第13話 作戦会議

 一晩明けた翌朝。イズミ以外はリラカの用意した朝食を囲んでいる。イズミはまだ寝床から起きてきていない。



「リラカさんは、西の大陸のエルフは、ドワーフ製の武器と防具を身につけて戦っているとおっしゃってましたね」


 ノアールがそう尋ねると、エルフは頷いた。


「ああ。身につけると、周囲から魔素を集めて供給してくれる防具と、〈虚無〉に冒された相手の体でも切り裂ける武器を、定期的に供給してもらっているはずだ」


「立派な魔道具ですよね。エルフが使っていらっしゃるということは、戦争自体は西の大陸で、という話になりますよね」


「その通りだ」


「その魔道具の輸送って、どういうルートなんですか? やっぱり船で?」

「いや、船ではないだろう」


 リラカは答えた。

 西の大陸に向かう船は、街ほどもありそうなものだったと聞いている。そうでないと、海の魔物たちに転覆させられて一巻の終わりだからだ。しかし、そんなに大きな船が出航するという話は、この五百年間、聞いたこともない。


「海がだめなら、空を行くか、陸路ってことですよね。陸路だと、大陸と大陸が繋がっていないといけないですから、空を飛べる魔物の協力が必要だと思うんです。西の大陸までどのくらい距離があるかは知りませんが、それって本当に可能なんですか?」


 猫ドラゴンは不思議そうな顔をした。


「俺もそこまで詳しくないんだが、ドワーフは泳げないし、空を飛ぶ魔物を使っているという話もリジャとリコーネからは聞いたことはないな」


 俺はこの森の近くから出たこともないからなぁと、エルフは頭を掻いた。エルフの言葉に、白フクロウが続けた。


「もし、空を飛ぶ大きな生物がいたとしたら、風の精霊が関係するでしょうから、私のところにも伝わってくるはずなんです。でもそれもないというのは変ですね」


 白フクロウは、頭部を上下反転するほど傾けて。周囲をギョッとさせた。


「まぁ、その話はドワーフたちに直接聞けばいいだろう」


 アルゴーはそう提案し、そろそろイズミを起こして来てくれとノアールに伝えた。ノアールはふわふわと空中を漂うようにして、イズミの寝ている部屋へと向かった。


「イズミが起きてきたら、〈虚無の騎士〉とやらについて、知っていることを教えてくれないか。あいつらの汚れた魔素の臭いは独特だ。今も近くに潜んでいる」


 その言葉にリラカが立ち上がった。アルゴーはエルフに座るように促した。


「心配することはない。其奴の狙いはあの街だ。イズミが昨晩言っていたように、閉じ込めるのが一番簡単じゃろ。それにしても、近いうちに人間種で、剣を巧みに使える者を加えた方がいいな。わしらの力は大きすぎて小回りが効かん。人間種サイズのものを無力化するのに、森一つ焼き尽くすのは乱暴に過ぎる」



「色々考えていたんですけど、〈虚無〉を起こしてるのって、多分三つか四つの魔法の組み合わせなんですよね。アンデッドみたいな現象に近いけど、自然現象とは思えないんで、アンジェリカのオリジナル魔法って考えた方がいいと思います。もしかしたら魔道具にして、それを体に埋め込んだりとかしてるのかも」


 ノアールに呼ばれて起きてきたイズミは、まだ眠そうな顔をしている。


「多分ですけど、魔素を吸う魔法と、自分が活動するための魔素を確保した上で、余剰分を一度どこかに溜める魔法と、貯めた魔素をアンジェリカに転送する魔法の三つです。場合によっては魔素を〈虚無〉った人以外に再利用できないように、〈汚れた魔素〉に転換する魔法も使ってるかも」


 オリジナルの魔法の制作とは、単機能の魔法を順序よく配置し、流れ作業にしたものを一つのパッケージとしてまとめるタイプがほとんどだ。開発期間が短くて済むので、ほとんどの魔法使いはそのようにして自分用の魔法を組み上げている。そして単機能の魔法は魔素をエネルギーや物質に直接変換するか、複雑なものについては精霊の能力を活用して実装するという手段がほとんどだ。実際のところ精霊の能力も魔素を利用しているので、魔法とは根本的に魔素を活用する技術と言い換えてもいい。


