第37話 ペンダント

「分析。この装置は曙の明星ルシファーの何らかの端末である可能性が高い。微量ではあるけれど、聖胎の組織と思われるルーン放射が確認できる。バイオスの推論に同意する。」


ハンカチで包んだペンダントを調べながら、シーはすぐに俺と同じ結論にたどり着いた。


俺たち三人は、今アンジェリアが手配した寝室に集まり、ペンダントを囲んで慎重に調べているところだ。


「これ自体に高性能なバイオコンピュータが搭載されているとは思えないわね。」とメムが言った。


「そもそもサイズが小さいし、既知のモデルはこのペンダントに収まらないもの。でも、そうなるとさっきの幻覚の説明が難しいわ。あの歌声や映像を感覚に置き換えて処理するには、かなりの演算リソースが必要なはずなのに……」


「その点については、俺に仮説がある。」


俺は紙に図を描き始めた。まずは小さな節点をいくつか、そしてそれが一つの大きな脳に繋がる図を描いた。


「端末にすべての演算リソースを投入する必要はない。遠隔サーバー、つまりもっと高性能なバイオコンピュータが演算を代行して、その結果を端末に送るんだ。そうすれば、これらの端末自体に演算能力は必要なく、送られてきた信号を解読して正確に投影するだけで済む。」


メムは、納得したような表情を浮かべた。


「なるほど。そういう方法なら、確かに端末自体を軽量化できるわね。」


「ああ。実際、ルシファーはイヴリスの補助装置でもこの手法を使っていた。利点は分かりやすいが、欠点も明白だ。接続を切れば、端末はほぼ無力化する。」


「でも、接続さえ切られなければ、あの幻覚をずっと送り続けることができるってことよね。」


メムは少し心配そうな顔をして言った。


「聖胎が通信器つうしんきに分化してルーン信号を送る能力は非常に強力よ。この街にこの端末がたくさんあるってことは、多くの人が洗脳を受けている可能性がある……考えるだけで怖いわ。」


「同意。このペンダントは第三世代バイオコンピュータの軽量化された派生型が搭載されている可能性が高い。端末に侵入して信号を送ること自体は容易。提案。もう一つの端末を入手し、遠隔サーバーの所在地を逆探知し、攻撃する。」


シーの提案に対して、俺は首を振った。


「今俺たちの任務は教皇の護衛だ。この状況を報告するくらいしかできない。危険を冒してまで手を出すわけにはいかない。」


俺が答えた後、シーは何か言いたそうにしながらも言葉を飲み込んだ。一瞬、迷いを見せた彼女だったが、最終的に決心したようで、俺に問いかけた。


「疑問。バイオス。教皇を助けたいか?」


「なんだよ、急に。できる範囲で助けるつもりさ。ファスティオラの命令もあるし、嫌でも彼女の安全は確保しなきゃならないだろ。」


「否定。そうじゃない。」


シーは珍しく悩ましげな表情を浮かべた。


「ガーネットは、世界を良くしたい。」


「ああ、そう言ってたな。」


「バイオスも、世界を良くしたいか?ガーネットと一緒に、平和を実現したいか?」


「いや、そんなことどうでもいい。」


俺は反射的に答えた。


「俺にとって最優先は俺たち三人だ。それ以外のことは後回しだ。」


「……そう。わかった。」


シーはほっとした様子だった。なぜ彼女がこんな質問をしたのかは分からなかったが、俺はシーの頭を撫でた。すると、シーが抱きついてきた。柔らかくて、暖かいシーの感触が、ペンダントの件で高ぶっていた俺の気持ちを落ち着かせてくれた。


「むぅ!シーちゃんずるい!私も!」


メムも抱きついてきた。俺は二人の妹たちを抱きしめ、なだめた。


「よしよし。もういいだろう。そろそろ教皇に報告しに行く時間だ。それと、アンジェリアと交代もしないと。」


「ん。いってらっしゃい。」


「いってらっしゃい、バイオスちゃん!」


部屋を出て、俺は一つ息を吐いた。


ペンダントの件を除いて、どうやら歌姫という存在もルシファーの仕業である可能性が高い。だが、目的は何だ?この街に混乱を広めることが、ルシファーにどんな利益をもたらすというんだ?研究狂いの奴らが、研究資金を得るために狂った商品を作り出すのは分かるが、それも結局は研究のためだ。


ダメだ。情報が足りない。


俺が教皇の職務室へと向かう廊下を歩いていると、向こうから一隊の神官とシスターたちが歩いてくるのが見えた。


先頭には一人の少女があった。金色の巻き髪、キトゥンブルーな瞳。少女の足取りはライオンのように自信に満ちているが、同時に優雅さも持ち合わせていた。胸元には宝石で飾られた聖印が掛けられている。同じ修道服しゅうどうふくであるはずなのに、彼女が着るとまるで華麗な衣装のように見える。


少女は俺に気づき、ちらりと見下すような視線を向けた後、興味なさそうに目をそらした。その間、後ろに従う神官やシスターたちが次々と彼女に報告や質問をしていたが、少女はそれに対して簡潔に答えていた。


ああ、なるほど。確かに王者の風格がある。ガーネットと比べると、その差は一目瞭然いちもくりょうぜんだ。おそらく彼女が、もう一人の教皇候補であり、現役の枢機卿で、「天才少女」と評されるエリザベスなんだろう。


俺は道を譲り、エリザベスとすれ違った。


そして。


反射的に俺は急に振り返った。手を伸ばし、その隊列の中にいる一人のシスターをしっかりと掴んだ。


視界の端で、エリザベスが驚いてこちらを見返しているのが分かった。だが、俺はそんなことに構っていられず、掴んだ手にさらに力を込めた。


俺が掴んだのは、茶色の髪を持つシスターだった。大きな眼鏡をかけ、髪は二つの三つ編みに結ばれており、顔にはいくつかのそばかすがあった。ぱっと見は目立たないが、よく見ると端正な顔立ちをしている。この若いシスターは、唇を震わせて怯えた表情を浮かべていたが、それはむしろ笑いをこらえているように見えた。


「お前、なぜここにいる?」


それよりも気になるのは、彼女の体から感じる魔力の残り香だった。微弱ではあるが、俺を欺くことはできない。かつて何度も対峙した、戦闘員特有の匂いだ。


「……イヴリス!」


俺がその名を噛みしめるように呼んだ瞬間、若いシスターの顔は影の中で三日月のような笑みを浮かべた。

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