第11話 いつだってこうなのだから

 イズミの宣言に、魔法使い達はどよめいた。魔法の衰退がたった一人の魔女によって為されたという発言も衝撃だが、それが〈世界渡り〉の大魔法のためだという話も、耳を疑うようなものだったからだ。


「ああ、やはり全部わかっておったのだな——」


 アルゴーが静かに告げた。イズミは、どうして魔法が衰退しているのかを訊きに、西の山までやってきた。だが、彼女なりに答えを持っていたのだ。おそらく彼女の推測は正しいのだろう。だから、彼女は「理由を尋ねに来た」と問うのではなく、「どうしたら世界を元に戻せるのか」と問うべきだったのだ。


 ——そんなことだろうと思ったわい。


 だが、周囲の魔法使い達は、全く現実味がないようだった。

 無理もない。イズミの主張する〈世界渡り〉の大魔法など、現代の魔法使いには想像すらできない代物なのだ。現代の魔法使いは、薬を作ったり、日常的なちょっと便利な魔法を使える、箒に乗って空を飛べる、といった程度の魔法が関の山という存在なのだ。

 だからこそ、イズミの言葉が、彼らには単なる出まかせのように聞こえたとしても彼らを責めるべきではないのだろう。



「そんな、子供騙しのおとぎ話でもあるまいに——」


 一人の魔法使いが呟いた。


「だが、過去の文献を紐解くと、過去には魔法はそれこそ不可能はないのではないかと思えるほどに強力だったことが伺える。それが、少しずつ力が弱まっていき、今では全く無力な存在になってしまった。この街はまだマシなのは知っているだろう。アルコット先生の手によって、魔素が蓄積されるようになっているからだ。魔素がもっと濃くなれば、魔法の価値が再び高まることだってあり得るはずだ」


 もう一人の魔法使いが反論した。


「——リラカさん、エルフにとっては魔法が衰退したことは、人間種以上に深刻ではないんですか」


 イズミがリラカに尋ねた。


「俺たちの敵は、〈虚無〉だ。魔法の衰退は〈虚無〉が蔓延るようになってからのことだ。それはエルフだけではなく、ドラゴンでも同意してくれよう」


 エルフは感情を抑えるように、ゆっくりと答えた。


「〈虚無〉は魔素を奪われた結果生じる現象だ。生きるために魔素を必要としない人間種にとっては、特に問題ないが、生きるために〈魔素〉を重要な要素としている俺たちエルフや、いわゆる魔物、他にもここにいるドラゴンなどはその影響を大きく受けてしまう。先ほどどなたががおっしゃったが、魔法使いも元々強大な魔法を使うために大気や地中の魔素を利用していた。だが今はその魔素はどんどん薄くなっている」


「具体的にはどんな感じなんだ」


 一人の若い魔法使いが、リラカに声を掛ける。


「ずっと息苦しい感じが続くといえばいいかな。そうだな、君たちも、すごく高い山に登ったら息切れがするだろう。息がしづらい。深呼吸して、やっと頭がぼうっとしている感じを払える——そんな感じだ。この街はだいぶマシだけれど」


「魔素が薄いと、魔素を使って生きている生物にとっては致命的だということだな。それでは〈虚無〉はどうやって生じるんだ?」


「その質問に対しては、わしが答えよう」


 アルゴーが割って入った。


「わし自身、〈虚無〉には苦しめられたからの」


 彼には過去に〈虚無〉の軍勢と戦い、傷を負った過去がある。


「まず、重要なのは、〈虚無〉はそれ自体では存在し得ないのだ。魔素を持っている者から魔素が奪い尽くされると、生命体はその作りを変えてしまう。そうなった部位が〈虚無〉と呼ばれる。それに耐えられなかった多くの魔物は滅んでしまった。〈虚無〉になった体は、不足した魔素を取り込もうとするが、一度変わってしまった体はもう元に戻らない。ドラゴンの中にも、身体の組成が変わってしまって、別の生き物になってしまった者もいる。わしだって、真のドラゴンとして覚醒しなかったら、山の奥で〈虚無〉に侵食されるのにただ耐えるだけで、こうやって人里に降りてくるなどということもできなかったろう」


