第42話 鎮圧

俺の周囲では、メムのファンネルビットが蜂の群れのように舞い、俺を妨害しようとするヒューマノイド兵器を撃退している。遠くからは時折、シーの砲撃音が聞こえ、倉庫内部への敵の侵入を防いでいるはずだ。しかし、依然として大量の敵の信号を捉えている。曙の明星ルシファーがどうやってこれほど多くの兵器をこの都市に運び込んだのか、不思議でならない。


ふうっ。


雑念を振り払い、背後は仲間の姉妹に任せて、腰を落とし、体を横に構えながら、両手を前後に構える。俺が体を得て以来、反射的に鍛えられてきた戦闘態勢を取る。


目の前のイヴリスは微笑みを浮かべたまま、微動だにしない。しかし、彼女から発せられる圧は、俺の頬に一筋の冷たい汗を流させた。


初撃は、おそらく前回と同じように神速の一撃だろう。


俺は目を見開き、イヴリスの身体のどんな小さな動きも見逃さないように集中した。相手の攻撃を待ってから反応するのでは、おそらく遅すぎる。イヴリスの姿勢を分析し、次に取るべき動作を予測する。前回の戦いの記憶を辿りながら、俺の脳は圧縮された時間の中で数多くの予測パターンを生成し、対応策をシミュレーションしていた。


その間、俺はイヴリスの首に掛かっている補助装置への信号を送り、接続を試みていたが、うまくいかなかった。数回のアクセスはすぐ六花に阻止された。どうやら、正面からの衝突は避けられないようだ。


張り詰めた空気の中、俺たちの間には窒息しそうな沈黙が生まれた。周囲の喧騒がゆっくりと俺の意識から遠のいていき、今や俺の全神経はイヴリスに集中していた。


初撃はお前に譲る。見切って、反撃する。そう決意して、俺はわずかに足を後ろへ動かした。


そして、イヴリスが動いた。


素早く息を吐きながら、戦闘態勢に入った少女の目が見開かれる。リラックスしていた筋肉が一瞬で緊張し、羽が後ろに伸びる。爆発的な魔力が両脚に集まり、重力に身を任せて前傾する。まるで音を置き去りにするように、少女の剣先が瞬時に俺の防御圏内へと突き進んできた。


見えた!


俺は腕を振り下ろし、ふとももを狙ってきた一撃を弾き飛ばした。レイピアがガントレットに擦れ、火花が散る。しかし、完全に弾き返すことはできなかった。イヴリスは巧妙にレイピアをガントレットに沿わせ、剣先を俺の首元に向けてきた。


「……っ!」


俺は体をひねり、一気に横へ転がった。空中で、レイピアが俺の浮かぶ髪を切り裂く。回避する隙に、イヴリスは再び剣を引き戻した。次の攻撃が突きで来ることを感じ取りながら、俺は片手を地面について体勢を整える。右手で再び雷撃のような突きを左に弾き、勢いを利用して体を回転させ、肘打ちをする。


だが、手応えはない。視線をイヴリスに戻すと、少女は身を低くしてその一撃をかわしていた。笑みを浮かべたイヴリスは、極めて低い姿勢のまま、再び突きを構えた。


シュッ。


肩に向かって下から上へ放たれた突きをかわし、俺は前へ踏み出した。


打ち込め、懐に飛び込むんだ。怯むな、距離を開けさせるわけにはいかない。


俺はイヴリスに一息もつかせない連打を浴びせた。しかし、剣士である少女は冷静に、俺の攻撃をすべて防ぎ、受け流していく。俺が放った拳はイヴリスのレイピアに不思議なほど軽く受け止められ、力が抜けてしまう。数合を交わした後、彼女は俺のストレートを掌で受け止め、そのまま俺の力を利用して、ふわりと風船のように後方へ距離を取った。


「!?」


危険な予感が脳裏をよぎった瞬間、イヴリスのつま先が地面に触れた。わずかの間に、彼女は再び突進の態勢を整えていた。


「ガリバ流、雷歩。」


バチッ。


「ぐあっ!」


激痛が走った。音が鳴り響くのは一瞬遅れて、まるで雷鳴が空に轟いたかのようだ。音を置き去りにする稲妻のように、レイピアの剣先が俺の防御の隙を突き抜け、体に突き刺さった。予測していたものの、体が反応する前に一撃を受けてしまった。


