第5話 魔女と石造りの塔

「いくら魔法が何でもありだからって、こんなものができる奴は、わし他に知らんなぁ」


 アルゴーがいくら考えてもわからないという顔で首を傾げた。

 一行の目の前には、巨大な石造りの塔が顕現していた。

 直径五十メートル、高さはその倍近くある。


「師の住んでいた塔をそのまま再現しています。中はもっと広いんですが、ローブに収めるには、このサイズが限界でして」

「どうやってるのか想像できんわ」 

「いえいえ、アルゴー様でしたら、すぐにご理解できると思います。単なる空間転移魔法の応用ですから。でも秘密です」

「転移させとるの」

「はい。ものすごく小さなパーツに分けて、世界中の色々な場所に置いています。そこから呼び出して組み合わせてる感じです。もっとも、色々効率的になるようにしてはいるんですが——」

「興味はあるが、まずはその〈門〉とやらを作る作業なんだろ。ノアール、お前も手伝いなさい」


 ノアールがてとてとと歩み出る。そのまま女魔法使いとと猫ドラゴンの一人と一頭は塔の正面にある扉に向かっていく。女魔法使いが古びた木造の扉を開けると、小さな玄関があり、その奥にまた扉がある。


「本当は整理してしまえば、もうちょっと小さな倉庫みたいなものに収められるとは思うんですけど、なかなか時間が取れないんですよね。塔もどこかに固定しておけばいいんですけど、留守にしていると、すぐに泥棒さんが入ってしまったりして不用心なので、こうして持ち運んでるんですよ」


 塔は職人の道具箱のようなものではないと思うけど——。

 ノアールは尋ねた。


「これ、土の大精霊様にお願いされているんですか?

「いえ。それは新しい塔を建てたりする時ですね。師匠もそうやって作られたんだと思います。一晩で作ったとか何とか」

「なるほど。この塔を呼び出すのに、平らな場所が必要だったんですよね。それならお父様経由で土の精霊様にお願いすれば、山でも谷でも平らな場所などいくらでも作れたのでは?」 

「それが、アルゴー様は風の大精霊様に操を立てておられまして、他の精霊の力は極力借りたくないとのことで」

「了解致しました」


 我が父ながら微笑ましいことこの上ない。イズミがこの地を訪れて以来、ノアールにとっては感じたことのない感情が次々と湧いてくる。


「この場所に、人間種が通れる程度の、小さい〈門〉を作りたいんですよね。アルゴー様からは許可をいただいているんですが、どこかいい場所はありますか?」


 返答を待たずに、彼女は扉に手を掛けた。扉の向こうには想像を超える広さの倉庫が広がっていた。


「えええ。何ですか、これ」

「あ、十階建ての居住区以外を、適当に水平展開してあるんです。階段とか狭いと引っかかっちゃうんで——」


 塔の外見と内側の構造が違いすぎて頭が混乱する。イズミの説明によれば、居住区域だけを分離して、それ以外を全て平屋の倉庫状態にしているという話だった。ノアールは、分離してって簡単にいうけど、そんなことできるのですかと、くらくらしたが、どうもイズミに常識は通じないようだ。


「ここはあまり広くしてないので、大きな素材を管理できないんです。そっちはまた別の場所に置いているんですけど、もしかしたら泥棒さんに荒らされちゃってるかもしれませんね」


 もしそうなら、ダンジョン扱いされているに違いない。


 しかし、ノアールの父親である世界で最も古いブルードラゴンですら知らない魔法だというのだから、まだ未熟なドラゴンには、何をどうやっているのかさっぱりわからない。


「で、何を探せば良いのでしょう」


 猫ドラゴンは女魔法使いの顔の真ん中を見て尋ねた。すると、女魔法使いはにっこりと笑った。


「それは心配しなくても大丈夫ですよ。書き付けはここにありますから」


 彼女は袂から手鏡を取り出した。


 ——鏡?


「ここにですねー、本なら全部突っ込んであるんですよー。だいたい帝国の図書館にあった本なら全部網羅してあります。——あ、見つけました」


 彼女は鏡を指先で撫でながら、何かの記述を確認した。続けて無数に続く棚から手に取ったのは、いくつかの輝石と、古びた数本の小瓶だった。


「あ、そうだ。ごめんなさい。ノアールさん、ちょっと待っていてくださいますか。手紙が届いているかもしれないので」

「生活空間には階段で上がらないといけないんですけど、ちょっと狭いのと散らかっているので、殿方にはお見せできません。悪しからず」

「大丈夫です。待っていますから」


 そう声を掛けると、イズミは隅にある螺旋階段を駆け上がって、すぐに戻ってきた。


「何もなかったみたいです。では出ましょうか——。あ、ほかにノアールさんから見て、必要なものはありそうですか? あまり人の命を奪うものとかは作りたくないんですけど、それでも〈門〉が使われたり壊されたりしないようにすることは大事かなって思うんですよね」


 煮え切らない感じの表情で、女魔法使いは、うにゃうにゃと言っている。その言葉にノアールは答えた。


「大丈夫ですよ。ここであれば、僕一人でしたら隠れてしまえば良い訳ですし。僕が暮らしている小屋は、お父様が作ってくださったものですから、そこそこ丈夫にできていると思うんです。だから——」


 ノアールはイズミに向かって笑顔を見せて言った。


「あの小屋の中に門を作るのが良いのではないでしょうか。僕が門番だと頼りないかもしれませんが——」


 その言葉に、イズミの顔がぱっと明るくなった。


(つづく)


--

【著者より】

イズミさんは生活能力があまりありません。長時間掛ければ整理整頓はできるのですが、だいたいすぐに諦めてしまいます。何とかして魔法と自動人形ゴーレムを使って、自動化してやろうと考える性質です。実際、塔の管理は定期的に自動人形が行っています。「扉の内側に放り込んでおけば、とりあえず何とかしてくれるし、検索用にインデックスも作ってくれるので、とっても便利!」(イズミ) とのことですが、自分が何を溜め込んだのかを忘れているので、放り込んだら二度と出てこない魔境と呼ぶ方が正しいかもしれません。なお、この魔法をイズミ自身は「Amazon's Warehouse(アマゾンの倉庫)」と呼んでいます。

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