第二話(ラシェル・2)

■ ラシェル・2 ■




最近婚約者であるデュセイ様の様子がおかしい。わたしは何か、デュセイ様の気に障るようなことをしたのだろうか?

デュセイ様本人に聞いても「べつに……」としか答えてくれない。

仕方がないので思い切って、デュセイ様のご友人であるクロード様たちに尋ねてみた。


「あー、ごめんねー。多分照れてるんだよ。ほら、この間、図書館の帰り道、ラシェル嬢と一緒に帰ればいいのにさー、あいつ、一人で先に帰っただろ?」


照れる? 違う。デュセイ様はわたしのことを、あからさまに避けている。


食い下がれば、ジョージ様が謝ってくれた。


「あー、ごめんラシェル嬢。俺の婚約者は可愛い系で、クロードの婚約者は美人で。だけど、ラシェル嬢は地味だよねって……、ちょっとまあ、男同士の会話的に」

「あ……、そ、そうですか……」


確かにわたしは地味にしている。だけれど、それは婚約者のデュセイ様が居るからだ。


ここは学園とはいえ、れっきとした貴族社会。

そうして、貴族学園は出会いの場でもあるのだ。


高位貴族のご令嬢なら、生まれながらにして婚約者が決められている場合もある。

だが、貴族学園に入学する年齢になっても、婚約者のまだいない令嬢にとっては、学園は婚活の場。

なるべく早く条件の良い男性を捕まえて、婚約を結びたいのだ。

さもなければ、売れ残る。もしくは条件の悪い相手へと嫁がされる。

だから、彼女たちは化粧に凝り、男性の情報を集め、少しでも良い男性を捕まえるために必死だ。

令嬢同士の足の引っ張り合いも、水面下では恐ろしいほどに苛烈だ。


婚約者のいる女はとにかく目立つな。婚約者のいない令嬢の足を引っ張るな。

そんな暗黙のルールさえ、ある。


高位貴族や力のある者ならともかく、わたし程度の平凡な伯爵令嬢が華美に装えば、必死に婚活をしている本気の令嬢たちに睨まれてしまう。

それは、避けたい。

ならば、地味にしているに限る。


それにわたしが華美に装えば、婚約者に不満があり、乗り換えたいという意思表示にも取られかねない。


婚約者を探しているのは何も令嬢だけではない。令息たちもなのだ。

高位貴族など、豊かな領地を持つ貴族ならともかく、それほど豊かではない下位貴族は、それこそ人生がかかっている。


特にそれほど裕福ではない下位貴族で、且つ三男や四男であれば。

学園卒業後は生家には残れず、自活しろと家を追い出される。

体力自慢であれば、騎士を目指しても良いだろう。

頭が良ければ文官にも成れる。

きびしい戒律を守り神官になるか?


だが、それこそ可もなく不可もない、大半の令息は、そんな厳しい世界には入りたがらない。

きびしい世界で大変な人生を送るよりは、楽をしたい。だから、何としてでもどこかの家に婿入りをしたいのだ。そんな男性に、目をつけられたくはない。  


ちなみに婚姻相手としてのわたしの条件は、良くはないけれど、悪くはない。


我が国には女性にも爵位の継承権があるので、わたしは学園卒業後に、一応クライエルン伯爵領に戻り、お父様の跡を継ぐ。

女伯爵に、一応は、なる。

一応というには理由がある。

父であるクライエルン伯爵は、わたしの母が亡くなった後、しばらくして若い後妻を娶った。そして彼女は三年前に一人の男の子を出産した。それが、わたしの弟のジュリアンだ。

父は元々働くのがあまり好きではない。早く引退して、義母と一緒に悠々自適の暮らしを送りたいと、常々主張している。

が、後継ぎのジュリアンはまだ幼い。

そこで、わたしの出番となる。

わたしはジュリアンが一人前の大人になり、伯爵位を継げるようになるまでの、いわば中継ぎ。

デュセイ様はその中継ぎ女伯爵であるわたしの婚約者。

つまり、優秀さは要らない。わたしが弟に爵位を譲るまでの間、わたしを支えてくれれば、それでいい。

ちなみに、仮にわたしとデュセイ様の間に子ができたとしても、その子にクライエルン伯爵家を受け継ぐ権利はない。

が、一般的に、男たるものやはり、自分の子どもに跡を継がせたい。そう思うものらしい。


だから、結婚相手としてのわたしの価値は、低くもないけれど、あまり高くないのだ。


ただ、デュセイ様の御父上であるカルヴェス男爵は、そんな条件を承諾してくれた。


婚約の契約書にもその旨、きっちりと記載がされている。

だって、家の継承問題は後々の禍根になりますからね。

それが嫌なら婚約は白紙に戻す旨も、記載はある。


だから別に、わたしがデュセイ様を見初めたとか、見初められたとか、家同士の経済的交流とかのための婚約ではないの。


お互いに尊重し合い、支え合う夫婦になれればいいなとは思っていたけれどね。

だけど、わたしが地味だから、避ける? ですって?


「……ふざけんな」

「え? なんか言ったラシェル嬢」

「いいえ、何でもありませんわ。ジョージ様、クロード様」


引きつった笑みを浮かべて、わたしは二人の前から去った。


派手に化粧をして、綺麗に着飾れば、わたしはきっとデュセイ様の心を掴めるだろう。

だが……馬鹿々々しい。


「そこまでして、デュセイ様のお心を引き付けたいわけではありませんものね……」


かといって、地味だから避けられた程度の理由で婚約を解消するのならば、こちらから婚約解消の違約金をデュセイ様のカルヴェス家に支払わねばならなくなるだろう。

わたしが引継ぎ、弟のジュリアンに渡すべきクライエルン伯爵家の資産を、あんなくだらない男に、銅貨一枚分でも渡したくはない。


決意と共に、わたしは作戦を練った。




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