第十一話 火之神とその後
火之神様は、晃太と二人の時間をお過ごしになられると、依代である
御二人の邪魔をしないように、誰もが黙って静かにしていたが、火之神様の御姿が見えなくなってしまえば、納得できないのは火宮家当主だ。
いままでお借りしていた御力を、使えなくなってしまったのだから。さらには、火宮家として莫大な権力を我が物としていたのは、火之神様の御力があったから。それがないとなれば、五家としての存続すら怪しい。
「何故、晃太が!?」
当主の問いかけには、多分の棘が含まれていた。
「私は、心から火之神様をお祀りしていただけでございます」
晃太の方は、真面目な男らしく、当主の前で膝をつき頭を垂れる。
陽輝様が手を叩いた。
「火宮の失態は、火宮の弟子が取り返したのだ。まぁ良かろう。これからの身の振り方は、ゆっくり考えるといい」
晃太との絆を作り、火之神様に認めてもらうのか。それとも、自分は退き、火宮を晃太に譲るのか。
火之神様はそこまで言及されなかったので、自分達で考えろということだろう。
「ぅぐっ」
火宮家当主は、まだなにか言いたげだったが、この場でこれ以上の失態を見せるのは、得策ではないと判断したのだろう。周りを見回して口を噤む。
陽輝様が話し始める気配に、この場にいる全ての者が自然に膝をつき頭を垂れた。
「誰か、この刀に見覚えはあるか?」
「いえ、ございません」
即答したのは火宮家当主。それ以外の者達も、刀をじっくりと見てから、「見覚えはない」と断言した。
「香楓。刀を引き抜いたときの状況は?」
「はい。刀は、
集まった者達に、ざわめきが起こる。
「刀が岩に刺さるか?」
「光代が嘘を言っているのではあるまいな?」
「陰の気があれだけ出ていたのだ。誰もはっきり見えていない。光代が自分の手柄にするために、大袈裟に言っているのではないか?」
「突き刺さっていたのが本当だとしても、そんなに簡単に抜けるものか。大男でもあるまいに」
「岩についた傷がなおるわけがない。虚言を吐くな」
口々に香楓を攻め立てる。しかし、香楓は落ち着いていた。
陽輝様なら、香楓の言葉を信じてくださる。そんな気がしていた。
「香楓は、感じたままを話しているのだろ?」
「はい。
「そんなことで、岩の傷が塞がるわけがないだろ!!」
「そんなことを言って、皇子様に気に入られたいだけだ!」
陽輝様が、煩そうに発言者を一瞥した。
「香楓の術は、俺も知るところだ。
聡司が、恭しく頭を下げる。
「普通であれば、岩に刀が刺さるなどありえません。しかし、香楓が力を込めて引き抜けたということは、力を込めて突き刺したということではないでしょうか? もし、そうであれば、
「火宮の誰かだろ?」
「自分の守り神を傷つけるわけがない!」
「では、誰かに忍び込まれたのでは?」
言外に、火宮の警備が悪いと言っているのだ。火宮家が怒らないはずはない。
「忍び込むような、隙はない!!」
陽輝様の前で言い争いを始めてしまった。
「騒ぐな!! 御奉仕は誰がやっている?」
「そ、それは…………」
沈黙のあと。
「晃太に任せておりました」
火之神様が晃太を気に入っていた理由はそれだろう。毎日、自分のために尽くしてくれる晃太に、恋慕の情を抱いた。
晃太と話している様子を見れば、随分前から親しくしていたことがわかる。
香楓は家に守り神を持たないので、神様とお話しできることに驚いてしまったが、陽輝様は特に驚いた様子はなかった。珍しいとはいえ、過去にそういった事例もあったのだろう。
「晃太はどう思う?」
「陽輝様!! 晃太はまだ、弟子でして、陽輝様にお声をかけていただくような身分ではございません」
火宮家当主が口を挟むと、陽輝様は顔をしかめる。苛々しているのが伝わってきた。
「俺の質問に答えられないのか? 晃太、答えろ」
「はい。昨日の朝までは、御変わりのない御様子でした。朝の御奉仕のあと、私は御使いがございましたので、家を留守にしています。戻ってきたときには、御神体が靄に包まれていたようですが、私の御奉仕が不味かったのだと言われて、地下の部屋に入れられてしまいましたので、実際の御様子は見ておりません」
晃太がいないときを狙った。もしくは、晃太が家を空けるように仕向けた。
