第47話 突破

「っ」


敵の攻撃をかわし、全身の力を込めて拳を叩き込む。拳が胸骨を捉え、折れる感触が手に伝わり、思わず眉をひそめた。しかし、目の前のヒューマノイド兵器を悼む暇はない。俺は再び足を踏み出し、聖都の路地を駆け抜けた。


脳内に鋭い痛みが走る。膨大な攻撃演算データと幻覚の映像が、波のように次々と押し寄せてくる。遠方からの信号が背後で追いかけてくる雑魚どもを通じて絶え間なく送られ、俺の動きを時折鈍らせている。


「くっ、邪魔だ!」


行く手を阻む人型兵器を蹴り飛ばし、拳を叩き込み、敵の脳を揺さぶる。崩れ落ちる兵器を無視して、俺は路地の壁を蹴って建物の屋上に跳び上がり、そこから再び全力で駆け出した。


立て続けに爆発音が響く。大量のロケットが聖都に降り注ぎ、建物を破壊していく。その中の一発が流星のように降下してきたかと思うと、急に方向を変え、俺を狙って突進してきた。


とっさに飛び退く。噴射される炎をまとうロケットは、俺がいた建物に命中し、巨大な爆発音と熱波が肌を刺し、焦げ臭い臭いと震動が俺の神経を逆なでする。着地すると、そこには四方八方から襲い掛かるヒューマノイド兵器どもが待ち構えていた。疲れも知らず、恐れも感じないヒューマノイド兵器たちが、一斉に俺へと迫りくる。気がつくと、退路は完全に断たれていた。


「俺を、なめるな!」


全力で地面に拳を叩きつける。特製のガントレットがルーンと魔力の衝撃波を放ち、迫ってきた敵たちを弾き飛ばした。


こんな奴らに足止めを食らっている暇はない。早く、シーとメムのもとに支援に行かなくては。


「無駄ですよ」


どうにかヒューマノイド兵器たちとの距離を取ったところで、曙の明星ルシファーの研究員、スマイルが再び俺の目の前に立ちはだかった。


「君の姉妹に通じる道は、我々が大量の生体兵器で塞いでおります。君であっても、これだけの数を無力化するには相当な時間がかかるでしょう。そろそろ無意味な鬼ごっこは終わりにされてはいかがでしょうか、バイオス君。君の二人の姉妹も、戦闘員レベルの双葉デュエルシステムには対応できないかと思いますし、撃破するのも時間の問題です。正しい判断をしたまえ。」


「寝言は寝て言え!シーとメムはお前が思っているほど弱くない!」


「ふむ、感情のせいでご判断が鈍っているようですね。まあ、六花ヘクサヒードゥロンシステムもそろそろデータ収集を終えたところです。ここからは本気でいかせていただきますよ。」


「っ!」


ヒューマノイド兵器が再び突っ込んできた。俺は避けようとしたが、タークルをかわした瞬間、その人型兵器の心臓部から強力な魔力反応が発せられた。


ドンッ!


ヒューマノイド兵器が爆発した。衝撃波が俺を地面に叩きつけ、血肉の焼ける臭いに吐き気を覚え、爆発の熱で肌がじりじりと痛んだ。慣性で数回転がり起き上がろうとしたが、心臓を爆弾にされた人型兵器たちが次々と襲いかかってくる。


「ぐっ……」


「バイオコンピュータの強みは、演算です。しかし、演算はリソースを消耗し、生物としての反射速度には限界があります。どれだけ高速であっても、神経の生理機構には時間制約がつきものです。イオンが細胞のチャンネルを通過し、電流信号を生み出す過程には、どうしても時間がかかります。生物である限り、どれほど優秀であっても、上限というものは存在するのです。」


俺の足首が掴まれた。体がよろめき、バランスを取ろうとした瞬間、またもや爆発の衝撃が襲いかかる。歯を食いしばって衝撃に耐え、焼けるような気管に血の味が広がり始めた。


……俺の逃走ルートや動きが予測されているようだ。


「そして、肉体を持つ君にとって、演算しなければならないことがさらに多いのです。生命維持装置に浸かり遠隔信号を発する六花と異なり、今の君は多大な五感の干渉を受けています。さらに、君には強い感情がある。攻性演算を行うと同時に、痛みで不安と恐怖を引き起こし、姉妹が危機に瀕しているという焦りを加えることで、君の演算リソースを最大限に奪うことができるのです。どれほど優れた君であっても、単一のモジュールが、六つの干渉なしに運用されているモジュールと渡り合うことは不可能です。」


「くっ……!」


再び爆発が起こり、内臓が押しつぶされるような感覚と、攻性演算による激しい頭痛が俺を襲った。血を吐き、爆発の衝撃で壁に叩きつけられる。


ゴキッ。右足の足首から、嫌な感覚が伝わってくる。


「……ちっ。」


コンクリートの瓦礫の中に倒れ込んだ俺は、粉塵を払い、痛む体を無理やり起こす。立ち上がろうとするが、負傷した足は動かない。薄暗い路地で、敵がゆっくりと近づいてくる。スマイルの反射するメガネの光と、彼の背後に控える無数のヒューマノイド兵器のガラス玉のような目が一斉に俺を見据えている。その冷たい視線に、俺の体は小さく震えた。


絶体絶命だ。もう、逃げ場はない。


「鬼ごっこは終わりです、バイオス君。」


スマイルは、歓喜に満ちた笑みを浮かべた。


そして、人型兵器たちの蠢く手が一斉に俺に伸びてきた。






「……バイオス?」






突然、かすかで不安げな小さな呼び声が俺の耳に届いた。振り返ると、いつの間にか、足を引きずり、レイピアを手にした少女が壁にもたれかかっていた。全身が血に染まった彼女——イヴリスが、驚愕の表情で傷だらけの俺を見つめ、次にスマイルへと視線を移した。


「……スマイル、先生?」


「おやおや?おやおやおやおや?これは傑作ですねぇ。」


離れていても、スマイルの興奮が伝わってくる。


凶鳥オミナスから逃げ出されたのですか?六花が演算支援を断ったにもかかわらず、その受信機の内蔵モジュールだけでオミナスを振り切り、ここまでお越しになったとは……驚かされました。マルクス先生との取引上、お好きなようにさせるつもりでしたが、オミナスが対処できないのであれば、こちらで回収させていただくしかありませんね。行きなさい。」


大笑しながらスマイルが指を伸ばし、イヴリスを指さした。


「今日は幸運ですね。こんなにも興味深い研究素材が二つも手に入るとは。」


「なるほど、そういうことか。だから、この子の反応が急に鈍くなったんだ。」


首に付けられた装置に手をやり、苦笑するイヴリス。彼女は壁に寄りかかりながら、震える足で俺のそばにたどり着くと、その場に崩れ落ちた。俺に視線を向ける彼女の瞳には、絶望の中にほんの少し安堵の色が浮かんでいる。


「でも、せめて今回は一緒にいられるね。私の愛しいバイオス。」


「——っ」


彼女のそんな表情を目の当たりにし、俺の胸に込み上げてきたのは、言い知れない怒りだった。


閃きが訪れる。ひとつの考えが脳裏をよぎった。


イヴリスの出現によって、事態が動くかもしれない。


「今、諦めるのはまだ早い。イヴリス。」


「え?」


俺は彼女の手をしっかりと握りしめ、心の中のすべての感情を彼女に伝えるかのように力を込めた。驚きの表情が浮かび、彼女の頬が赤く染まる。しかし、俺は頭痛に耐えながら意識と魔力を彼女の首の装置に集中させた。データを書き換え、設定を改変し、リンクを確立する。


「あの夜、お前は言った。お前の剣は俺に捧げられたものだと。俺のためなら、この世界さえ斬り裂けると。」


イヴリスは驚いたように自分の手のひらを見つめた。


「え?体が、また動く?自由に……操れる?力が湧き上がってくる。この感覚、前よりもさらに……」


ルーンが空中に浮かび上がり、俺の脳とイヴリスの首の装置の間に青い光の帯が徐々に輝きを増していく。スマイルの表情には驚愕が浮かんでいた。


「まさか!」


俺の行動が何を意味するかを理解したらしく、ヒューマノイド兵器たちが一斉に襲いかかってきた。兵器たちの心臓部には高魔力が集まり、今にも爆発しようとしている。しかし、俺はそれを無視し、イヴリスの装置を完全に制御し、全力で演算を展開した。


「——使わせてもらう。かつて星を斬り裂いた剣技を。」


一閃。


光が静止したかのような時間の中で、一瞬のうちに俺らに向かってきたヒューマノイド兵器たちを駆け抜けた。光は兵器たちの首筋を貫き、頭蓋骨を上から下まで切り裂いた。遅れて包囲していた兵器たちは全て真っ二つに斬られ、爆発しようとしていた心臓も静まり、膨れ上がっていた魔力が瞬時に鎮まった。


「ふふっ。あなたの望み通りに。私の愛しいバイオス。」


俺の前でレイピアを構え、翼を広げたイヴリスが振り返る。清純な顔立ちには妖艶な笑みが浮かび、彼女は細い指で自らの唇を撫でながら微笑んだ。


「さあ、始めましょう。私たち二人の、初めての共同作業を。」

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