第四話(ラシェル・3)
■ ラシェル・3 ■
クロード様やジョージ様に謝られてしまったが、別に彼らは悪くはない。
悪いのはデュセイ様だ。
そりゃあ、きっかけはお二人がわたしを「地味」だと称したことかもしれない。
だけど、デュセイ様がわたしを婚約者として尊重する気があるのなら、「地味でも心根は優しいんだよ」とか「顔は関係ない。婚約者としてお互いを尊重し合っているんだよ」とか言ってくれれば良いものを。
わたしは泣き顔をハンカチで隠して、その場から急いで立ち去った。
……泣き顔で化粧が落ちてしまうからね。
化粧と言っても、そばかすを隠す化粧ではない。むしろその逆。このそばかすは、わざと化粧で描いたものだ。
この顔を見たデュセイ様の反応を、知りたくて。
予想通り、デュセイ様はわたしのことをみっともないとか恥ずかしいとか、そう言ってきた。
そう、予想通り。だから、あんな男のあんな言葉に、わたしが傷つく必要はない。
このそばかすだって、わざとなんだし。
……分かっているのに、どうしてか涙が止まらない。
別にデュセイ様のことを、好きだったわけじゃないのに。
デュセイ様の態度がどうなるか見るための、単なる作戦だったのに。
だけど、あんなふうに、みっともないなんて言われれば……傷は、つくのね。
早く帰りたかったけど、寄宿舎の方へと向かえば、デュセイ様とまたかち合ってしまうかもしれない。わたしは反対方向の、学園の薔薇園の方へと向かった。この時間なら、あまり人はいないと思って。
なのに、その薔薇園のガゼボの一つに、よりにもよってジスラン様がいた。
「あれ? ラシェルお義姉様、どうしたんですか?」
きょとんとした顔をわたしに向けたジスラン様は、デュセイ様の弟だ。
わたしとデュセイ様が学園の最終学年に在籍していて、ジスラン様が第二学年。
学年は異なるけれど、婚約者の弟ということで、それなりに友好な関係を保っている。
わたしは泣き顔をハンカチでとっさに隠した。
「……ウチの馬鹿兄が、何か言ったんですか?」
声が、低かった。いつも明るくにこにこしているイメージのジスラン様なのに。
「……そばにいると、恥ずかしいのですって。わたし、不細工、だから……」
「そんなことないですよっ! ラシェルお義姉様は素敵ですっ! あんな馬鹿兄には、もったいないくらいっ!」
「ジスラン様……、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ……」
素敵なんて、わたしに言ってくれる人はいない。
「あのですね、ボクだってこんな貴族学園に通っていれば、泥沼の足の引っ張り合いとか社交くらいわかりますよ。ラシェルお義姉様は、目立たないように、わざと地味にしていらっしゃるんでしょ?」
「え、えと……」
「あの馬鹿兄はそんなことすら気が付いていませんけどねっ!」
わたしの代わりにジスラン様が怒ってくださっているみたい。嬉しくて、少しだけ、笑みを浮かべることができた。
「……最近の馬鹿兄の様子、学年の違うボクの耳にだって入ってきているんですよ。ねえ、ラシェルお義姉様。せっかくの機会だから、聞いてしまいますけど、あの馬鹿兄のことを愛していらっしゃるんですか?」
「いいえ」
反射的に、即答してしまった。
いずれ、デュセイ様のカルヴェス男爵家には、婚約解消に向けて行動を起こさなければならない。だけど、この時点で、ジスラン様にそれを伝える気はなかった。
だけど、言ってしまった。
ああ……、わたしも、もうデュセイ様のことが……本当に嫌になっているのだろう。
関係の修復など、考えられないほどに。
お互いに、お互いが嫌になったのは、些細なきっかけ。
デュセイ様は、ご友人のジョージ様方に、わたしのことを地味だと言われたから。
わたしは、そんなデュセイ様の態度に憤りを覚えたから。
その、些細なことで、今ではもう、修復がきかないくらいに……お互いにお互いを毛嫌いしてしまっているのだろう。
ジスラン様を巻き込むのは申しわけないが、この際だ。ジスラン様からカルヴェス男爵に、わたしとデュセイ様の仲が悪くなっていることを伝えてもらった方がいいのかもしれない。
婚約が解消になるか、破棄になるか、それとも白紙に戻されるのかは、今後のわたしの父とカルヴェス男爵との話し合いになるだろうけれど。
わたしは少しだけ、思案した。
学園を卒業して、領地に戻るまで、あと半年以上はある。
あるが……、ここから婚約を無くして、新たな婚約者を得るのはかなりの労力だ。
いっそ、婚約者など、いなくても良いのかもしれない。
だって、わたしは単なる中継ぎ。いずれ弟が領地を継ぐのだから、わたしは別に結婚をしたり、子をなしたりする必要もない。
だったら……気の合わなくなったデュセイ様とはさっさと縁を切って、悠々自適な生活を目指すのも一つの手だ。
考え込んでいるうちに、ジスラン様からすっと手を取られた。
「あのですね、ラシェルお義姉様。こんなこと言うのは非常に不躾だとわかっているのですが」
真剣な、ジスラン様の眼差し。
何だろうと思いつつも、わたしは少しだけドキッとした。
青い色の瞳の中に、わたしが映っている。ああ……誰かの瞳に、自分を映すことなんて、あっただろうか? 婚約者のデュセイ様とだって、ない。幼い時に、亡き母の瞳の中に、自分の姿を見た、その時以来かもしれない。
それが、少しだけ懐かしく、また嬉しく思い、頬が緩んだ。
「ラシェルお義姉様、貴女の婚約者がボクの兄である必要はないと思うのです」
「そう……ですね」
うん、わたしも今まさに、それを考えたところだったわ。
婚約者など必要ない。独り身で、悠々自適の暮らしを送ったところで、まるで困ることがない。
だから、わたしはジスラン様の言葉に肯定を持って頷いた。
「ですから、ラシェルお義姉様。馬鹿兄の婚約など無くして、このボクと婚約を結んでくださいませんか?」
「……は?」
デュセイ様との婚約を無くすところまでは理解できた。当然、賛同する。
だけど、その後、ジスラン様は、今、なんと言った……?
意味が分からずぽかんとした、わたし。
ジスラン様は顔を真っ赤にしながらも、一度深呼吸をして、それからわたしに言った。
「本当はずっとラシェルお義姉様……いえ、ラシェル様のことが好きだったんですっ!」
「え、ええええええ……っ!」
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