第45話 再会
「久しぶりだな、アスガード殿。リリア、体調が良さそうで何よりだ。」
朝。
柔らかい太陽のような金髪を持ち、穏やかな表情を浮かべた騎士が車椅子を押している。車椅子には小柄な少女が座っていた。
「久しぶりだね、バイオス嬢。」
「久しぶり。まあ、今のこの状態を体調が良いと言うのは少し違うかもしれないけどね。足腰がまだ少し頼りないが、それでも最初の頃よりはずっと良くなったわ。」
アスガードが俺に軽く会釈をする。車椅子に座っているリリアは頬を膨らませて、赤い髪を弄っていた。
「リリアは前回の作戦で負った傷がまだ完全には癒えていないが、かなり状態は安定している。君たち三人が適切に処置してくれたおかげだ。リリアを守ってくれたことに改めて感謝する。ありがとう。」
「気にするな、アスガード殿。リリアも俺たちの仲間だ。」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ。」
アスガードは微笑んだ。
「疑問。逆流ダメージとはいえ、リリアの回復速度が遅すぎる。なぜ、今になっても完全に回復していない。提案、精密検査を再度実行し、治癒されていない傷や他の後遺症がないかを確認すべき。」
「そうだよね。リリアちゃん、ちゃんとご飯食べてる?こんなに細いんじゃ、絶対に栄養が足りてないでしょ。」
シーとメムもリリアに会えて嬉しそうだ。二人は車椅子に座る少女のそばに寄り、手をあちこち動かしながら赤髪の少女を念入りに調べ始めた。リリアは彼女たちの手を慌てて払いのける。
「待って!勝手に触らないで!私はもう大丈夫なの!回復が遅いんじゃなくて、あなたたちの生命力が異常なだけよ!あれだけのダメージを受けたら、長い休養が普通!ちょ、やめて!あそこはだめ!この、駄肉どもめ!」
「ははは。皆元気そうで、本当に良かったね。」
「もしこの後に会談がなければ、みんなとゆっくり話したいところだ。」
「会談か。確かにね。感動の再会とはいえ、そろそろ真面目な話に移るべきかもしれない。」
笑顔を引っ込め、アスガードは真剣な表情に切り替えた。
「もう知ってると思うが、ファスティオラ戦団長は今、審査を受けている。随行していた監視役の審判官が殺害されたことで、戦団長の立場が悪くなり、今回の任務に多くの不確定要素が加わった。ルシファーへの疑いが強まっている今、僕たちの任務はやつらが再び手を下さないようにすることだ。そのため、みんなにはバイオコンピュータに関連する怪しい活動がないか、監視の協力を頼みたい。」
「教皇って心が広いよね。あのルシファーがこの街を襲撃したっていうのに、それでも交渉のテーブルに着くなんて。私だったら、とっくにあの連中に宣戦布告してるわ。」
リリアがぼそりと呟いた。
「審判官の件、アスガード殿はルシファーの仕業だと思うか?」
俺の言外の意図に気づいたアスガードが、苦笑を浮かべた。
「たとえ審判官にあまり好感を持っていないファスティオラ戦団長であっても、そんなことはしないはずだ。それに、あまりに露骨すぎる。教会が両組織の和解を促そうとしている以上、オミナスのメンバーを殺す理由はないだろう。やはり最も疑わしいのはルシファーだと思う。」
「なるほど。でも、ルシファーがこんなことをして何の得があるんだ?」
「それはわからない。僕たちは命令に従い、これから起こり得る事態に備えて警戒を尽くすだけだ。」
アスガードは作戦マップが置かれたテーブルに歩み寄り、太い指で聖堂の会議室の位置をトントンと叩いた。
「今回の配置について説明する。まず、バイオス嬢が会場に入り、ルシファーの出席者を監視する。シー嬢とメム嬢は遠距離攻撃が可能なので、この高所から監視し、会場に侵入しようとする者がいれば、排除する。」
「了解。」
俺が三人を代表して答えると、アスガードは頷き、指を移動させた。
