第49話 オミナスの騎士

戦闘の幕開けを告げたのは、重火器の砲火だった。


ドン、ドン。


ドンドンドンドン。


金属の巨人、凶鳥オミナスの騎士アスガードが手にした大口径のライフルを構え、こちらに向けて点射を放ってきた。


押し寄せる火力に対し、俺とイヴリスは同時に身を低くし、回避しながら前方へ突進する。イヴリスはレイピアを振りかざし、その剣先で俺たちに迫る一発の弾丸を迎え撃った。


「ぐっ!」


剣先が弾丸を受け止めた瞬間、イヴリスが眉をひそめた。その弾丸には想像以上の動能が込められていたらしく、彼女はよろめきながら足を止めてしまう。その隙を見逃さず、アスガードの銃口が再び火を噴き上げる。


「させない!」


イヴリスの背後から飛び出した俺は、特製のガントレットを振り上げ、手の甲を弾丸の進路へと差し出した。


どうすればいいか、俺はすでに学んでいる。


キン!


凝縮された時間の中、俺はイヴリスの体の演算信号を模倣し、弾丸をそらす技術を使った。予想外に重い衝撃が腕に響き、じんじんと痺れる。しかし、俺は歯を食いしばり、大口径の弾丸をどうにか弾き飛ばした。光を引く弾丸は俺たちの体を外れ、背後の地面を砕いていく。


その隙をついて、イヴリスは態勢を立て直し、再び前方へ突進した。


遠距離武器を持つ敵を相手にする以上、俺たちが勝機を掴むには接近戦の間合いまで踏み込むしかない。


アスガードもその点は十分理解しているだろう。巨人の赤い目が一閃すると、銃口から再び火炎が噴き出した。しかし、今回はイヴリスが既に備えていた。優雅に剣を舞わせ、弾雨を切り落とし、あるいは弾き返していく。


カチャン。アスガードが空になった薬莢を弾き飛ばした瞬間、イヴリスがその隙を突いて身を前に傾ける。背後の片翼が大きく広がった。


「……雷歩らいほ!」


矢のような一歩。イヴリスの姿が一瞬揺らぐと、次の瞬間にはアスガードの目前に移動していた。雷の如き突きが金属の巨人の兜の隙間を狙い、赤く光るその目を目指す。しかし、巨人はその巨体からは想像できない速度と反応で、わずかに頭を傾けてその一撃をかわした。


カチッ。装填音が響く。アスガードは突きをかわすと同時に、滑らかな動作でライフルに新たな弾倉を装填した。


「っ!」


下から上へ、金属の巨人が銃床を振り上げて反撃に転じる。イヴリスは身をかわして振り上げられた銃床を避けたが、アスガードはその動きを利用し、銃床を短く速く突き出してきた。その銃床がイヴリスの額を捉え、少女の頭を揺らす。引き戻された銃床には鮮血が付着していた。


金属の巨人は素早く体勢を立て直し、腰撃ちの姿勢でライフルを構え直した。


「はあああああ!」


半秒遅れで、俺もようやくアスガードの近くに迫った。身を低くして、全力で巨人の右脚を抱え込む。しかし、全身を金属で覆われた巨体は微動だにしない。その至近距離で、弾丸を撃ち出す音が聞こえた。


ドン!


振り返ると、イヴリスが翼を激しく羽ばたかせ、強引に姿勢を変えていた。重火器の弾丸は少女の腰をわずかに掠めただけで、直撃を免れていた。


次の瞬間、不吉な予感が脳裏をよぎった。


視界に捉えたのは、アスガードの鉄拳。


浮遊感。


両手を拳の軌道に構えたものの、石のように大きな鉄拳が容赦なく俺のガントレットを叩きつけてきた。両足が地面を離れる。衝撃が内臓を押し潰し、防御していたにもかかわらず、横隔膜おうかくまくが揺さぶられて思わず息を吐き、咳き込んだ。


「ふんっ!」


金属のヘルメットの下から短く鋭い吐息が漏れる。その直後、後方への加速度が俺を襲った。アスガードの重拳がそのまま俺を押し飛ばし、背後の堅い何かに叩きつけられる。反作用で肺が押し潰され、一瞬にして血を吐き出す。視界がぼやける中、冷たい銃口の輝きが目に入った。


「はっ!」


イヴリスのレイピアがライフルの排莢口に突き刺さった。


ポンッ!


ライフルが爆発を起こし、火花が散り、弾丸が四方に飛び散った。アスガードは破損したライフルに未練を見せることなく、すぐさま左手で腰から戦闘用ナイフを抜き、右手でホルスターから拳銃を引き抜いた。その巨人が持つナイフは、一般人にとっては剣と呼べるほどの長さだった。逆手にナイフを構えたアスガードは、イヴリスの突きを鋭く弾き飛ばす。


その圧倒的な力により、イヴリスの体勢は崩れ、防御の隙が大きく開いた。無防備なイヴリスに向けて、拳銃の銃口が火を噴いた。


パンッ、パンッ!


