第六話(ラシェル・4)
■ ラシェル・4 ■
弟としか思っていなかったジスラン様に告白されて、そのまま流されるように承諾してしまった。
……まだ、わたしとデュセイ様の婚約を解消もしていないのに。だ、抱きしめ合って、しまったわ……。わたしったら……はしたない。
弟と思っていたのに、知らないうちに、背はわたしより高かった。抱き寄せてくる力は強かった。そして……熱かった。
学園の寄宿舎の、自分の部屋に戻っても、まだわたしの胸はどきどきしていたし、顔も耳も……全身まで赤かった。
どうしよう、どうしようと思っているうちに、あっという間に次の日の朝になった。
とりあえず、学園には向かわないと……と思って、身支度を整える。
カバンを持って、女子寄宿舎から学園に向かう。
すると、学園の門の前に、何故だか黒毛の馬を引いたジスラン様がいた。
「おはようございます、ラシェル様っ!」
光り輝くような、ジスラン様の笑顔。金色の髪との相乗効果なのか、非常に眩しい。黒馬と金髪のコントラストも実に派手だ。
「お、おはようございますジスラン様……」
昨日のことが思い出されて、顔が真っ赤になりそうになった。だけど、何だろう、この馬は。
「あのですね、昨日のことをまずクライエルン伯爵に伝えて、それからうちの両親にも伝えようと思います」
「は、い?」
「手紙で伝えても良かったのですが、善は急げと言いますから。ボク、これからちょっと馬で走って行ってきますっ! クライエルン伯爵領までなら馬を飛ばせば一日もかかりませんからっ!」
えっと……。つまり、わたしの婚約者の変更を、両家の両親に伝えに、今から行く……ということですか? 馬で飛ばす? どれほど急いでいくんですかっ! なにこの行動力っ!
「あのっ! わたしも……一緒に行ったほうが……」
良いのではないのかしら? 戸惑いながらも、そう思ったのだけれど。
「いえ、ボク一人で大丈夫ですっ! ラシェル様と共に馬車の旅……も嬉しいのですが、やはり現状では一緒の馬車に乗ることもできませんし」
まあ、そうだわね。一応まだ、わたしとデュセイ様との婚約は継続している。とすれば、わたしとジスラン様が二人きりで馬車に乗ることは、未婚の淑女としては相応しくない。
「馬車ですと、クライエルン伯爵領まで三日はかかるでしょう? 宿の手配などもしなくてはならないし、ラシェル様の準備も大変です。ボク一人ならサクッといってサクッと帰って来られますしね」
「そ、そうですか……」
「はいっ! 大丈夫ですからラシェル様は安心してお待ちくださいねっ!」
半ば呆然と、笑顔のジスラン様をそのまま見送ろうとして、わたしははっとした。
「す、少しだけお待ちいただけませんかジスラン様。わたし、事情を説明したお手紙を、急いで書きますのでっ!」
ジスラン様がいきなり訪ねて行って、婚約者をデュセイ様からジスラン様へ代えてくれと言ったところで、両親たちは戸惑うだけだろう。
わたしは寄宿舎の自分の部屋に戻り、急いで手紙をしたためた。
些細な一言で、わたしとデュセイ様の仲が悪くなったこと。感情を込めずに、時系列的に、淡々と、起こった出来事と、それからデュセイ様から告げられた言葉の数々をそのまま列記した。それから、ジスラン様から告白されたこと。それをわたしも嬉しく思う旨も追加した。
手紙と、それから部屋に置いてあったクッキーの残りなどをまとめて持って、ジスラン様の元へと戻る。
「あの……、ジスラン様。これ、先日わたしが作ったものなので、お口に合うかどうかわかりませんが……」
「わあっ! すごく嬉しいですっ! 大事に食べますっ!」
輝くような笑顔のまま、ひらりと馬に跨ったジスラン様。
「じゃあ、行ってきますっ!」
「はい、行ってらっしゃいませ……」
馬に乗り、走り去っていくジスラン様のその背中が、何故だかとても頼もしく見えた。
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