第九話(ラシェル・6)
■ ラシェル・6 ■
さて、まもなく卒業パーティ。
青い色のレースをふんだんに使ったドレスを着たわたしを、ジスラン様が迎えに来てくれた。
「わあ……っ! ラシェル、綺麗だよ……っ!」
キラキラした瞳と言葉で、感激を表してくださるジスラン様。
嬉しい。正直に言って嬉しい。
「ふふっ! ジスラン様が贈ってくださったドレスの中で……、一番青い色が多いこのドレスを選びました」
「ありがとうラシェルっ! ボクの瞳の色を選んでくれて!」
ありがとうなんて、わたしのセリフだわ。
ありがとうジスラン様。わたしを幸せにしてくれて。わたしもジスラン様を幸せにしたい。
そう思って、わたし、今日は顔にそばかすを加えるような化粧はやめて、張り切って綺麗にしてみたの。髪もね、いつもは目立たないようにしていたけれど、今日は前髪で顔が隠れないように、少しだけ、前髪を編みこんでいる。
「ああ……、パーティなんかに出ないで、このままラシェルをこの腕に抱きしめていたいよっ!」
ジスラン様から繰り返される愛の言葉に、向けられる笑顔。全部嬉しくて、顔が赤くなってしまう。心臓もどきどきするの。幸せだなって、本当に心から、思う。
デュセイ様と婚約していた時は、こんな気持ちになったことは、ただの一度さえなかった。
可もなく不可もない、それだけの相手だったデュセイ様。
ジスラン様とは全く違う。
ああ、良かった。今になって、心の底からそう思う。
ジョージ様やクロード様がわたしを「地味だ」と言ってくださって、本当に良かった。
そうでなければ、可もなく不可もないからと、きっとあのままデュセイ様と婚姻を結んでいたに違いない。
人生なんて、こんなもんかな? まあいいか……って程度でね。
そんな未来がなくなってよかった。デュセイ様がわたしを嫌ってくださって、本当に良かった。
ジスラン様から掛けていただくお言葉、愛情。すべてが温かな愛情と思いやりに満ちている。ジスラン様と結婚をしてから毎日が楽しくて幸せ。
ああ、書類上の結婚をしただけでもこんなに幸せなのに、一年後、本当に夫婦になったら……。これ以上の幸せなんて想像もできないわね。だけど、きっと毎日楽しくて嬉しいと思うの。だって、朝も昼も夜も、ずっとずっと一緒に居られるのですもの。
でも……もう少ししたら、わたしは領地、ジスラン様はあと一年、卒業まで学園に通う。
離れるのが、とても寂しい。早く一緒に暮らしたい。
ああ、今になってわかる。ジスラン様が、わたしと婚約を結ぶだけではなく、書類だけでもと結婚を急いだこと。
だって、もう離れたくないんですもの……っ!
せめて、離れてしまう前に、わたしはわたしの一番きれいな姿をジスラン様に見せたかったの。
だから、わたしのドレス姿を喜んでもらってとても嬉しい。
「誰にも見せたくないほどきれいだけど、誰かに見せて自慢もしたいかな。ラシェル、今日はきっと君が一番きれいだ」
公平な目で見れば、わたしが誰よりもキレイなわけはないとは思う。だけど、ジスラン様がそう言ってくれるのが嬉しい。
そんな嬉しさのまま、わたしは、ジスラン様にエスコートされて、卒業パーティの会場に向かった。
学園で一緒に過ごした学友や先生たちに挨拶を済ませたら、あとはずっとジスラン様と二人で卒業パーティを楽しもう。
そう思っていたのに。
何故だか、王太子殿下が、婚約者でもないピンク色の髪の女生徒を腕に抱いて。その後ろに複数の令息が取り巻いていた。
そしてその取り巻きの中に、デュセイ様もいた。
「リトリュイーズ・ド・レザイっ! サラを苛める悪役令嬢のようなお前など、この私に相応しくないっ! 王太子の名のもとに、お前との婚約を破棄させてもらうっ! 我が真実の愛は、このサラと共に在るっ!」
いきなりの、婚約破棄宣言。
な、なんなのかしらこれ。訳が分からなかった。
「……なんか、物語とか演劇みたいだね。悪役令嬢、婚約破棄、平民の娘との真実の愛ってカンジのさ」
ジスラン様が、ぼそりとわたしの耳元でつぶやきを漏らした。
確かに、わたしも読んだことがあるわ。王太子が平民の娘と恋仲になり、婚約者を悪役令嬢と言って、断罪する物語を。
まさか、王太子殿下ともあろうお方が、そんな物語や演劇に影響されて、この卒業パーティで婚約破棄⁉
あり得ない……と、驚いていたら、王太子殿下の後ろにいた取り巻きの令息と思しき方々も、次々と婚約破棄を叫んできた。
しかも、デュセイ様も、だ。
「ラシェル・クライエルン伯爵令嬢っ! 俺も、王太子殿下に倣い、今、ここで、お前との婚約を破棄するっ! 貴様のような地味な女が婚約者だったことが、どれほど恥ずかしかったこと……か……、えっ⁉」
途中まで勢いがあったデュセイ様の言葉は、最後には尻すぼみになり……、今は目を丸くされていた。
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