第6話 転移門

「〈門〉はですね、あまり大きなものにはしたくないんです。でないと軍隊とかがまとめて乗り込んできたりする、みたいな事例がありますものですから」


 先ほどからのイズミの説明によれば、〈門〉のサイズによって、通り抜けられるサイズが決まってくるらしい。玄関のドアのサイズと思えばいいようだ。


「でも、何か物理的に持ち込んだりする際に、引っかかるんですよね。槍とか使いたい方には向かないというか」


「わしらの中で槍を使う者はおらんじゃろ。それにノアールの小屋の中に設置するなら、自ずとサイズは決まってくる」


 アルゴーがそう言うと、イズミは頷いた。


「転送のための魔法陣ですので。ノアールさん、ちょっと場所を見せてくださいますか」


 その言葉を受けて、尻尾を立てたノアールが小屋の扉までイズミとアルゴーを先導する。


「人間の姿ならば、この小屋にも入れるのう」


 アルゴー自身が小屋を作ったというが、中に入るのは初めてらしい。


「このソファの隣とかどうですか」


 人一人くらいのサイズだ。


「あー。アルゴー様と私と、もう一人くらいで戻ってくるかもしれないから、もう少しだけ広い方が良いかもです」


「なら、隣の部屋を開放しましょう。今は使っていませんし」


「大丈夫ですか?」


 ノアールの構いませんよという言葉に、イズミはありがとうございますと頭を下げた。


 イズミは先ほど塔から持ち出した小瓶の口を開けた。瓶の中には黒い砂が入っており、彼女はそれで床に精巧な幾何学模様を描き始めた。続いてもう一つの瓶を開け、先ほどの砂絵の上に白い砂で文字を描き始めた。

 一通り魔法陣を描き終えると、緑色の輝石を埋め込んだ。


「あとは保護のための魔法を掛ければ完成ですねー」


 簡単なことのように澱みなく完成させたが、本来転移門はこんなに素早く作れるものではない。


「んー。接続先の候補は幾つかあるんですが、ちょっとまずは王都に近いところから試してみますね。時々向こう側の都合で繋がらなくなっちゃうことがあるんで」


 どうやら既に設置された転移門が、何らかの損壊を受けると、転移不可能になるようだ。


「おかしいですね。一つ目、ダメ。二つ目もダメ。三つ目もダメ。これ、何か私が作った〈門〉だってわかって壊してますね。まぁ、壊されても良いんですけど——面倒臭いなぁ」


「その分だけ距離を移動するだけかな」


「ええ。そうなんですけど。ちょっと癪ですね。でもまぁ、仕方ないです。ここから飛べる場所まで飛んで、あっちでまたここに飛ぶための安全な〈門〉を作りましょう」


 その後、イズミは半刻ほど〈門〉の前で何やら試していた。その結果、ベルトという街の郊外に設置した〈門〉に接続することにしたらしい。


「旅の途中で設置した〈門〉なんですけど、ベルトの街から一日くらいのところにある、あまり人が入らない森の中に、都合のいい洞窟を見つけまして。幸い魔物などもいなかったので、丁度良かったんですよね」


「ベルトの街ってのは、大陸のどのあたりなんだ?」


「あー。ここからだと東南東ですかね。大陸の東側です。五千キロくらい離れてますけど、良いところですよ。二本に分かれた川の中洲に造られた古い街です」


「千年くらい昔のことだから、もういないかもしれんけど、わしの記憶だと、そのあたりにエルフの集落があったようにも思うんだが」


「エルフですか。私は会ったことないですね。そもそもエルフの皆さんは数百年前に、ほとんど全員が魔法海を渡って西の大陸に旅立ってしまったんで、それ以降会ったことがないんです」


「そのあたりの歴史は、わしも直接は見聞きしておらんからなぁ。後でうちの嫁に話を聞くがいい」


「それはありがとうございます。私も、エルフの皆さんにはもう一度お会いしたいんです。でも、そのためには魔法海を渡る必要があるんですよね。魔法海は一人ではちょっと渡る自信がなくて」


 魔法海には海の魔物が多く、無事に渡り切るには、一つの街ほどもある巨大で頑丈な船が必要だと言われている。


「わしらが一緒に行けば大丈夫じゃろ」


 アルゴーのその言葉に、イズミは笑顔を見せた。


「ありがとうございます。その時は頼らせていただきますね」



「出かける前に、塔はローブに戻しても良いですよね。あ、そうか。アルゴーさんのベッドを何とかしないといけないですよね」


「それより小銭を何とかせんといかんだろう。わしのところにあるのは古い金貨ばかりだ」


「ドラゴンは貴金属を集めるのが好きですからね。お父様のコレクションには宝石もありますが、こちらではいかがでしょう。ベルトは古くからある大きな街のようですから、小さめな宝石を両替すれば、疑われないで済むのでは?」


