第7話 エルフの住む森

 洞窟を出た二人は、軽口を叩きながら森の中を進んでいく。白フクロウはアルゴーの肩に止まって、そのやり取りを聞いている。


「——ドラゴンは一度見聞きし体験したことを忘れない、というのは知っているだろう。だが、古い記憶、思い出したことのない記憶を思い出すのには時間が掛かるのだ。最近のわしは、ずっとうつらうつらしているだけだったのもあり、すぐに思い出せるのはここ千年ほどのことだけだな」


 アルゴーの目撃例がここ百年ほどなかったことからも、彼が寝て過ごしていたのは確実だ。


「だが、その前も、活発に動いていた訳ではない。若い頃はともかく、体が巨きくなりすぎてな。空を飛ぶのに難儀していたからだ。それが数百年、たぶん千年ほど続いたか。それよりも前は、この大陸などひとっ飛びだったのだがな」


 ドラゴンの時間感覚は、人間とは全く異なる。イズミも〈世界渡り〉プレーンウォーカーであるが故に、不老の体を持って、千年を超える時を生き抜いてきた。

「ドラゴンに寿命はないって言われますけど、エルフの方々はどうなんでしょう」

 イズミが尋ねると、老紳士は何か思うところがあるのか、一旦言葉を区切った。


「ふむ、エルフか」


 現在、エルフはイズミたちがいる大陸にはほとんど存在しない。

 今から五百年ほど前までは、大陸中にいたはずなのだが、全員が西の大陸へと移り住んでしまったからだ。これを〈大移住〉と呼ぶ。

 〈大移住〉の理由はイズミも知らない。


「エルフも長く生きるな。千年、二千年と生きる。ただ、あいつらは物忘れが激しいんじゃ。わしらは忘れないが、エルフの奴らは忘れん坊だからな。気を付けておいた方がいい。あいつら直近二百年くらいのことは覚えているが、それよりも古いことはすっかり忘れてしまうし、わしらと違って思い出せない。もちろん自分の氏族名とか大事なことは時々復唱してるから思い出せる。でも遠い昔に会った人のこととかは忘れてしまう」


 アルゴーはイズミを気遣うようにして続けた。


「だから、エルフは古い知己に会っても、思い出してすらくれないのだ。もちろんそのエルフがこちらのことをずっと覚えていて、何度も思い出を繰り返し話題にしていたりすれば別の話だがな」


 その話を耳にしたイズミは、少し淋しそうな表情を見せた。


「エルフの方には、もうずっとお会いできてないんですよね——」


 その言葉を受けて、ずっと黙って二人の話を聞いていた白フクロウが、囁くようにしてイズミに告げた。


「イズミ。朗報です。この森にはエルフがいますよ」

「え。本当ですか?」

「精霊が嘘を言うものですか。風の精霊たちはエルフとも仲がいいですから。そのエルフはこの森に六百年ほど一人で住んでいて、時々ベルトの街にも足を延ばすらしいですよ」

「——六百年、ですか」


 イズミがそれほどにまで長い間、一つのところに留まったことはない。

 彼女の中に様々な疑問が湧き上がった。

 そのエルフは長い長い間、一人きりでどうやって過ごしてきたのだろう。人間種との関係はどうしているのだろう。見た目が変わらないで生き続ける存在に対して、多くの人は受け入れてくれないというのに。


「——会えるかなぁ」


 イズミがぽそっと呟いたその言葉を、アルゴーも白フクロウも聞き逃さなかった。



「以前、このあたりにはエルフの集落があった記憶があるからな。生き残りがおっても不自然なことじゃあるまい」


 アルゴーがうんうんと頷く。だが、それに対して、イズミは不思議そうな顔をして尋ねた。


「でも、五百年前の〈大移住〉で、エルフさん達は皆〈魔法海〉を渡ってしまったと聞いています。なぜこの大陸に残っている方がいらっしゃるんでしょう」

「さぁなぁ。ま、もし会えれば本人から聞いてみればいいだろうよ。とはいえ、わしらの方からわざわざ探し出すこともできんだろう。エルフと森で隠れん坊するなど、愚の骨頂だからな」


 アルゴーは空を見上げた。青空が広がる昼間でも、森の底までは光が届かない。


「まずは早いところ森を抜けてしまった方が良いだろうな」


 森には人を襲う動物がいる可能性がある。熊や猪、そして魔物だ。魔物には魔素を受けて変質した野生動物や、人間種に敵対的な亜人種、魔法生物など様々なものがいる。ただし、魔物の多くは魔素の量と質を読み、格上のものとの遭遇エンカウントを避ける傾向にある。ドラゴンであるアルゴーが一行に所属している以上、魔物に襲われるということは考えづらい。


「そうですね。ベルトの街に着いたら、拠点を確保しないといけません。私の作った〈転移門〉が幾つも破壊されているのが気になります。誰かが私のことを追ってきているのかもしれません」


「追われるような心当たりはあるのかしら」


 白フクロウがアルゴーの肩からイズミに話しかけた。イズミは少し思案した後で答えた。


「長く生きてしまったものですから、心当たりは無数にあるんです。だから、結局出たとこ勝負になっちゃうんですよね。お二人にはご迷惑をおかけします」


 その返答を聞いたアルゴーは声を出して笑った。


「いざって時には、イズミへの応援として鼻息ドラゴンブレスの一つでも吐くとするかね。〈放浪の魔女〉の実力を慮ると、その必要はまるで感じないがな」


 老ドラゴンはそう言って笑った。


(つづく)


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【著者より】

少し短めでしたね。三千字ほどを目安にしていますが、少し短い時も長い時もあるかと思います。どうか長い目で見てやってください。


★コメント・レビュー等お待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。

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