 「〈虚無の魔女〉は、そうやって〈虚無〉が取り込もうとする魔素を横取りしているということだな」


 一人の魔法使いの言葉に、イズミが頷いた。すると、神経質そうな中年魔法使いが、唇を振るわせながら大声を上げた。


「待ってくれ。魔素が多ければ、狙われるとするなら、この街はどうすればいいんだ。あんたは責任を取ってくれるのか!」


 この街は魔素が濃い。それ故に魔法使いは他の街よりも地位が高く、魔法使いギルドの働きも活発だ。


「あんたは俺たちに戦えというのか。そもそも相手はどこにいるんだ。その〈虚無の魔女〉とやらは。それよりあんた強いんだろう。強いなら早くその魔女のところに行って、退治してきてくれ。ドラゴンなんぞを連れているくらいなんだから、すぐだろう。明日にでも行ってなんとかしてくれ!」


 周囲の魔法使い達が、その男性を取り押さえたが、彼は街が危ないのはあの魔女のせいだと叫び続けた。


「失礼ですね」


 テーブルの上を歩いてきたノアールが、そう言って尻尾をテーブルに叩きつけた。近くの魔法使いが、ひっと息を呑んだ。

 アルゴーは、様子をじっと見ている間、不快そうな顔を隠そうともしなかった。


「——人間種ってのはいつだってこうだ。小さく弱いくせに、自分では何もしようとしない。何もしない癖に自分は棚に上げて他人に責任を問い、自分に矛先が向けば、自分は弱いから仕方がなかったのだと言い訳を繰り返す」


「アルゴーさん。いいんですよ。もうずっと繰り返してきたんです。慣れました。人の間を間違えないように歩むなんて、もう私にはできないことなんです。もう歓迎されていないのはわかりきっていますから。怖がらせる前に出ていきましょう」


「——あの」


「大丈夫ですよ。ちゃんと責任を取っていきますから」


 イズミは微笑んだ。だが、彼女の目は、どこも見ていなかった。


「先ほど領主様が慌てて帰られたのは、〈虚無の騎士〉に敗北したという話——ですよね、ゼンセイ老師」


 話を振られたゼンセイはイズミと目を合わせないように下を向いて小さくなっていたが、カクカクと何度も頷いた。


「なら、私はそれを狩ってから行くことにします」


「行くって、どちらまで——」


「それをあなた方に知らせる必要がありますか。もう二度と会うこともないあなた方に。ただ、間違えないでいただきたいのは、私は魔法を愛していて、魔法が恐ろしく強かった昔の思い出を蘇らせようと思っているのですよ。それは皆様方にも悪くない話だと思います」


 イズミは微笑みを絶やさずに告げた。


「それでは失礼しますね。アルゴーさんも、ノアールさんも、もう良いですよね」


 ドラゴン一人と一匹は、声こそ上げなかったが、イズミに従う意思が読み取れた。


「すいません。最後は騒がしくなってしまいましたね。リラカさん。楽しかったです。またお会いできる日があることを楽しみにしております」


 イズミが頭を下げた。それに対してエルフは慌てたように声を掛けた。


「いえいえ、〈放浪の魔女〉様、どうか頭を上げてください。今回の話は俺の早とちりが原因です。申し訳ありませんでした。あと俺もそろそろおいとまします。せっかくエルフとドワーフが、戦場を変えてまで守ろうとした人間種は、こんなにも幼かった。俺ももう二度とこの街には戻らないと思います。それでは失礼」


 〈世界渡り〉とエルフ、そしてドラゴン一人に一匹。さらに白フクロウ一羽は、ベルトの街のホテルを立ち去った。

 これ以降、彼らのうち、誰一人たりともベルトの街再訪したという記録は残っていない。


(つづく)


--

【著者より】

本当はこうなる予定ではなかったのですが、まぁ、人間はそんなに優しい人ばかりじゃないですよね……。

なお先ほど第一章を書き終えました。第一章は本編四万字ほどになります。よろしくお付き合いください。残り一万字弱です。

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