第9話 ラゴイルがここに居る訳 その2
「帰城後、すぐに侯爵お抱えの御医者様の診断を受けました。上等な兜と鎧に守られて、外傷はほとんどありませんでしたが、ラゴイル様は治療のため、自室のベッドの上で安静に過ごす日々が始まりました。」
「外傷も無いのに、落馬して自室から出られなくなってしまったことに、ラゴイル様はかなりお怒りの様子でした。」
「反ラゴイル派に買収された医師だというラゴイル様の主張を聞き入れて、複数の御医者様が、領外から呼ばれて診察が行われましたが、皆同じ診断だったことが、さらに逆上を促す結果になりました。」
「怒りに任せて、ラゴイル様は、ご自身の怪我の事を些事だと豪語し、落馬から一週間もすると、ラゴイル様はベッドに居ることが少なくなりました。」
「という事は、また悪さをするようになったとか?」
「いえ……やはり体調が優れないためか、体を動かすことは控えていたように思えます。」
「そして……今から一週間くらい前から、容体が急変し、呂律が回らなくなったり、手足の震えや、嘔吐を繰り返し始めました。」
「記憶障害とかも?」
「記憶障害ですか…それは気が付きませんでした。いつも自分に都合が良いように物事を語っていましたので…」
あ……ですよねー、ラゴイル様ですもんね~。
「ごめんなさい。続けて下さい……」
「再度、侯爵お抱えの御医者様を呼んで診察してもらいましたが、『助からない』という診断でした。」
なんか…俺のことじゃないけど、俺の今の体のことだから、聞いていて気分がいい話じゃないな…
落ち着け、俺。
今は着目すべきはそこじゃない。
「それで?」
俺は自分の注意を逸らすためにも、女性に続きを促した。
「はい…ラゴイル様が助からないことを嗅ぎ付けた反ラゴイル派が、次から次へと蜂起を始めました…」
「このまま城に留まるのは危険と判断したラゴイル親派の手引きで、三日前の深夜、逃げるように脱出しました。」
「そして…昼も夜も馬車を走らせて…昨晩、領地の外れにある、このログハウスに到着しました。」
「ですが…未明に、ラゴイル様は息を引き取りました…」
「そうですか。息を引き取りましたか…ご愁傷様で…ぇ?息を引き取った?」
「はい…間違いありません…何度も心拍を確認しました。間違いなく、ラゴイル様は、息を引き取りました。」
そうか…入念に確認したんだ。
それなら、やっぱりラゴイルは死んだんだろうなぁ。
で、朝方、俺がラゴイルの体で転生したのか?
なるほど。
わからん!
ただ、どうして転生したかは、いくら考えても分からんし……
知ったところでこれから先どうするか考えるための情報にはならないだろう……
よし!一旦保留としよう!
俺、営業に失敗し続けてきたおかげで、切り替え早くなったよな~。
そんなことはさておきだ。
この女性は、息を引き取ったにもかかわらず今朝まで手を握っていたという事か……
ならば、この女性は、ラゴイル派ってだけじゃなくて、ラゴイルの事が本当に好きで慕っていたのかな?
「ごめんなさい、どうしてもあなたの名前が思い出せません。名前を教えて下さい。」
「クマエです。」
返事、早っ!
ってか、クマエ?
なんか……安直なネーミングのように感じるのは、俺だけだろうか。
とにかく、色々と世話になったことはよくわかった。
「ありがとう、クマエさん。」
「あのぉ、クマエで、結構です。」
「あ…はい…」
ん-、急場しのぎで記憶喪失という事にしていたが、続けるのが心苦しくなってきたぞ。
でも…正直にラゴイルとは違うと言うにしても、どう伝えたら分かって貰えるか見当もつかないし……
よし!
もう少しの間、心を鬼にして記憶喪失でいこう。
ただ、これほど慕ってくれているのだから、どこかのタイミングできちんと伝えるべきだな。
その上で、クマエには、良心に従って自分の今後を決めてもらおう。
まぁ…出来ることなら、今後も美人さんとは一緒が良いな~…
前世は後半、女運が全く無かったから。
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