第4話 素敵な目覚め?
俺は、確か…破裂音と共に血液を肛門から噴射して…
床を這いずり回って…ベッドに戻り、スマホを握りしめて…
しかし、今横たわるベッドの柔らかさは、アパートの床にマットレスだけ敷いて作ったベッドとは全く違う。
ふわふわのベッドの感触に浸っていると、小さな寝息に気が付いた。
目を向けると、俺の寝るベッドに靠れ掛かって、俺の右手を握りしめて居眠りをする女性がいる。
「えーーっ!」
俺は思わず、感嘆の声を漏らしたが、女性は起きなかった。
疲れ果てて熟睡している様子だ。
そんなことより、皺一つない端正な顔立ちの寝顔に、俺は吸い寄せられそうになった。
いかん、いかん。
女性の服装に目を向けると…ナースと言うより…
OLさん!?
ついに、俺は!
あこがれのOLと!!
いや…ちょっと待て…一体どういうことですか?
幾ら思考を巡らせても、皆目見当がつかない。
ん-。
むしろ、出来過ぎだな…俺の希望が、眼前に広がっているなんて…
毎日、パワハラを受けながらのラットレースに必死の思いで参加させられていた俺が?
有り得ない……
きっと、これは特別な夢なんだ。
苦悶の末に、尻から血液を大噴射したときにだけ見ることができる夢だ。
でも…夢でもいい…今は、この右手から伝わる心地よい感触を満喫したい!
いつ振りだろう…女性と手をつなぐのは…
それにしても、柔らかくて…暖かくて…感触がリアルだ。
まさか……リアルか?
リアルと儚い夢では、全然違う!
この感触はリアルであって欲しい!
確かめねば……
しかし、せっかく憧れのOLに手を握りしめて貰っているのだから……
じゃない!
寝ているところを、起こしてもいけないし……
俺は、起こさないように注意しながら、上体を起こしてみた。
周囲を見渡すと、年輪が刻まれた木目が美しい壁に囲まれていた。
俺のあの物寂しいアパートの自室とは全く別物だ。
意識を集中させると、檜の良い香り鼻の奥をほのかに刺激し気持ちが落ち着いてきた。
「ここは、ログハウスの一室?でも…なんで…」
改めて、女性に目を向けると、看病のために付き添ってくれていたようにも見える。
これ以上は、考えても分からないな。
申し訳ないけど、この女性に訊いた方が早そうだ。
それに、あの忌々しい便意と苛烈な腹痛に襲われては治まり、痛めたであろう肛門からも何の痛みも上ってこない。
もう看病の必要も無いと伝えなければ……
「おはようございます。」
俺が声を掛けると、女性は目を覚まし、こちらを見るなり、ビクッと急に飛び退いて距離をとった。
そんなに驚かなくてもいいじゃん…俺の回復を望んで看病してくれて、その御陰で回復したんだから…
女性は、驚きで大きく見開いていた目でこちらを凝視している。
その瞳は、深く澄み渡った黒色で、俺はその誘い込むような魅力に目が離せなくなってしまった。
すると、女性は口に手を当て泣き出してしまった。
困ったな。
どんな言葉を掛けたらいいんだろう。
「俺、もう元気です!」って言ったらいいのかな。
泣き止んでもらいたいし…「ものっそ、調子ええで~!」とか…
ガバッ!!
言葉選びの最中に、不意に俺は抱き締められた。
むにゅぅ~
抱きしめられると同時に、柔らかく大きな圧力が俺を襲った。
おっ…ぱ…I?…J?…
興奮のあまり我を失いそうになったところで、スっと女性が離れてしまった。
あれ…もう終わり?もうちょっとだけ、お願いします…
「ラゴイル様ぁ。ラゴイル様ぁ。本当に良かったぁ。」
女性の顔は、感謝と安堵感が広がり、俯いてしまった。
ポタポタと落ちた涙が床を濡らしていた。
いや~、ホント、元気になって良かった良かった……?
あれ?今、何て言った?
俺のことを、ラ……ラゴイルとかって言わんかった?
俺は、聞き覚えの無い名前のおかげで、冷静になれた。
今までの人生で、ラゴイルなんて呼ばれた事が無いし、聞いた事が無い名前に、全く親近感がわかない。
怖くなった俺は、掛けられていた布団を退かして、五分丈の作務衣の袖や裾から出ている自分の手や足を確かめてみた。
ただそこには、見た事も無い女性の様な細い手足があった。
幼少期に肘を骨折したときの手術跡も、コンプレックスだった脛の火傷痕も無い。
「あのー、ちょっと、ごめんなさい。鏡とかありますかね、自分の容姿を確認したいので。」
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