第八話(ラシェル・5)
■ ラシェル・5 ■
ジスラン様の熱意に押され、わたしとデュセイ様の婚約は解消となり、そして、新たにわたしはジスラン様と婚約を結んだ。
……いえ、婚約も結んだけれど、婚約の書類を神殿に提出するとともに、結婚も、した。
つまり、婚約届を出すと同時に結婚届も提出したの。
二通の書類を見た神殿の係の人は、ぬるい感じに笑っていた。
「別に、婚約届を出さなくても、婚姻届けだけでも大丈夫ですよ」
「いえっ! 馬鹿兄が婚約者だったという過去がありますからね! それ、抹消……は無理でも上書きしたいんです! ラシェルの婚約者も夫もこのボクっ! ボクも婚約者だったという事実が欲しいんですよ!」
と、ジスラン様は神殿の係の人に熱く語ってくださいました……。あ、あははははは……。
「結婚式はですね、ボクが学園を卒業してから盛大に行いたいと思うのですけれど、一年も早くラシェル様が卒業し、クライエルン伯爵領を引き継ぐため、お忙しくなるじゃないですかっ! ボクは学園、ラシェル様はクライエルン伯爵領。そんな離れ離れの婚約をして、ラシェル様を不安にさせるのは、ボクの本意ではないんです。だから、書類上でだけでも先に結婚をしておきたいんですよね。その方がボクは嬉しいですし、ラシェル様も、ラシェル様のご両親も安心でしょう?」
そんなジスラン様の情熱に、まずわたしの義母が感激した。
「義理の母、義理の娘とはいえ、私はラシェルに幸せになって欲しいのよっ! こんなにも殿方に愛されるなんて、ラシェルは絶対に幸せになりますわっ!」
ジスラン様のご両親も、最初は戸惑っていたけれど、ジスラン様の熱意で、最後にはわたしとジスラン様の結婚を喜んでくれた。
「ま、まあ……デュセイも最近は王太子殿下のご学友として、色々がんばっているようだし。婿に出すよりは王都で頑張ってもらうほうがいいかもしれんな……」
そんなこんなで、わたし、書類上は結婚を致しました。まだ、書類だけ、なんだけど。
義母は「ほら、この恋愛小説に、愛するよりも愛される幸せって書いてあるわっ!」と、喜んでいます。
わたしは、ジスラン様を愛する……という状況に未だ慣れてはいない。
正直に言えば、ジスラン様からの熱量を受け止め切れてはいないのだけど……、それでも、ジスラン様と共に在るのは嬉しくて。すぐに顔が赤くなってしまう。
幸せというのはこういうことを言うのかしらね?
毎日ぼうっとしてしまう。
わたし、ホント何というのか、足元がふわふわして……、で、もう間もなく学園も卒業という時に、はっと気がついたの。
婚約が白紙になったこと、デュセイ様に言っていないのでは……と。
「あの、ジスラン様。デュセイ様には婚約解消のことを、言いましたか?」
「あー……、そう言えば、急いで結婚したから……デュセイ兄上のこと、後回しにしていたね。父上とか母上が、手紙で伝えている……かな?」
どうだろう? とジスラン様は首をかしげる。
「ま、同じ学園に通っているんだし。偶然会う時もあるだろうから、その時に言おうか」
だけど、「あ、あの……、デュセイ様、お話が……」と話しかけても、睨まれた上に、「俺にはないっ!」と怒鳴られる。
伝える気力も無くなりますね……。
「あー、不愉快にさせてごめんラシェル。デュセイ兄上にはボクが言っておくから良いよ」
そうジスラン様が言ってくださって、わたしはほっとした。
義務として、お別れの挨拶くらい……とは思っていたのだけれど、嫌われて、怒鳴られるのでは……正直なところ、もう関わり合いにすらなりたくない。
そんなことより大事なことはジスラン様よ。
ジスラン様はわたしに卒業パーティのドレスを贈ってくださったの! しかも一着ではなく、二着も三着も……っ!
「ジスラン様っ! 卒業パーティで着るドレスは一着ですっ! こんなにたくさん……」
「だって、これまでずっとドレスとか贈ることもできなかったから。こんなのも着てほしいなーとか、あんなのも似合うなーとか考えていると一着なんて、とてもとても絞り切れなくて……」
「う、れしいです、けど、もうこれ以上は……」
「うん、でも、ほら領地に戻った後、女伯爵として社交をするときもあるでしょう。そういう時にボクが贈ったドレス、着てもらえると嬉しいな」
喜々として、ドレスを更に選ぶジスラン様。あの……お金とか、大丈夫なのかしら?
「ん? あー、ボクね。外国の本を翻訳する仕事、しているんだよね」
「え?」
「ほら、ボクなんて、男爵家の四男だから。家は継げないし、自分で身を立てないといけないからって色々昔から考えていて」
「ええ」
「で、外国語、好きだけど、外交官になるにはコネとか必要でしょう? まあ、まず男爵家程度じゃ無理だから。だけど、翻訳の仕事なら割とたくさんあるんだよね。そんなこんなでボク、学園の教授経由で翻訳業始めて、今ではそこそこの収入を得ているよ」
「え、えええええっ!」
「翻訳業だけで食べていくほどの収入は無いにしろ、ラシェルの伯爵領を治める手伝いをしながら翻訳の仕事もできるし。その収入でラシェルにドレスを買うくらい楽勝です」
すごい。ぼんやりとした末っ子だと思っていたのに。実はしっかりしていたのね。
「将来さ、ラシェルが女伯爵引退した後、あちこち旅するのも楽しいと思うんだよね。悠々自適にいろんな国巡ってさ。ボク、日常会話程度なら通訳できるし、安心して」
なんだか未来がぱああああっと広がったみたい。
わたしはジスラン様の語る未来に、微笑みながら頷いていた。
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