短い二発の銃声が響く。俺は噴き上がる血飛沫を目撃した。


「イヴリス!」


「私を……なめるな!」


再びレイピアを操り、心臓や脳を狙う直撃を弾き返しながら、額から血を流すイヴリスが大声で叫び、至近距離でアスガードと激しい戦闘を繰り広げた。


金属同士がぶつかり合う音と銃声が交錯する中、レイピアの鋭い剣先が何度もアスガードの装甲を掠め、大量の火花を散らしていた。表情を険しく歪めるイヴリスに対し、アスガードのヘルメットの下では冷たい赤い光が淡々と点滅している。金属の巨人は感情を見せず、まるで機械のように動き続けていた。


レイピアが生み出す狂嵐のような連撃を前にしても、アスガードは一歩も引かず、時折銃撃や斬撃で応戦する。巨人は攻撃を防ぎつつ、身をずらし、装甲の斜面をイヴリスの突きに向けて立ち回っていた。黒い焼付塗装は剥がれ、下地の銀色の金属が露出する。しかし、少女の何度もの攻撃は厚い装甲板を貫くには至らず、実質的な損傷を与えられない様子だった。


反対に、アスガードのナイフの切っ先がイヴリスの身体を掠めるたびに、空中に赤い線を描き出していた。気づけば、イヴリスの体はすでに傷だらけだった。


「こいつ……!」


額を狙う銃撃を首を傾けてかわしたイヴリスは、アスガードの膝に蹴りを入れて一瞬距離を取ると、突きの構えを取った。


「うっ……」


額に鋭い痛みが走る。イヴリスからのルーン信号が突然、突波のように増加した。剣士の少女が大技を放とうとしているのだと悟り、俺は思わず息を呑んだ。


天穿てんせん!」


「甘いな。」


アスガードのヘルメットの下から低い呟きが聞こえたと同時に、イヴリスのレイピアが神雷のごとく突き出された。


だが――


雷鳴は遮られた。


アスガードが横から戦闘ナイフを振り上げ、その一撃で少女の音速を超えるはずの突きを弾き飛ばしたのだ。


「っ!」


「君が何を斬って『星斬り』と呼ばれるようになったのかは知らないが――」


弾かれた衝撃で、イヴリスのレイピアは今にも手から滑り落ちそうになり、彼女は硬直し、防御不能の状態に陥った。


「さっきの一撃、相手が普通の人間なら確かに死んでいただろう。しかし残念ながら、君の前に立っているのはオミナスの騎士だ。」


「くっ……」


事務的で冷淡な声を響かせながら、アスガードが拳銃を持ち上げた。


「ちっ!」


俺は壁を蹴り飛んでイヴリスに向かって飛び出していた。


だが、間に合わなかった。


俺がイヴリスを押し倒すよりも先に、銃弾が少女の胸を貫いた。


「ぐっ……」


俺は負傷したイヴリスを覆うようにして押し倒し、続いて放たれた二発目の銃弾――彼女の額を狙ったそれをどうにか避けた。


「終わりだ。聖胎せいたいだとしても、心臓を破壊されればこんな短時間で修復することは不可能だ。この状況で、あの戦闘員はもう戦える状態じゃない。君たち二人が組んでようやく互角に渡り合えたのに、今君一人じゃ勝てるはずがない。」


反撃しようと身を起こした瞬間、拳銃の銃口が俺の頭に押し当てられた。


「……」


「この戦闘員の剣の才は確かに素晴らしかったし、戦闘の最中に成長を続けていた。しかし、曙の明星ルシファーの戦闘員としては不完全品だ。覚醒が不完全なせいで、肉体機能がこれまで僕が相手にしてきた戦闘員ほど圧倒的ではない。技巧は確かに優れているが、どうしても動作の前に半拍分の遅れを感じる。それに、戦闘経験が少なすぎる。フェイントにあまりに簡単に引っかかる。このまま数年成長を放置していれば、厄介な相手になっていただろうが……残念ながら、もうその機会はない。」


アスガードの拳銃が俺の頭にしっかりと押しつけられる。


「降伏しろ、バイオス嬢。もう終わりだ。」






「——いいや。まだ終わってない。」






「っ!」


魔力の奔流が、アスガードを後退させた。


「この突然魔力反応……パターン、エンジェル!まさか!駄目だ、バイオス嬢!それを使ったら!」


戦闘が始まってから初めて、金属の巨人が狼狽した様子を見せた。


イヴリスに注いでいた演算リソースを回収し、俺は意識を集中させ、全身の細胞を駆動させる。ルシファーの施設に囚われていたあの頃の訓練、脱出前の決戦を思い出す。かつて目にした完全形態の戦闘員――敵とも仇とも、そしてどこか師のようにも感じたあの存在ナユタを思い返す。


そうだ。


イヴリスは、戦闘員として完全ではない。


そもそも、イヴリスは純粋な聖胎せいたいの産物ではなく、完全覚醒には困難が伴う。戦闘時には俺の演算による補助が必要で、どれだけ計算速度が速くても、信号を送るタイムラグが生じてしまう。そのため、動作に遅れが出る。さらに、これまでに強敵との戦闘経験が不足していたため、実戦での判断力も未熟だった。


だが――これらは補える。


俺は純粋な聖胎の産物であり、完全覚醒が可能だ。


俺はタイムラグが存在しない。


俺の戦闘経験は確かに豊富ではないが、先ほどまでの動きは全て記憶している。それに加え、今の俺はイヴリスの戦闘データを大量に持っており、その技術を模倣するのも容易い。


戦闘は、まだ終わっていない。


「やめろ!バイオス嬢!頼む!」


そうだ。なぜ俺は、こんな単純なことに今まで気づかなかったのか。無意識のうちに、この選択肢を避けていたのだろう。凶鳥オミナスの禁忌を冒すことを恐れて。あるいは、アスガードとリリアがいるオミナスが、俺たちの帰るべき場所かもしれないという淡い希望を捨てきれなかったのかもしれない。


そんな甘い考えは捨てるんだ、俺。


そうしなければ、この困難を突破することはできない。


「——我は、曙の明星ルシファーなり。」


無意識のうちに口をついたその言葉とともに、全身から全能感と高まる魔力が湧き上がる。


翼を広げ、拳を握りしめる。


俺は咆哮を上げ、アスガードに向かって再び突進した。

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