第5話 身体チェック
目の前の女性は、ハンカチを取り出して涙を拭い、すっと頭を上げた。
その顔は、さっきまでの顔とは打って変わり、眉間に皺が寄り、唇は半開きだ。
しかし、ゆっくりと頷き、部屋から出て行った。
戻ってきた女性は、彫刻の施された金属のフレームで装飾された大仰な姿見を、独りで持ってきた。
華奢な容姿の割に力ありますな~。
ゴトッ
室内に置かれた姿見は、全身を確認できるほどの大きさだった。
全身隈なくチェックしたいんだよな~。
俺、35のおっさんだけど、流石に初対面の女性の前で全裸になるのは、恥ずかしい……
「有難うございます。少しの間、部屋の外で待っていて下さい。」
女性は、一瞬目を見開いたように見えたが、何の質問も無く、素直に従って、退出していった。
「さてと・・・」
独りきりになって、改めて思い返してみる。
ラゴイルと呼ばれたこと…手足が自分のものではないこと…
合わせて考えれば、俺はもう姿かたちがすっかり変わってしまっている筈だ。
あの握りしめられた右手の感触…抱きしめられた時の大きくて柔らかい感触…
多分これはリアルだ。
受け容れるしかない……
意を決して鏡の前に立ってみた。
「嘘でしょっ!あんな超絶美人に抱き着かれて?これは無いわっ!」
思わず声を漏らしてしまった。
イケメンになっていて欲しかった。
しかし、そんなことは無かった。
なんなら、ブサイクになってる様な気がする。
ですよね~、だって、「ラゴイル」ですもん。
イケメンじゃないなら、35年慣れ親しんだ自分の顔が良かったな~。
どうも諦めがつかない俺は、なんとか自分の新しい顔のチャームポイントを探そうと、鏡に映った自分の顔をよく見た。
しかし、結局のところ、チャームポイントと言えるものは見当たらなかった……
俺は…鏡に映し出された二十歳過ぎくらいの痩せこけたブサメンとしてやっていくしかないのか…
まぁ、若返ることはできたっぽいから、良しとしよう。
次は体のチェックだ。
恐る恐る作務衣の上を脱いで、びっくりした。
ここ数年は、健康診断の度におなか周りに脂肪が付き始めていた。
最近では、同期や後輩社員からは「メタボリックシンドローム予備軍」と笑われていた。
その脂肪が無い!
もうメタボリックは気にしなくて良い!
まぁ、顔つきからしてメタボリックではないだろうと予想は出来たし。
俺だって20代はポッコリお腹じゃなかったし。
って事は、やはり若返れたのかな。
若返りに喜んでいられるのも一瞬のことだった。
腕、肩、胸周り、背中に目を向けると、脂肪も無ければ、筋肉らしきものも無い。
高校、大学と、大金をプロテインにつぎ込んで、必死になってやった部活動で手に入れた筋肉は何処に行ってしまったんだ……
ポッコリお腹を受け入れることができたのは、他の部分が筋肉質だったからなのに。
何だ…このいかにも虚弱な体つきは…
いや!確認作業は大詰めを迎えている!落胆していても仕方ない。
自分を奮い立たせて、作務衣の下を脱いだ。
最初に目が行くのは、当然、股間だ!
なに…これ…
開いた口が塞がらないまま、時が止まったように感じた。
見てるこっちが恥ずかしくなるほど、立派なものが付いている。
こんなんぶら下げてたら、走るのはおろか、歩くことさえままならないんじゃないか?
別に今までだって日本人の平均くらいのサイズだったと記憶しているが、これはもう別物だ。
「ここだけ…『ラゴイル』の響きにマッチしているわ…」
そして、不思議な感覚に襲われた。
何だろうな……
ここが違うと、完全に別人なんだと、生まれ変わったのだと、素直に割り切れた。
ついでに、足や腰も確認したが、上半身同様、脂肪も筋肉も無く、痩せこけていた。
「様」を付けられて呼ばれて、綺麗な女性に泣きつかれて…「きっと、これはスリムマッチョなイケメンなったんだ」と期待したのに…
シンプルに、ガッカリだ。
いや、立派なものを授かったから、それはちょっと興奮するけど……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます