第10話 転生初夜
クマエの話で状況が概ね分かったところで、次は、体を動かしてみる事にした。
死に損ないのラゴイルの体で、今何ができるのか。
それを把握しない事には、これからどのように生きていくかを決めることなんてできない。
幸いにも、力持ちで絶世の美女によるサポートも期待できそうだし……
俺はベッドから降りて、試しにラジオ体操をすることにした。
所属していた営業所では、律儀に毎朝、営業先に直行しないメンバーと事務員さん達でラジオ体操を行っていたから、肝心の音楽が流れなくても、どの順番で、体を動かすかは体が覚えている。
最初は、腕を前から伸ばして…背伸びの…
死に損ないで、ろくに運動もせず、挙句の果てには息を引き取った、そんな体を、俺は嘗め腐っていたようだ。
三十路半ばのメタボリック予備軍の体とは比較にならない。
膝、腰…あらゆる関節に仕込まれたギアは、潤滑油を失っていて、動かせば異音を上げて、不安感を掻き立てる。
劣化したゴムのように柔軟性を失った筋肉は、伸ばすごとに、今にも切れそうな緊張感と緊迫感を創造させる尖った痛みが上がる。
ジャンプなんてしようものなら、着地の瞬間に、全身の骨が軋むのが分かった。
これは…マジでろくに体を動かしてなったな…
せっかく転生したのだから体を動かせるようにしたい。
しかし、自分の体の調子を確認しただけなのに、クラクラしてきた。
ここ数日は、飲まず食わずで、栄養不足ってところか。
まずは御飯を食べて、ベッドで寝て、起きてストレッチして、少しずつ慣らしていく事にしよう。
「大丈夫ですか?何か食べる物をお持ちしますね。」
そう言うと、クマエは部屋を出て行った。
しばらくすると、クマエが戻ってきた。
出てきた料理は……豚汁と御飯?
「これは……」
「肉に野菜に穀類、一通り入ってます。食べれそうにないものは残してください。」
ははは、気が利いてますね。
「有難く頂戴します。」
豚汁の塩気が沁みた。
俺のことを記憶喪失のラゴイルだと思って、素直に世話をしてくれているクマエの様子が、心を軋ませる。
俺はラゴイルじゃないけど、今はクマエの協力を得るしかなくて…回復したらこの恩は必ず返そう…
これは必要悪なんだと自分に言い聞かせて、俺は、一日中、休みを入れながら、ストレッチしたり、別荘内を歩き回り、リハビリに勤しんだ。
たったそれだけのことなのに、汗をかき、酷く疲れた。
このまま寝るのは嫌だな。
「わがまま言ってすいませんが、風呂に入りたいんですけど・・・」
「お風呂ですか?残念ですが、今日は難しいです。」
「今日は?」
「このログハウスでは、一週間に一回ほど焚くみたいですが、昨日焚いたばかりのようで……焚かせますか?」
「いや、そういうことなら、大丈夫です。」
「それと、私が毎日丁寧に全身隈なく体を拭いていたので、気にされるほど汚くはないと思いますし、今日も拭いて差し上げましょうか。」
え……全身隈なく?
立派なアレ……見られているの?
なんなら、ちょっといじられてるとか?
急に恥ずかしさが込み上げて来て、顔が異様に熱くなるのが分かった。
「ちょ…そ…、それなら体は良いとして、頭だけ洗わせてください!」
「お言葉ですが、強打している頭は、そっとしておいた方がよろしいかと。」
「あ…、そうですね…」
俺は強打した記憶が無いから気にしていなかったが、言われてみればその通りか。
「それでは、今夜も体をお拭きしますので、準備してきます。」
そう言うと、クマエはまた部屋から出て行ってしまった。
ほどなく、お湯を張った桶にタオルを掛けて持ったクマエが入室してきた。
「えーっと、自分の体は自分で拭くからさ、ちょっと外に出て居て貰っていいかな?」
「え?」
俺の言葉に、自分の耳を疑ったかのような表情で、クマエがこちらを見た。
「お湯とタオルを用意してくれただけで、大助かりだよ。有難う!」
「分かりました……」
小さく返事をしてクマエが退室したのを確認して、用意してもらったお湯とタオルで、独り黙々と、自分の体を拭き始めた。
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