「魔素を集める部分は、ドワーフの魔道具でも一緒かもしれません。さっき、イズミさんが休まれている間、そんな話が出ていたんですよ」


 ノアールがそう告げると、イズミの顔がパッと明るくなった。


「まだ魔道具を作れるドワーフさん達が生き残っているってことですか!」


「ああ。戦争のための魔道具を西の大陸に送っているとは聞いている」


 イズミは自分の手のひらを広げ、指に嵌まった三十本の指輪に視線を落とした。それらの指輪の半分以上はドワーフが作成したものだ。


「やっぱりドワーフさん達に会いに行かないといけませんね——」


 その発言に、アルゴーが何かを思いついたような顔をした。


「プシファを起こしに行く前に、ドワーフのところに先に行った方がいいかもしれんなぁ。ドワーフならプシファの囚われている地下迷宮に至る地図くらいは持っているだろう。そもそもプシファの奴はドワーフの守護者を引き受けているしな。寝てばかりいて、ドワーフとしても困っとるだろ。この森を離れ、街道を辿って北の山をまっすぐ目指せばいいだけだ」


「あの、アルゴー様、プシファとはどなたのことですか?」


 リラカが尋ねた。


「ああ、〈黒鉄のドラゴン〉と呼ばれておる奴でな。わしらの旅の最初の目的地となる予定だったんじゃ。昔は色々とやんちゃを繰り返していたが、そろそろ落ち着いてもらわんと困る。ドラゴン同士、そこは任せてもらって良いぞ」


「〈黒鉄のドラゴン〉——!?」


 リラカがばね仕掛けのようにして椅子から立ち上がった。


「なんじゃ、どうした」


「それは、エルフの大森林を焼き尽くしたドラゴンと同じ名です!」


 エルフの故郷とも呼ばれる森が、かつて大陸の北方にあった。今は完全に荒野になっている。豊かだった木々は全て炭化し、世界樹と呼ばれていた巨大な樹も燃やし尽くされた。その時の炎によって赤く染まった空は、大陸の端からでも見えたという。


「——そうか。ともかく、エルフの大森林跡を抜けて、ドワーフの住処を目指す。その前に〈虚無の騎士〉とやらを封印するというので良かろう。プシファの件はドワーフの元に辿り着いてからが良かろう」


 エルフにはやや直情的なところがある。だが、リラカはアルゴーの言葉に冷静さを取り戻したようだった。



「結局、どうされます? 封印するのは良いんですけど、その後で正体を探ったりとかそういうのはおそらく無理なことになるんじゃないかなと思うんですが——」


 イズミは一番話が通じそうな白フクロウに向かって話しかけた。


「土の大精霊に頼んでも嫌がりそうですものねぇ」


 魔素を奪い取る魔法を無力化しない限りは安全とはいえないからだ。


「それを封じるための魔道具を作るには、今はちょっと時間と手間が足りないんですよね。ドワーフさんに会ってから考える方針かなぁ。〈塔〉出すのも迷惑ですし」


「なら、封印した後で、イズミがどこかに置いておく、というので良いのでは」


「わかりました。その方針で。呼び出せるように〈どこか〉には置いときます。まずは鉛の中に突っ込んどきましょう」


 方針が決まったらしい。それを一行に伝えると、リラカが自分も同行していいかと尋ねた。


「私は全然構わないですよ。道案内とか頼めたら嬉しいですし」


「エルフの大森林の入り口までは、この森の中を通っていける。〈エルフの小径〉という樹の精霊魔法を使えば時間も短縮できるだろう。あとは〈虚無の騎士〉が本当に我々の氏族の者かも確かめておきたい」


「なら、出発は早いほうが良いかな。ところで、ノアールはどうする。一度西の山に戻るか?」


 勝手にノアールを呼び出したアルゴーが、また勝手な発言をした。ノアールはイズミの肩にぴょんと飛び乗って、小声で訊いた。


「イズミさん、自由に行き来できるような僕サイズの〈門〉って、作れるものですか? あの、お父様が通れないくらいのサイズで——」


「できますよ。何ならそっちが優先ですね。ちゃんと行き来できるようにしますから大丈夫です」


「こら。聞こえてるぞ」


 アルゴーが突っ込んだが、白フクロウが頭の上に乗ったので、それ以上は何も言わなかった。髪を抜かれるのが嫌なのだろう。


(つづく)


--

【著者より】

エルフの家での作戦会議が長引いて、まだ次の旅に出られません。理屈っぽいところが時折入りますので、整合性等を考えつつ進めています。次の章からは燃え落ちたエルフの大森林経由ドワーフの住む北の山脈というルートを予定しているんですが、その前に本章の最後で〈虚無の騎士〉捕獲作戦を実施しないといけません。頑張ります。

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