第二十二話 眠れる愛しき人3

 まずは父上のところに向かう。大津藩主の処分と後任、さらに、濡れ衣で殺された者の調査については、政治の分野だ。


 帝の周りには、武官長、文官長をはじめ、国の重要人物が勢揃いしていた。


 起こったことを報告し、対応をお願いした。


「武官長に用があるのだが」


 俺の一言に、父上は満足そうにし、武官長は嫌そうに顔をそらす。早く身を固めろとうるさかった父上は、「やっとか」とにこやかに頷いているが、思い通りの結末ではない。もちろん、文句を言わせるつもりはない。父上だって、周りの反対を押しきって、五家でも三家でもない祓除ふつじょ師を、嫁に迎え入れたではないか。


 俺に念でも送っているのだろうか。武官長は、両手を合わせて、俺を拝み始めた。彼にとっては、朗報だというのに。


「速いところ、息子の婚儀を進めてくれないか?」


「は?」

 思った以上の反応。目だけでなく、口まで丸くしている。

 父上の鼻を明かしたようで、笑いが込み上げてきた。


「よ、よろしいのですか?」

 武官長は、拍子抜けした顔で俺を見返した。


 光代家の次女と婚姻の約束をしたものの、帝の圧力でその話は止まっていたのだ。他の男にとられては敵わないと、奉公だけはやめさせたが、いつ俺の気がかわって、皇子の妃にすると言い出すかと、肝を冷やしていたのだろう。


「おまえ、妃はどうするのだ?」

 父上が慌てている。それだけ、光代の評判がよかったのだ。だからこそ武官長も、俺より五つも若い息子の嫁に決めてしまった。慌てた父上に、皇子の妃を決めるのが先だと圧力をかけられて、婚儀を進められなくなっていたというのが俺の予想だ。


「光代香楓を妃にする」


「かえで?」


 わからなくて当たり前だ。

「光代家の三女。俺よりも腕のたつ祓除ふつじょ師だ。それから、香楓を馬鹿にした武官がいる。少し灸を据えといてくれ」


 目を丸くしたままの父上に挨拶をすると、ゆっくりと部屋を出た。


「三女がいたとは……」


 残念そうな声が聞こえる。他にも、光代の娘を嫁にと考えてた者は多かったのかもしれない。俺の調べでは四女もいるが、態々教えてやる必要はないだろう。


 その後も、明るいうちは、後始末に忙殺された。


 御木家の陰の気は、神宿かみやどりし岩にほこが刺さっていたために起こったことだった。矛を取り除き、鬼神が顕現する前に鎮めることができた。


 御木家は、木之神様を祀っている家で、家の敷地を囲む柵には竹などが使われていた。古くなっているところもあり、忍び込まれたのだろう考えている。

 その矛は古いもので、千金家に保管されていたものだった。千金家当主の仕業だと考えられている。


 千金家には息子がいたが、当主が起こした謀反は大きい。五家の称号を剥奪し、一介の祓除ふつじょ師におとした。代わりに五家になる者が必要だが、弟子の数が少なすぎて、よい候補が決められず、難航した。

 結局、召集にきていた弟子に金高という名を与え、五家とした。金之神様の神宿かみやどりし岩を祀るのは、金高の役目となる。


 千金には、都の南に越すように命じたが、荷を出してみると、沢山の人形ひとがたがでて、その払いのために三家を召集することになった。


 聡司が、貫禄さえ感じさせる祓いを見せる。その横には、きれいに切り揃えた髪を、風に靡かせている祓除ふつじょ師がいた。


 俺の予想は正しかったと、ほほえましい気持ちで見ていた。



 俺の寝所で眠る、香楓の穏やかな寝顔を眺める。香楓が倒れてから、寝ている姿しか見ていない。昼のうちに一度は起きて、食事と湯浴みをすませ、少し散歩をしたら意識を失うように眠ってしまうらしい。日に日に起きていられる時間は増え、散歩する距離が長くなっているので、回復はしている。

 気になるのは、気力のないことだ。すすんで粥を食べるというよりも、食べさせられているか、回りの目を気にして口に運んでいるようだと。

 世話を頼んだ従者たちは、初めは美しい姫だと喜んでいたが、今では心配の方が勝ってしまっている。


 このまま回復してくれれば、数日で、俺が帰ってくるまで起きていられるようになるだろう。そのとき、何と声をかけてやればいいのだろうか。


 規則的な寝息をたてる、香楓の頬を優しく撫でた。


「ったく。どっちの姫? じゃあ、ないんだよ」


 水の姫にも火の姫にも、魅力を感じないというのに。俺が妃にしたいのは香楓しかいないというのに。その香楓本人が、「姫はどっち?」と聞くから、驚愕してしまった。

 「香楓だ」と喉元まで出たが、反対意見を捻り潰せるようになってからだと、腹の奥に押し止めた。


 そのまま、柔らかい頬を優しくつつく。


「鬼神に触られてしまったな」


 人を好いて下さる鬼神様だったので、触れられた香楓も大事に至らなかったのだろう。天の明神様も守ってくださったに違いない。それでも、心配だったことにかわりはない。


 清めてやったときのことを思い出す。艶っぽい声を出すから、参ってしまった。身体が熱くなるのを感じたが、まだ「嫁にこい」と言うのは早い。なんとか平常心を保った。どうしても離れがたくて、少しくらい自分を意識させたくて、抱き寄せたのだが、まさか男色だと思われているとは。


 香楓の顔を見ながら、笑いが込み上げてきた。


「早く、笑顔を見せてくれ」


 目蓋が細かく動く。じっと見ていると、小さく身動きして、また規則正しい寝息に戻る。


 香楓の方に布団を寄せて、その存在を感じながら眠りについた。

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