第9話 歓迎会と最後のエルフ
ゼンセイの提案により、その夜は再会を祝してギルド近くの食堂で魔法使いたちと交流をすることになった。おそらく領主も顔を見せるだろうとのことだった。
その前に、ギルドから宿屋を手配してもらい、一度そちらで身を清めたり着替えたりすることにした。その方が怪しまれないでも済むからだ。ギルドの方で身元を保証すると伝えているが、何かトラブルがあった時に、ギルド側で滞在している箇所を把握しているという事実が重要なのだ。それと、領主から領主邸に滞在するように促されるかもしれない。その前に荷物を別に置いておきたいという思惑もある。
そう説明するイズミに、アルゴーは首を傾げた。
「人間種の街というのは面倒臭いことこの上ないな。イズミならこの街ごと制圧して好き勝手することもできるだろうに」
「いや物騒なこと言わないでくださいよ。やろうと思えばできますけど、やらないんですよ。後が色々と面倒ですからね。アルゴーさんだって、無意味に周りに喧嘩売らないでしょう」
「強者は無駄に喧嘩など売る必要はないな」
「そういうことです。トラブルは避けるもので呼び込むものではないんです」
ドラゴンは、まだよくわからんと言いながら、白フクロウを撫でている。不老不死にして最強の戦闘力と魔力を兼ね備えた種にとっては、大抵のことはトラブルに当たらないのだろう。
そうこうしているうちに、受付をしていた魔術師がやってきて、ホテルの手配ができたと告げた。ギルドの面している広場から目と鼻の先にあるという。ギルド御用達ということだろう。
「今夜のお食事会もそのホテルの食堂で行いますので、都合がよろしいかと」
「お手数をおかけしました。では先にそちらで身支度を整えたりしますので、また後ほどよろしくお願いします」
一行はギルドを出ると、ホテルに向かって歩き始めた。
「この街には、しばらく滞在していたことがあるので、たぶんホテルの従業員さんにも顔を覚えられちゃってるんですよね」
イズミは、面倒だなぁと口にしたが、その表情は明るい。
「この街では、魔法用の素材を補充したりしたいんですけどね。以前と変わっていなければ、市が立つのは週に二回。日曜日と水曜日です。水曜日が小さい市で、日曜日が大きい市です。今日は月曜日ですから、明後日には小さい市が立ちます。そこで足りないものが買えればいいですし、そうでなければ日曜日まで待ちましょう」
「市場か! それは面白そうだ」
「その前に今夜の歓迎会で、何か魔法を見せてくれって言われるかもしれませんから、ちょっと何か考えておいてくださいね。もちろん、この建物をバラバラにしたりしない程度のものでお願いします」
「魔法? 魔法か。うむ。何か考えおこう。ところでわしは着替える必要とかあるんだろうか。着飾っても良いものか?」
「お好きに」
アルゴーは、その返事に笑みを浮かべた。
「で、その服ですか」
イズミは呆れたような口調を隠そうともしていない。
「うむ。これがいいだろう」
「んー。それ、ちょっと偉そうすぎませんか」
ドラゴンが人間の姿を取るためには、服装や小物を全て身につけた状態で化けるらしい。そして今、イズミの目の前に立っているのは、旧帝国における皇帝の服装だ。片手には錫杖を持ち、戴冠までしている。
「その服って、直接見たんですか?」
「でなけりゃ、再現できんだろうが」
「あー。はい。正直なところを言わせていただきますとですね。さっきまでの方がいいです。もちろんアルゴー様にはとっても似合ってるんですけど、ちょっとトラブルを招きそうですから」
「わかったわかった。トラブルは避けるもの、だったな」
「申し訳ありません。ここ数日お召しになられていた執事服もよくお似合いで、身動きもしやすいかと思いますし」
「言われてみればそうだな。わしは良くても、狭いと周りが大変だ」
床に垂れ下がった分厚い真っ赤なローブを両手で持ち上げ、アルゴーは、難しいもんだなと呟いた。
歓迎会には、ベルトの街の領主も一瞬だけ顔を出したが、すぐに帰ってしまった。イズミは、面倒臭いことにならないでよかったと安堵した。
「どうも、先ほどの〈虚無の騎士〉が大森林のあたりで目撃されているとのことでして、兵を出すという話になっているようです」
ゼンセイがイズミに耳打ちした。
