第七話(デュセイ・3)

■ デュセイ・3 ■




ラシェルから距離を置いて、しばらく経って。俺はすごく可愛らしい女の子と出会った。

彼女の名はサラ・オブラロック。ピンク色のふわふわとした髪。こぼれるような大きな瞳が印象的だった。

初めて出会った時、サラはその大きな瞳から涙をぽろぽろとこぼしていた。


「どうしたんだい?」


ドキドキしながら俺はハンカチを差し出した。

サラは言いにくそうに「誤解されて、リトリュイーズ・ド・レザイ侯爵令嬢からいじめを受けている」と言った。


「べ、べつにあたし……そんなつもりはなかったのに……。お、王太子殿下と恋仲だって誤解されて、私物を捨てられたりとか、お、お茶を……かけられたり、とか……」


何ということだ。


「で、殿下は、あたしが平民だから、貴族社会には慣れてないだろうって、親切にしてくれてるだけなのに……。でも、リトリュイーズ様は、あ、あたしが王太子殿下を誘惑したんだって……殴ってきて」

「ひどい……」


別に、サラと恋仲になろうなんて、そんな大それたことは思っていなかった。

ただ、婚約者のラシェルとは違い、可愛いなとか。可哀そうだから守ってあげたいなとか。そんなふうに、友人としての立場から、サラの側にいた。

 

独りぼっちでいたら、令嬢方からいじめを受けるかもしれない。が、男である自分が傍にいれば、いじめられることも無いだろう。

俺のように、サラを守りたい男は幾人もいた。

商人の息子であるピエール・シャンピオン。

騎士見習いのユーゴ・ファルマン。


この二人と俺は、すぐに仲良くなった。代わりにクロードやジョージとは疎遠になってしまったが、サラと俺とピエールとユーゴで一緒にランチを摂ったり、街に出かけたりする機会がだんだんと増えていった。


宰相閣下の息子であるローラン・ドゥ・バスティエ様も、サラを大事に思う一人だ。

俺のような男爵の息子にも気さくに声をかけてくれる。

身分の差から、恐れ多いとも思ったが、「サラを守る仲間だろ」と言われて嬉しくなった。

サラやローラン様と親しくなったため、何と王太子殿下の学友にも選ばれた。

側近などではなく、ただ学園で、共に語りあったり、時には王太子殿下の知らない下級貴族のちょっとした小話を披露したり……その程度だけれども。

が、男爵家のしがない三男が王太子殿下と直接言葉を交わせるだけでもすごいことだと感激した。


ラシェルを避け、クロードたちとも疎遠になり……それでも、俺の前に広がる新しい世界に、俺は夢中になった。毎日が楽しかった。


最初はただそれだけだった。

だけど、王太子殿下もサラの愛らしさに、彼女を好きになっていったらしい。


「サラ、君のような可憐な令嬢を、私は将来の王妃としたい」

「で、でも……殿下にはリトリュイーズ様という婚約者が……」

「リトリュイーズなど、この私の妃に相応しくない。まるで物語の『悪役令嬢』のようにサラを虐げてくるとは……。ああ、そうか。物語に当てはめてみれば、サラは『ヒロイン』なのだろうな。虐めにも負けず、可憐で優しい心を持ち……」

「殿下……」


手を取り合って見つめ合う王太子殿下とサラを見た時、俺はようやくわかった。


友人としての立場など、嘘だ。サラを守ってやりたいのは、俺がサラのことを好きだからだ。


だけど、今さらそんなことを自覚しても、もう遅い。


俺は単なる男爵の息子。それも後継ぎでも何でもない、三男坊。

学園卒業後は好きでもないラシェルと結婚し、平凡な伯爵領を、ラシェルの補佐として治めないといけない。


サラは平民だけれども、王太子殿下に見初められるほど素晴らしい女性だ。

そんなサラみたいな令嬢と共に在れるならともかく、あんな地味な女と一生を共にするのか? しかも子を儲けたところで、その子は伯爵家を継ぐこともできないのだ。


馬鹿々々しい。俺の人生はあの女を支えるためにあるんじゃない。


まもなく学園を卒業するという頃、またラシェルが俺の側をウロチョロするようになった。


「あ、あの……、デュセイ様、お話が……」

「俺にはないっ!」


どうせ、卒業パーティの時に、パートナーとしてエスコートをして欲しいとか、そんなことだろう。くだらない。婚約者だからって、何故あんな地味女のエスコートをこの俺がしなくてはならないんだ? 王太子殿下の学友にまでなった、この俺がっ!