「リリア。回復したばかりで申し訳ないが、オンラインで待機し、バイオス嬢たちとの連絡窓口を担当してくれ。バイオコンピュータの活動を察知した場合、直ちに攻性演算を実施し、その位置を逆探知して僕に知らせてくれ。僕は攻撃部隊を向かわせて、物理的に脅威を排除する。」
「お任せください。」
「よし。作戦開始。」
確認を終えると、シーとメムがリリアの車椅子を押してテントを出て行った。俺も装備を片付け、会議室に向かう準備を始める。
「……バイオス嬢。少しだけ時間を借りてもいいか?」
「ん?ああ、もちろん大丈夫だ。まだ何か伝えることがあるのか?」
「いや。任務に関することは全部伝え終えた。これから話すことは、どちらかといえば私的なことなんだ。」
大柄な騎士が照れくさそうに頭を掻き、何か言いにくいことを考え込んでいる様子だった。
「?」
「ゴホン。この会談が無事に終われば、拠点に戻った後、ファスティオラ団長から君たちに何日かの休暇が与えられることになっている。ずっと忙しかったし、休む暇もなかったからな。」
「休暇、か。それはありがたい話だ。」
「そうだな。それで、つまりだ。もしバイオス嬢が良ければ、僕もちょうど休暇があるから、基地の周辺を案内しようかと思っていて。バイオス嬢がまだ地理に詳しくないようだし、この機会に一緒に散策でもどうだろうか?」
アスガードが少し緊張しているように見えた。何に緊張しているのかは分からないが、提案自体は俺にとっても助かるものだ。
「ああ、アスガード殿が休暇を割いてくれるならありがたい。ずっと緊張の連続だったからな。シーとメムも、詳しい人がリラックスできる場所を案内してくれると喜ぶだろう。」
「え?あ。僕が言いたかったのは……いや、何でもない。」
「?」
気のせいか、アスガードの肩が少し落ちたように見えた。よく分からないが、彼は苦笑し、それからヘルメットをかぶった。
「ともかく、これで約束成立だな。任務が終わったら、レディースを案内するのは僕に任せてくれ。絶対に退屈はさせない。お互い、しっかり任務をこなそう。」
「ああ。よろしく頼む。アスガード殿も気をつけてくれ。」
そうだ、頑張らないと。まずは目の前の任務を片付けるんだ。
準備を整えた俺は会議室へと向かう。
道中、まるで嵐の前の静けさのように、周囲は驚くほど静まり返っていた。会談が間近だからか、普段なら聖都内に響いている読経の声さえ聞こえない。廊下では、自然と足音を潜めるようになった。
そのとき、遠くから微かなささやきが耳に届いた。この高性能な身体のおかげで、前世よりもはるか遠くの音まで聞こえる。
「まさかこのわしのところまで足を運ぶとはな、スマイル。会談が控えておらんかったら、お前のような裏切り者の首などとうに握りつぶしておるところじゃ。」
オミナスの副団長、マルクスの声だ。
「そんなこと言わないでくださいよ、マルクス先生。今回は双方に利益がある取引を提案しにきただけなんですよ。お得な取引、ね。」
マルクスと話しているのは、ルシファーの研究員、スマイルだった。二人の会話を耳にした俺は、反射的に柱の陰に身を隠し、そっと頭を出して二人の様子を伺った。
「話にならん。お前にはもう何も言うことはないわい。」
「——トリニティシステム。」
その言葉を聞いた瞬間、立ち去ろうとしていたマルクスが足を止めた。
「お困りなのではないですか?例の『三つ』の処理について、ですよ。分かっています、ファスティオラの独断がなければ、オミナスは規則に従って奴らを焼き払っていたでしょう。でも今や、あの者たちは戦団の中で実績を積み、教皇の守護者にまでなりましたね。あの愚かな教皇の少女は、彼らを交渉の材料として和平への足がかりにしようとしています。保守的なマルクス先生にとっては頭痛の種でしょう?戦団があの三つを収容しているせいで、内部調査にも引っかかっているという現状を考えるとね。」
