第十六話 召集と募る想い

 空を割るような雷鳴が轟き、維希いぶきが香楓に抱きついてきた。

「香楓お姉さま。怖いです」

「大丈夫よ。この前にもあったでしょ。維希は光代家の当主になるのだから、これくらいのこと、自分で対処できるようになるわ」


 維希は香楓にしがみつき、首を振っている。


「大丈夫。毎日、天の明神様に御奉仕しているでしょう。見ていてくださるわ」


 維希の腕の力が緩んだ。香楓はしゃがんで維希と視線を合わせる。

「きっと、また、召集があるわ。行かなくちゃ」

「父上様の足も随分良いようですし、香楓お姉さまが行かなくても……」

 香楓は、ゆっくりと首を振る。


 確かに、杖をつきながらゆっくり歩けるくらいまでは回復しているが、それでは足手まといになってしまうだろう。


 何よりも、香楓が陽輝様の近くにいたかった。


 万が一のときには、命を懸けてお守りしたい。


「香楓様!! 使者のかたが見えています」


 悠月ゆづきが呼びに来る前に、姉様に着替えを手伝ってもらい、淡黄色の狩衣に着替えておいた。いつも通り、髪は高い位置でまとめて、烏帽子に押し込む。


「すぐに行きます」

 維希を姉様にお願いし、屋敷のなかを急ぐ。


「香楓が参りました」

 使者が父と話している部屋に入れば、揉めているような気配がする。


「おぉ!! 香楓様!! 皇子様には香楓様を連れてきてほしいと言われておりまして」

「だから、今日は足の調子も悪くない。当主が向かうといっておるに」

「それでは、駄目なのです。香楓様と言われていますから」


 使者は、陽輝様の命が書かれた紙を広げた。

 『光代かえでを召集する』と、きれいな字で書かれている。


「父上様。この香楓、立派に勤めて参ります」


 香楓が馬に乗って門を潜るまで、父は一言も発することはなく、ただ悲しそうな顔をしていた。



「何があったのですか?」

 馬を走らせながら聞けば、御木家の神宿かみやどりし岩で陰の気が吹き出しているそう。


「この前と状況は一緒ですか?」

「まだ、はっきりとしたことは。ただ、火宮家のことを踏まえて対処するように伝えました。火宮家と清水家が向かっています」


 火宮家のように刀が刺さっているのであれば、陰の気のうちに抜いてしまえば、大事にはならないはず。火之神様が、弟子である晃太にだけ力を貸すと言ったことは、他の家にも伝わった。御奉仕なども見直されたと聞く。御木家が、もともとどのように木之神様に御奉仕していたのかわからないが、同じ轍を踏むことはないだろう。


「それよりも、大内裏に不穏な空気が漂っております。香楓様には、陽輝様についていていただきたく、お迎えにあがった所存です」


 火宮家の騒ぎのときにも大内裏に鬼が出た。人形ひとがたを塀の外から投げ入れるだけならば、誰にだってできる。


 陽輝様をお守りしなければ。


 焦る気持ちで大内裏に駆け込んだ。

 門衛に馬を預けていると、ちょうど千金家の当主と弟子が到着したところだった。すでに土守家と風見家も大内裏を見回っているらしい。


「香楓様は、こちらです」


 使者は迷わず内裏に向かう。建物を通りすぎ、広い庭の一角。そこには神宿かみやどりし岩が鎮座していた。

 帝が祀っている天の明神様の依代だ。


 後ろから、玉砂利を踏みしめる音に続き、息を飲む気配がする。振り返れば聡司が立っていた。


「皇子様はあちらです」


 厳かな空気に、自然と背筋が延びる。ゆっくり近づくと、足音に気がついたのだろう。手を合わせていた陽輝様が振り返った。

「よく来てくれた」

「私たちもお詣りしても、よろしいですか」


 三家にとって、直接御奉仕することの叶わない天の明神様。いつもは内裏の方角に手を合わせているのだが、いざ御目にかかれると、その存在感の強さに足が竦んだ。


「あぁ、私も皆を守ってくれるように願っている」


 陽輝様の横に立つと、静かに手を合わせた。心の中で天の明神様にご挨拶をし、いつも御力を貸していただいているお礼をする。陽輝様を守るための御力を貸してくださいと伝えれば、胸の辺りがふわりと温かくなったように感じた。