だが、これで掴んだ。


「うおおおおお!」


痛みを無視して前へ進み、俺はレイピアが体に深く刺さるのを構わず押し込んだ。イヴリスの顔に一瞬驚きの表情が浮かぶ。彼女はレイピアを放し、体を反らせて俺の手を避けた。片足を地面に蹴りつけ、もう片方の足でレイピアのガードを蹴り上げた。


再び痛みが体を襲う。同時にイヴリスが宙返りをしながら羽を震わせ、後方への推進力を利用してレイピアを巧みに足先で引き抜いた。そして距離を取り、宙を舞う剣を再び手にした。


なんて、しなやかな奴だ。


「……ぐっ。」


こいつ、人間の常識では測れない。もっと羽の動きに注意しなければ。痛みをこらえながら、俺は再び拳を構えた。温かい液体が腹部を伝い、ポタポタと地面に落ちていく。だが、イヴリスはすぐには追撃してこなかった。彼女はレイピアの剣先をじっと見つめ、細い指でその血をそっと触れた。


目を閉じ、頬に紅潮がさす。茶髪の少女は、染まった指を自分の唇に優しく当てる。その動作により、元々桜色だった唇が深紅に染まり、まるで口紅を塗ったかのようだ。


「……っ」


「まだ、足りない。」


再び俺にレイピアを向け、イヴリスの瞳が潤んでいる。


「まだ足りないわ、私の愛しきバイオス。あなたを連れて行くには、両脚を刺し貫き、手の腱を断たなきゃならない。もう少し我慢して、痛みは一時的なもの。ちゃんと、後で補償してあげるから。」


「バイオスちゃん!」


メムがイヴリスに攻撃を仕掛けた。しかし、イヴリスのレイピアが素早く舞い、四方から襲いかかるファンネルビットを撃退した。恍惚とした表情を消し、イヴリスは眉をひそめた。


「邪魔しないでもらえる?たとえ義姉さまでも、私たちの逢瀬に水を差すのは無粋よ。ほら、追加で来るわ、六花の玩具たちが。」


「……くっ!」


「メム!」


「さあ、続けましょうか、バイオス。」


イヴリスはレイピアを軽く振り、剣に付着した血を払い落とすと、再び剣を構えた。


「次の一撃で、あなたの意識を断つわ。延髄えんずい、って言うのよね。六花が言っていたけど、そこより少し下を貫けば、しばらくの間、行動を封じられるらしい。聖胎の回復能力があるなら、数週間の静養でその傷も治るはず。もう少しだけ我慢してね。すぐに私たち二人だけの世界になる。」


「……ふう。」


身体能力は同等だが、技術の差が大きい。イヴリスのその目はすべてを見透かしているかのようで、最小限の動きで最大の効果を得ている。さすが天才剣士。俺がまだ立っていられるのは、彼女が俺を拘束しようと執着しているからかもしれない。一対一の戦いでの勝算は限りなく低い。あの自信に満ちた微笑みからして、イヴリスもそれを理解しているだろう。


でもな、イヴリス。俺は一人じゃない。


そもそも、俺たちの目的はお前を倒すことじゃない。戦術的な成果を上げるには、勝ち負けにこだわる必要なんてない。


ただ、適切な場所に力を加えればいいんだ。


「悪いな、イヴリス。」


イヴリスから意識を外し、俺は全身の魔力を額に集中させた。魔力の密度が最大に達した瞬間、俺は戦闘開始からずっと準備していた大量の演算信号を、あの地上変圧器のような装置に向けて一気に放出した。


バチッ。魔力の振動と共に、過負荷となった節点装置は一瞬で停止した。周囲のヒューマノイド兵器たちは、六花の演算信号を節点を通じて受け取っていたが、信号の短時間の中断により動きを止めた。


「……っ!雷歩!」


イヴリスは異変に気付き、焦燥の色を浮かべながら俺に攻撃を仕掛けてきた。しかし、ヒューマノイド兵器の妨害がないこの瞬間は、メムが動くには十分な時間だった。


喉元に突き刺さるようにして脊椎を貫く狙いの一撃に対して、俺は避けもせず、防御もしなかった。代わりに、俺は両腕を広げ、全身の力を込めてイヴリスに向かてタックルした。


「っ!」


延髄?そんなもの、刺せるなら刺してみろ。


だが、お前が疎かにした背後の戦略目標は、俺たちがいただく。


「メム!」


俺の号令に応じて、ファンネルビットの群れが次々と装置の黒い外殻に突撃し、貫いた。同時に、俺の首を貫く熱い痛みが襲ってきた。


衝撃の中、俺は意識を失った。

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