第二話 隠し事と召集2
使者は
『これで元服を済ませているのか』とでも言いたかったのだろう。
香楓は十八だ。歳だけ見れば、元服を済ませている年齢である。服装だって、
香楓は、女性としても、背が高いわけではない。女性らしい体つきは、
これが、四女の
それでも、香楓のかわりに悠月を行かせるという気持ちはなかった。
何かあったときには、香楓が一人ですべてを背負う。
悠月も
そう決意を固めていると、騒がしい声が聞こえてくる。
「失礼のないようにしろよ!! 背筋を伸ばして、ビシッとしていろ!! いいか! わかったか!」
などと、怒鳴り散らしている。
どちらも白色の狩衣装束を着ているので、
怒鳴っている方は、香楓でも見覚えがあった。千金家当主で、見るたびに難しい顔をしている人物だ。
もう一人の方は、見覚えがなかった。びくびくと、しきりに頭を下げて、恐縮しているようだった。
一緒にいる使者が香楓の視線に気がついて、馬を寄せてきた。
「千金家の門弟の一人です。火宮家の封印が崩れたことで、他の四家の封印も不安定になってしまったらしく、どこの家も当主はそちらで手一杯といった様子です。まぁ、千金家は、その限りではないようですが」
この場にいるから召集にも応じられる、というわけではないようだ。
弟子が心配で送ってきたのだろうか。そうであれば、思いやりのある人物なのかもしれない。それにしては、口煩すぎではないだろうか。
千金家の当主は、香楓達が横を通りすぎたのに気がついて、「お前!! 早く行け!!」と騒ぎ始める。
自分が小言を垂れていたから遅くなったのではと、香楓は心の中で首をかしげてしまった。
そんな周りの様子など意に介さない様子で、使者は門衛に挨拶をするだけで大内裏にはいった。
父について大内裏に訪れたことはあるが、そのときには入り口で身分を確かめられた。正装をした父がいたにもかかわらずだ。だから、かならず身分を確かめられるものだと思っていたのだが、使者がいると止められることなく通過できるらしい。
だからこそ、使者は香楓の着替えを待ってくれたのだろう。
それだけ、事態は一刻を争うということ。
大内裏に入ると、唸るような地鳴りは小さくなった。都を守る五芒星の結界の中心は、大内裏である。その一角の火宮家の封印が解かれてしまっても、残りの四家で押さえているのだろう。それがなければ、陰謀渦巻く大内裏が鬼だらけになっていてもおかしくはない。
玻璃院と呼ばれる大きな建物が見えてきた。使者の案内のもと、馬を預け、履き物を脱ぎ、廊下を進む。太い柱は荘厳で、磨かれた床は木目まで美しい。
赤・青・黄・白・紫の
香楓は着替えに手間取ってしまったので、すでにほとんどの参加者は揃っているようだった。
「
前から二列目の、真ん中。畏れ多い場所に案内されてしまった。
座ろうとしていると、後ろにいた武骨な男に鼻で笑われた。一目見ただけで武官だとわかるほど、身体の大きな男だ。
「これは、とんだひよっこだな」
小さく頭を下げてやり過ごそうとしていると、武官の気に触ってしまったようだ。
意地悪い笑みを浮かべて、大声をだす。
「見ろよ! こんな弱そうなやつが混ざってるぜ」
主に武官から笑いが起きた。
女だと知られてはまずい。目立ってはいけない。
ただでさえ小さい身体をさらに小さくして、この場をやり過ごそうとした。
「
隣から、擁護の声が上がった。
小さく頭を下げて顔を窺えば、真面目そうな青年が微笑んでいた。薄紅色の狩衣から、
雷門家は光代家と同じ、
次の当主と目される青年の言葉で、武官は押し黙った。
この国は、
武官といえども、五家に連なる三家のうちの一つ、雷門家を敵にしたくはなかったのだろう。
鼻を鳴らす音が聞こえたが、それ以上は突っかかってこなかった。
香楓はほっと息を吐きだして、周りを見渡した。
最前列には、五家のうち火宮家を除いた面々が並んでいる。さきほど使者が言っていたことは、確かなのだろう。当主の顔はなかった。右には雷門家の青年が座っているが、左は
香楓は場違い感を覚えていた。
香楓の歳は、十八。それでも、集められた面々の中では一番若いだろう。それに加えて、男にしては小柄すぎるのと可愛らしい顔つきで、さらに若く見えるのだ。
武官に馬鹿にされるのも当たり前だなと、得心がゆく。腹も立たなかった。どちらかというと、あまり詮索されたくない。
気配を殺して息を潜めていたいが、こんな目立つ場所にいては、それも難しいだろう。だったら、堂々としていた方がいい。丸まりそうな背中を意識的に伸ばし、姿勢を正した。
「今朝の祓いは、見事だったな」
雷門家の青年が、朗らかな笑顔で話しかけてきた。
短く切った髪を後ろに流すように整えているが、烏帽子からはみ出した前髪が茶色く、柔らかそうな印象に見せていた。
声が高いことを周りに知られたくない香楓は、敢えて小さくお辞儀をするだけで済ませる。それを彼はどう受け取ったのか。「ん~」と悩むと、身体の向きまで変えて、香楓のことを真っ直ぐに見つめてきた。
「背が小さいことを気にしているのか?
香楓は意味がわからず、雷門家の青年を見つめ返す。
まさか、女だと気がついているのではと、彼の表情をまじまじと観察する。
「そう、見つめないでくれ。あっ、あっ、あれだな。君の力は本物だ。先ほどのような侮辱は、気にしなくてもいい」
急に頬を赤らめて、口ごもる。前に向き直って首筋辺りをしきりに掻いているが、香楓を盗み見るような視線を感じていた。
光代家も雷門家も、いわば遊撃部隊。陰の気や鬼が出たと聞いて駆けつける。そのため、何度も顔を合わせていたが、父が言葉を交わすのみで、彼と話したことはなかった。
優しそうで、誠実そう。だけど、不思議な人。それが香楓が感じた印象だ。
「
厳かな声が大広間の空気を引き締めると、その場にいる全員が頭を下げる。
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