第五話(ジスラン・1)


■ ジスラン・1 ■




言ってしまった。ついに言ってしまった。

ボクはずっとラシェルお義姉様……、いや、ラシェル様のことが好きだった。


穏やかで優しくて地味で……というのは実は、嘘ではないけれど、それは社交用の姿で、実は女伯爵になるくらいの度胸も力も決断力もあるというのに、いつか弟に領地を渡す中継ぎでしかないからと、常に控えめに一歩下がっている。

そんなラシェル様が兄の婚約者になった。

最初、二人の関係は良好だったけど、このところ、その関係はおかしくなっていた。

馬鹿兄の、せいだ。

ラシェル様には何の落ち度もない。


友人たちの戯言で「婚約者が地味」と言われた程度。たったそれだけでラシェル様のことを嫌がるなんて。


だったら、ボクが。

兄が要らないというのなら、ボクがラシェル様の婚約者になったって良いだろうっ!


婚約は、家と家同士の契約だ。

ラシェル様と馬鹿兄の婚約がなくなって、ラシェル様が他家の令息と婚約を結ぶというのなら、うちの父も母も婚約解消の慰謝料云々と言い出すかもしれない。

だけど、馬鹿兄からこのボクに婚約者が変更となるだけなら。別に父も母も文句は言わないだろうし。


ボクはラシェル様の手を取りながら、熱くラシェル様を口説いた。

必死だった。

この機を逃してなるものか。

あんな馬鹿兄など捨てて、このボクがラシェル様を大事にします、幸せにしますっ!

好きです愛しています。貴女が世界で一番可愛いんですっ!

そんな言葉を繰り返したと思う。

気が付けば「も、もう……そのへんで……」と、ラシェル様が顔を真っ赤にしていた。


「ラシェル様。改めて言います。馬鹿兄との婚約などさっさと解消して、このボクに、貴女を幸せにできる権利を下さいませんか?」


耳たぶまで真っ赤にしているラシェル様が、小さな声で「はい……。よろしくお願いします」と言ってくれた。

喜びのあまり、ボクは思わずラシェル様に抱きついてしまった。

ボクとラシェル様の体の間に、空気すら入らないくらいに強く強く抱きしめた。

ラシェル様は、ちょっとだけ、体を固くされていたけれど、ゆっくりとその体の力を抜いて、ボクの背に手をまわしてくれた。


ああ……なんて幸せなんだろう。

絶対に、ラシェル様を悲しませるようなことはしない。絶対に幸せにします。

そう告げたら、ラシェル様は。


「あの……、わたし、一方的に幸せにして頂くのではなく……、二人で一緒に幸せが何か、探していきたいです」


小さな声で、ボクにそう言ってくれた。ああ、ラシェル様はなんて素敵なんだろうっ! ますます好きになってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る