 ノアールがアルゴーの許可も得ずに提案した。アルゴーがぎょっとした顔をする。その表情を見逃さなかったか、イズミが微笑みを浮かべた。


「そうですね。なら塔にある小さい宝石を売りましょう。大丈夫です。お金ならちょっとはありますし」


「金ってのは使おうとすると不便じゃな」


「ドラゴンは、単に集めるだけですし、全然使わないですよ」


 ノアールがくすくすと笑った。

 アルゴーのベッドは、彼が若い頃に収集した貴金属で構築されており、ほとんどが金、たまに銀、他にも白金やら魔法銀ミスラルやら、硬鉄鋼オリハルコンやらと、特にドワーフが見たら垂涎のお宝の山だ。


「でも人間のフリして世界を見て回るんですよね」


 ノアールがアルゴーを見上げる。


「無論。そうなるとベッドとしては無用の長物じゃの。だがコレクションはコレクション。ここに置いて行ってもいいのだが、いざという時に何やら役立つこともあろうから預けたままでおくことにするわい」


「そうですか。それではノアールさんの仕事がなくなってしまいますね」


 今度はイズミがくすくすと笑った。


「わしらを待つという大事な役目があろう。わしらは戻ってくるぞ。すぐ戻ってくるからな」


 アルゴーがそう言うと、横で白フクロウがホホホと笑い声を上げた。


「この人の子煩悩なところも素敵なんですよ」


「うぐぅ……」


「それではそろそろ準備させてください。まずは塔を回収してきますね」


 イズミが扉から出て行き、すぐに戻ってきた。


「それでは行ってきますね。向こうでいい場所が見つかったら、そこに〈門〉を開きますから。そうしたらすぐに戻って来れます。アルゴーさんも寂しくないでしょう」


「いってらっしゃいませ」


 気丈に振る舞っているが、ノアールの尻尾は下がったままだ。


「万が一の時には、風の精霊に言いなさい。そうすれば、すぐに私の耳に届きます。あなたは私の息子でもあるのだから、遠慮なんてすることないんですよ」


 白フクロウがノアールを見つめて言った。


「大丈夫です。頑張ります」


「それじゃ、何だ。ベルトの街に出発じゃな」


 一行はアルゴーの巣にある小屋から、一瞬のうちに五千キロも離れたベルトの街郊外に転移した。

 転移した先は崩れかけた洞窟だ。


「あ、灯りが必要ですね」


 イズミが魔法で柔らかい光を放つ光球を生み出した。上を向けた手のひらに丸いボールが浮いている。


「出口はあっちなんですが、どうしましょう。一応ロック掛けておけば大丈夫かなとは思うんですが、私を探してる人が待ち伏せしたりするのに使われたら嫌なんですよね」


「なら無効化して崩せばいいではないか」


「そうしましょう。ならまずは〈門〉から輝石を回収しちゃいますね」


 イズミは魔法陣から石を回収した。その後で足で念入りに魔法陣を崩し、いつの間にやら手の中に取り出した瓶から、大量の灰を振りかけた。


「ここから一日ほど歩いたところに町があるので、そこまでは行きましょうか」


「うちの主人のこの格好は目立つのではないですか?」


 白フクロウが尋ねる。確かにアルゴーはよれの全くないスーツ姿で、およそ森の中を歩く格好ではない。


「アルゴー様は、別のお召し物は?」


「ないな」


「ではローブをお出ししますけど、そちらを身につけていただいてもよろしいですか?」


「仕方あるまいな。だが、こちらが合わせるより、こちらに合わせるのが良いだろう。イズミはどこかの貴族の娘で、わしはその執事とかどうだ」


「大陸で最も年長のドラゴンが、馬鹿なことをおっしゃらないでください」


 ローブを差し出すイズミにピシャリと言われ、アルゴーは不服そうな表情を浮かべながらそのローブを受け取った。


「あと、移動中に日が暮れましたら、簡易的な小屋を出しますので」


「塔ではないのか」


「塔の方がよろしければ、そうしますけど」


「いや、良いようにしてくれ。この地ではイズミに一日の長がある」


 アルゴーはイズミ一党パーティのリーダーと定めたようだった。


(つづく)


--

【著者より】

人間型になったアルゴーは、イズミと一緒にくっついて行きたいという理由でその形態を取っています。別に彼としてはドラゴンのままでもいいんですが(ドラゴンなのであまりその辺りは深く考えていない)、小さい者の視点を楽しみたいという気まぐれもある様子。なお、服も含めた全身を擬態化しています。

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