後で、一度保管のためにどこかに飛ばしておきたいんですけど、残念ながらいい場所がなくって。何日かで良いんで、ご自宅をお借りしても良いですか?」
「ああ。わしは構わんぞ。ノアールも大丈夫じゃろ?」
「構いませんけど——意外ですね」
ノアールの言葉に、イズミは顔を赤らめる。
「あの。ちょっと私、お掃除が苦手なものですから。いやあの、今ちゃんと整理整頓をする魔法を実行してるところなんです。でも何か終わるまで結構掛かっちゃうみたいで。その間だけでもお借りできれば、って」
しどろもどろである。
「ああ、心配しなくていい。裏でゴーレムが動いているって話らしいが、それを急かすこともあるまい。さて、そろそろ封印しに行こうか」
アルゴーの言葉に皆が頷いた。
「アルゴー様は、〈虚無の騎士〉の位置はお分かりですよね」
「ああ。今は朝だから、暗がりに隠れておるようだ。あの砦跡がそうだろうな」
アルゴーが指差した先には、崩れた城壁が見える。
「あれに忍び込んで、相手を無力化するのは難しいと思うぞ」
リラカは反対の立場のようだ。確かに不意打ちでもされたら、魔素の総量が少ない幼いドラゴンにとっては命に関わることになる。
「ならば、できるだけ濃い魔素で誘き寄せる方が確実かもしれんのう。わしよりもノアールがブレスを吐き散らかすのが適役かもしれん」
ドラゴン自身が高濃度の魔素の塊であり、そこから発されたブレスは周囲の魔素濃度を著しく高める。逆にいえば、魔素を欲しがっているであろう〈虚無の騎士〉にとっては、格好のターゲットでもある。大柄の黒猫ほどの大きさのノアールですら、エルフの数倍の魔素を持っている。
「え、僕ですか?」
まさか自分に振られるとは思っていなかったノアールが、尻尾をピンと立てた。
「色々罠とか展開しときますから大丈夫ですよ」
両手を広げて、指輪をノアールに見せながら、イズミが言った。
結果的に、〈虚無の騎士〉はノアールのブレスに正面から焼かれた後で、イズミの魔法で仕掛けられた多重の罠にハマり、最終的にリラカの投げた瓶から溢れ出た鉛の塊の中に封じられた。
「リラカさん、ナイス投擲でした!」
「俺がやらなくても、魔女様が直接手を下せばよかったじゃないですか」
「いえ、私は鉛の壁で出口を塞いでおく役目でしたので」
その前に、彼女はいつの間にか多重の罠を仕掛けており、気がついたら〈虚無の騎士〉は雁字搦めになって動きを封じられていた。
「でもあれですね。さっきアルゴー様がおっしゃってたんですが、もしアルゴーさんが全力でブレスを吐いてくだされば、魔道具の魔素の処理能力をオーバーフローできるんですね。私、ちょっと自信なくしそうです」
「魔女様、人間種がドラゴンと張り合おうとか、ちょっとどうにかしています。女ドラゴンって呼びますよ」
「若いドラゴン以上の魔素を使えるとか、実質的にドラゴン以上じゃないですか」
ノアールがふわふわと宙を漂い、イズミの肩に乗った。
「転送終わりっと。あと今から〈門〉を作りますので、ノアールさんに一度ご確認いただければひと段落ですね」
声を掛けられたノアールは、にゃあと声を上げた。
「あれの正体を調べるには、まずは〈虚無〉を無効化するか人間種に任せる必要がありそうだな。今後、〈虚無化〉したものを戻せる手段が手に入れば良いんだが」
エルフはそう言うと、横で何やらごそごそと作業を始めたイズミに視線を向けた。
彼女が手にしているのは一本のロープで、そこに幾つかの金属や石のリングを通している。
「これで、あとは、帽子の内側に縫い付ければ完成です」
てへへと笑って、イズミはそのロープで輪を作った。
「ちょっと、これ潜っていただけますか?」
確かにこれならばノアール以外は通れないだろう。
「一緒に私も行ってよろしいですか?」
首を傾げながら白フクロウが尋ねた。
「どうぞどうぞ。特に問題なければ、お戻り次第、次の旅に出ることにしましょう」
猫ドラゴンと白フクロウはすぐに戻ってきて、〈虚無の騎士〉のインゴットは、無事転送されていたという報告をしてくれた。
その報告を聞きながら、アルゴーが思いついたように言った。
「そうじゃ。ここの領主に一言伝えておいた方がいいのではないかのう。きちんと封印して、安全な場所に確保してあるとか何とか」
確かに歓迎会の席で、責任を取ると大見えを切った以上、その報告ぐらいはしておくべきだ。
「簡単な走り書き程度になっちゃいますが、いいですよね」
「それなら、私が魔法ギルドまでひとっ飛び行ってきますよ」
白フクロウが言った。確かに彼女ならイズミの使い魔として姿を知られている。
イズミは自分の署名入りの簡単な報告書を領主宛に走り書き、それを白フクロウに託した。
白フクロウは半日で街との間を往復し、無事一行の元に帰った。
ただ、この行動が後に大きな波紋を生じることになるのだが、この時点ではイズミをはじめとして、一行の誰もそれを理解していなかった。
(つづく)
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【著者より】
第一章がやっと完結しました。一章というには少し長い気もしますが、旅のスタートとしてはこんなものでしょうか。イズミを筆頭に、老ドラゴン、エルフ、猫ドラゴン、白フクロウと、正確には人間が一人もいない
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