ラシェルを無視していたら、今度は弟のジスランまでもがやって来た。


「兄上、話があるんですが」


こいつもか。俺はイライラした。婚約者を大事にしろとかなんとか、弟のくせに説教でもしに来たのか? それともラシェルがコイツに泣きつきでもしたのか。


「うるさいジスランっ! 卒業パーティのエスコート役ならお前がすればいいだろうっ! 俺はあんな地味女と一緒に居るのは恥ずかしいんだよっ!」


ジスランは昔からあの地味女のことを慕っていた。


「兄上はいいなー、ラシェルお義姉様みたいな優しい人が婚約者なんて」


そんなことを繰り返し何度も俺に言っていた。

ラシェルが優しい? 暗くて地味で鬱陶しいの間違いじゃないのか?

せめてサラの半分でも、ラシェルが愛らしい娘であったら。婚約者として恥ずかしくもなかったというのに……。


「恥ずかしい? ふーん、兄上のお気持ちはわかりました。なら、ボクから話すことは何もないよ。父上とかから、手紙が行くかもしれないけどね。最後に一言だけ。ラシェル様のことはボクにお任せください」

「ああ、勝手にしろ」


何日かの後、父上から手紙が届いた。きっとジスランがなんだかんだ父上に言ったのだろう。それで父上もきっと俺にラシェルを大事にしろとかなんとか、説教じみたことを書いてきたに違いない。

俺は、その父上からの手紙を読まないまま、ごみ箱に捨てた。


ラシェルが俺に纏わり付かなくなって、またサラを中心とした楽しい日常が戻ってきた。

だけど、間もなく卒業だ。

この日々が無くなってしまうのが、嫌だ。ラシェルと共に、あいつの領地に行かなくてはならないことがものすごく、嫌だ。

何とかできないか……と考えている時に、王太子であるファブリツィオ殿下が卒業パーティの時に、婚約者であるリトリュイーズ・ド・レザイ侯爵令嬢を断罪して、サラとの婚約を発表すると仲間みんなに宣言した。


俺がサラと結ばれなくても、サラが後の王太子妃、そして王妃として幸せになるのなら。俺はそれでもいいと思った。


だから、卒業パーティの時に、悪女にサラが害されないように、サラの側にいて、サラを守ろう。

そう、ピエールやユーゴ、ローラン様とも誓い合った。それを聞いたファブリツィオ殿下が「私は素晴らしい友を持った」と俺達に言ってくれた。


「みんな……ありがとうっ! 卒業した後も、みんな、お友達として、サラの側にいてくれる?」


キラキラしたサラの瞳に、俺は、恋人になれなくてもサラの側にいたいと思った。

友人でいい。王太子妃となり王妃となるサラの、話し相手。友人として、サラを支えたい。


その考えを、ピエールやユーゴ、ローラン様に伝えたら、皆、俺をすごいと褒めてくれた。


「そうだっ! デュセイの言うとおりだ! 私たちはサラと王太子殿下が共に幸せになるのを側で見守ろうっ! 彼らを支える礎になろうっ! サラの幸せのためにっ!」

「サラの幸せのためにっ!」


サラや王太子殿下の学友として相応しい俺であるように、俺も婚約者であるラシェルとはすっぱり縁を切ろうと思った。あんな地味な女の、地味な領地になど行きたくはない。王都にいて、サラを支えるんだっ!


だから、俺もファブリツィオ殿下に倣い、ラシェルと婚約を破棄する。ピエールやユーゴ、ローラン様も、熱に浮かされたように「俺達も婚約破棄をするぞっ!」と次々と声を上げた。


輝かしい未来が目の前に広がっているようだった。


……だが、そんな想い描いた輝かしい未来など、無いとわかるのは、間もなくのことだった。


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