「きな臭いですね。ひょっとして、私のことを探しているのかもしれません」
「タイミングからして、待ち伏せされていた可能性もあります。あの森のことですと、管理しているエルフに直接話を聞くのが良いかもしれませんな。先生がこの街を出発されてから、時々森からやってくるようになったんですわ」
「エルフ! それは光栄です。ぜひご紹介ください」
イズミがそう告げると、魔法使いの一人が声を上げた。
「あの外れ者エルフも呼んだ方がいいのですか? おそらく今日あたり、森から出てこの街に滞在してると思いますよ。あれも古い魔法使いの端くれだから、先生とも話が弾むと思いますしね。——おおい、誰か、外れ者エルフがいつもの宿屋に泊まっているか確認してくれないか!」
しばらくすると、若い魔法使いが一人の長身の男性を連れて戻ってきた。周囲の魔法使いたちよりも、頭ひとつ飛び抜けている。ライムグリーンのコートにつば広帽子を目深に被り、黄色いスカーフを巻いている。伝統的なエルフらしさの滲んだ色彩感覚だ。
「初めまして。お招きをいただきました。エルフのリラカ・ホワイトビーチと申します。ホワイトビーチ氏族の出で、今は北西の大森林で森の管理のようなことをしております。氏族名は不要ですので、リラカと呼んでください」
リラカは帽子を脱いで頭を下げた。帽子から溢れたグレイの髪は、小分けにして、毛束を細く編み込んである。頭の左右に伸びた耳は先細に尖って、やや垂れ下がっている。
「■■■■」
アルゴーが小さく早口で呟いた。その言葉にリラカはハッとしたような表情を見せ、アルゴーに対して、やはり早口で返した。
「■■■■」
アルゴーは満足げな表情を見せた。
「失敬失敬。知っての通り、昔からドラゴンはエルフのことをそう呼ぶものでな。わしが最後にエルフ達と会ったのは百年ほど前のことだが、どうやらお主はもっと古い氏族の出のようだな。わしは西の果ての山に居を構える〈ブルー・ドラゴン〉アルゴーだ。エルフ達とは共闘する者として、お互い背中を預けた関係だ。然してドラゴンはエルフに敬意を払うものである」
周囲のざわめきを無視して、アルゴーはリラカにそう告げた。
「アルゴー殿、今先ほどの言葉は、エルフ語でございますかな」
横からゼンセイが問うと、リラカがそうですと答えた。
「アルゴー様は、俺に対して古いエルフ語で〈忘れん坊〉って呼んだんです。これはドラゴンがエルフを呼ぶ独特な呼称でして——」
「ドラゴンもエルフも人間種よりもずっと長く長く生きるからですよね。まだエルフがこの大陸にたくさん住んでいた頃には、ドラゴンはエルフのことを〈忘れん坊〉と呼んで、エルフはドラゴンのことを〈昔話ばかり〉と呼んでたらしいのです」
イズミが横から説明を付け加えた。
「初めまして。イズミ・アルコットです。この街の魔素を維持するための魔道具を作ったと言えば、自己紹介になるでしょうか。今はこのドラゴン様と共に旅をしておりまして、たまたまベルトの街に立ち寄らせていただきまして、ありがたいことに歓待を受けております」
彼女は深々と頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます。この街は他の土地よりも魔素が濃くて、息苦しさがなくて助かります。もっと早くお会いしたかった!」
「私もお会いしたかったです。大陸に残っているエルフの方には、初めてお会いしましたので」
リラカはその言葉に微笑みで返した。
「さあ、そろそろいいかね。せっかくの食事が冷めてしまう!」
若い魔法使い達はイズミとアルゴー、そしてリラカを取り囲むようにして、やり取りを興味深げに聞いていたが、テーブルの奥から老人達がそう声を掛けると、それぞれの席に戻った。
(つづく)
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【著者より】
エルフの登場です。本作品のエルフは背が高いバージョンを採用しております。リラカも身長は190cmほどありますので、人間種の魔法使い達よりも頭ひとつ抜けていることになります。なお、アルゴーは老人と言っても、身長185cmほどあります。登場人物、皆背が高い……。
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