「何を言いたいのじゃ?」
「トリニティシステムを我々に返してください。」
その言葉を耳にした瞬間、背筋が冷たくなった。
「それはできん。」
マルクスは即座に返答した。
「妄想も大概にせんかい。お前たちのバイオコンピュータを返してやったところで、わしらに何の得があるというんじゃ?」
「だからこそ、取引だと言っているんですよ。私的で、事前の、ね。私たちはこの国から手を引く。この国に配置しているすべての聖胎兵器を放棄する。そして、戦闘員『
「怪しすぎるわい。そこまでしてあやつらが欲しい理由は何じゃ?」
スマイルは肩をすくめ、薄笑いを浮かべた。
「いえ、ただ単に、あなた方にとって厄介な存在であっても、私たちにとっては宝物というだけです。我々の活用方法を気にするよりも、オミナスへの影響について考えるべきではありませんか?保守派がファスティオラの行動を許すと思います?そんなはずがないでしょう。あなたもお気付きでしょうが、トリニティシステムを抱え続けることは、いずれ内部からの粛清の可能性を高めるだけです。戦団長の独断に不満を抱いている者は少なくないでしょう。」
「……」
「無傷で返してほしいとは申しません。脳だけを返していただければそれで十分です。それが無理であれば、主制御モジュールの脳だけでも構いません。いかがですか?あなたにとっても悪い取引ではないでしょう。」
「……あやつが一体何だと言うんじゃ?そこまで譲歩するほどの価値があるというのか?」
「さあ、それはどうでしょうか?オミナスに身を捧げるあなたにとっては、価値のないものかもしれませんが。余計な心配をされるよりも、目の前の危機の解決に専念されてはいかがでしょうか?トリニティシステムを抱え続けて名誉を失うか、それとも我々と譲り合い、互いに利益を得るか。どうか、賢明なご判断をお願いしたいものです。」
ここまで聞いて、俺はマルクスの返答に全神経を集中させた。冷や汗が流れ、心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。
「――考えておこう。」
「それで十分です。今回の会談が一つの契機となるでしょう。その時にはよろしくお願いしますね。それでは、会場でお会いしましょう、マルクス先生。」
「……ふん。」
二人の会話が終わり、足音が遠ざかっていく。その場に立っていた俺の膝が震え、力が抜けてそのまま地面に座り込んだ。
どうしてだ。
ここまでオミナスのために尽くしてきたのに、それでも俺たちを売ろうとする者がいる。今の状況を考えると、マルクスが俺たちを裏切り、ルシファーに引き渡そうとする可能性は十分にありえる。
いや、こうなることはわかっていた。どれだけなじもうとしても、俺たちを嫌悪し、排除しようとする人間は必ずいる。俺たちはただの人間ではない。ルシファーにとっては役に立つ実験材料であり、オミナスにとっては焼却すべき禁忌だ。この二つの組織とはどうしても相容れない。俺たちは、別の居場所を見つける必要があるんだ。
逃げるしかない。
シーとメムのためにも、俺たちは逃げなきゃならない。遠く、二つの組織が手を伸ばせない場所まで逃げるんだ。
アスガード、リリア、そしてファスティオラの顔が一瞬脳裏をよぎったが、俺は首を振り、その甘さを振り払った。
気を抜くな。
思い出せ。誰も信じてはいけない。
立ち上がり、深く息を吐き出す。
まずは、目の前の任務を片付けよう。奴らに疑われるわけにはいかない。俺が頭の中で次の手を素早く組み立てていった。
生き延びるために。
そして、我が尊厳のために。
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