さらに、晃太が戻ってきたときに、
光代家は、
香楓も
神様の御力を貸していただくのだから、御奉仕するのが当たり前と思っていたのだが、火宮家ではそうではなかったようだ。
御奉仕は弟子に押し付けて、御力だけお借りしようとしていた。それを、神様に見られていたということだ。
「いまの状態では、わからないことが多すぎる。とにかく、火之神様は鎮まって下さった。この刀は、預かっていく。また何かあったら、玻璃院に来てくれ。この後、少しだけ敷地のなかを見てから帰る。香楓、聡司、行くぞ」
陽輝様の動向を伺っている者達を横目に、
「もし、犯人が火宮なら、門衛とは関係なく刀を持ち込める。しかし、火宮でなければ、門から入ってくることはできない。どこか、忍び込める場所があったはずだ」
聡司が、陽輝様の横に並ぶ。声を潜めて話しかけた。
「火宮の可能性はないのでしょうか? 火之神様を軽んじていたように感じます」
「あぁ、だが、逆だ。神様の存在を信じていなかったならば、鬼神を顕現させることなど思い付くだろうか?」
神様が本当に宿っていることを知っていたのは、晃太だけかもしれない。その晃太は、火之神様に特別な感情を抱いているようだったから、危害を加えるようなことはしないだろう。
「火宮でなければ、どこから忍び込むのでしょうか? これだけ塀に囲まれていたら、忍び込めません」
聡司は首をかしげながら、周りを見回している。
「もし、香楓が忍び込もうと思ったら、どうする?」
「私ですか? とてもよじ登れそうにありませんから、梯子をかけて、乗り越えるしかないと思います」
小柄な香楓が、手を伸ばしたくらいの高さがある。
「聡司、跡がないか探しておいてくれ。火宮にも気付かれたくない。後で教えろ」
「梯子の跡かはわかりませんが、不自然な跡がありました」
「では、裏を確認しに行こう」
火宮家の広い敷地を回り込み、塀の外側を確認すると、何ヵ所にも擦れたような跡がついていた。
これだけ跡がつくとなると、梯子をかけたのは一度や二度ではなさそうだ。人がいなくなる時間を、探っていたのかもしれない。
「外から忍び込んだ可能性が高いな」
大内裏まで馬を走らせる。その間、陽輝様は口を一文字に結んだまま。誰かが、中央を混乱に陥れようとしている。その事に胸を痛めているのかもしれない。
聡司も思い詰めた表情をしていた。
香楓も、陽輝様をお支えするためにはどうしたらいいかを考えていた。
大内裏につき、馬を門衛に預けると、聡司が急に陽輝様の前に跪く。
「この度の陽輝様の活躍、お近くで拝見できて大変光栄でございました。それに比べて私は、なんのお役にもたてず、申し訳ございません。打ち捨てられても、なんの不満もございません」
「何を急に!! お前の働きに不満はないが?」
陽輝様が、困惑を口にする。香楓も同感だった。どうしたらいいのかわからずに、跪く聡司と陽輝様を交互に見ていた。
「陽輝様の盾になることができませんでした。恐怖で足が竦んでしまいました。差し出がましいことを申し上げた私は、刀の錆となるのが相応しいかと」
「あの状態では仕方がないだろ。相手はあの火之神様だ。俺でも足が竦んだ」
「香楓が鬼に触れられたときも、その場から動くことができませんでした」
「それは、俺も同じだろ?」
香楓も同じだ。あのときは、恐怖で頭が真っ白になっていたのだから。
「陽輝様は、香楓に呼び掛けていらっしゃいました」
しばらく困った顔をしていた陽輝様は、「ふはは」と笑った。
「聡司、立て」
そういうと、聡司の肩に腕を回して香楓から離れていった。
そんなことをされると、何を話しているのか気になってしまう。香楓は気付かれない程度近づいて、聞き耳を立てる。
「では、こうしよう。香楓への想いは、俺の方が強いということで、俺に香楓を譲るというのはどうだ?」
「うがっ、それは!!・・・そ、そうですね。同じ女性を好きになったのなら、お譲りするつもりでした。しかし、香楓は・・」
男だから、皇子様の恋愛対象としては問題がある。そう言いたいのだろう。
「そこは、問題ない。香楓は俺のものだ。いいな」
聞かなければよかったかもしれない……。
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