 目を開ければ、陽輝様が香楓を見つめていた。聡司もお参りが終わったのを確認し、大内裏に戻る。


「陽輝様、大内裏のあちらこちらで、陰の気が確認できます」

 状況を確認していた従者が、陰の気の場所を教えるために駆け寄ってきた。

「他の家も来ているはずだ。手分けしよう」


 手始めに、大門付近にでた陰の気に向かう。


「鎮まり給へ 鎮まり給へ」


 淡い光に包まれて、黒い靄は消えていった。

 地面には、術句の書かれた紙片が落ちていた。その紙片も、散々になり、天に上っていく。


「陽輝様!! 玻璃院と内裏の間に鬼が出ました!!」

「すぐに向かう!!」


 陽輝様に連れられて走って向かえば、鬼は近くに植えられた椿の木に掴みかかって、枝を折らんばかりに揺らしていた。


「ギギャァアア!! 俺の方が、えら~い!! つ、つよ~い!!」


 立派な着物を着ているが、目がつり上がるほど顔を歪めている。

「なぜ、俺の方が偉いのに、兄貴がぁ~!! なぜ、俺が一番じゃないんだ!!」


 後継者争いに破れた不満だろうか。話し方が幼く感じられてならない。


「兄貴の馬鹿やろう!!」


 胸の前で印を結ぶ。

荒振あらぶる神の御魂よ

 天まで焼きつくすような怒りを 鎮め給へ

 海より深く悲しみに沈む御心を 癒し給へ

 ここに、御魂の声、聞く者あり

 鎮まり給へ 癒し給へ」


「ギギャァ!! お前なんかに、俺の気持ちがわかってたまるかぁ! 俺様が一番だ~!!」


 聞く耳をもたずといった状況。


「香楓。食うのに困っていたり、生活に困っているわけではなさそうだ。祓ってしまおう」


 陽輝様がそう言うと、聡司が「ここは私が」と前に進み出る。


荒振あらぶる神の御魂よ

 我、天の明神様の代理なり

 天まで焼きつくすような怒りを 鎮め給へ

 さもなくば、天の怒りに触れるであろう

 天の明神様の御力をお借りして、御霊を祓う

 鎮め給へ 鎮め給へ」


 聡司から温かい光が放たれるとともに、空から明るい光が降り注ぎ、鬼の輪郭はぼやけていく。


「俺、がっ、いちっば・・・」


 鬼がいなくなったところには、人形ひとがたの木片が残り、散々になって天に上っていった。


「どこの鬼かわかりませんでしたね」

「あぁ。どこの物かもわからないが、いつの物かもわからない。それよりも、ここに現れたことの方が問題だとは思わないか?」

「ここですか?」

「あぁ、今まで出た鬼は、どれも大内裏の端だった」


 大津藩の鬼は大門の近く、花街の鬼は塀の近くの桜の木の下。先ほどの陰の気も大門の近く。

 塀の外から人形ひとがたを投げ込もうと思えばできる位置だった。

 しかし、ここは違う。玻璃院と内裏の間で、大内裏のほぼ中心。外から投げ込むなど不可能な場所。


「大内裏にいる者が怪しいということですか?」

 五家のうち大内裏にいるのは、土守家と千金家。そのどちらかということ。

「あぁ、逆に、御木家の方は落ち着くだろう」

 陽輝様の言葉のとおり、雷や地鳴りが収まったようだ。


「陽輝様!! あちらで大きな鬼が!!」


 呼びに来た従者に連れられて向かったのは、大内裏の奥で神事を行う瑠璃殿の近く。

 刀を持った大きな鬼が、暴れまわっている。近くに植えられている木を切付け、建物を蹴りつける。その鬼の前で、印を結ぶ一人の人物。

 土守家だ。術句を紡いでいるようだが、鬼が険しい表情で振り返る。


「ギャァァアア!!」


 刀を振りかざし、土守に向かってくる。


「危ない!!」


 土守の頭上に刀が振り下ろされた。土守は間一髪、胸元に忍ばせていた短刀で受けるが、大きな鬼が振り下ろす刀に短刀では心許ない。力で押し負けそうだ。


「私は、悪くない!!」


 鬼が叫んだ瞬間、土守は後ろに引き刀を避ける。


「ギャァア!!」


 鬼が振り回し始めた刀を避けきれなかった土守は、肩をざっくりと切られてしまった。


 香楓と聡司で駆け寄って、土守を鬼から引き離す。鬼は、その場で地団駄を踏み、闇雲に刀を振り回し続けている。こちらを見ているのに、向かってこない。


人形ひとがたから、離れられないのか」


 土守が肩を押さえて、うめくような声を上げる。

「うぅ、皇子様。あの鬼が出る直前、刀から黒い靄が出ていました」

「刀!? 木片や紙片ではないのか?」


 今までの鬼とはなにかが違う。

 土守を守るように並んで立ち、鬼の足元を睨み付けた。

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