第三章 浄火の御子

第34話 プロローグ 聖都の朝日

「この機会に、少し昔の話をしましょうか。」


朝日を背に受け、教皇の近衛戦闘シスターアンジェリアは、風で翻るスカートを片手で押さえ、もう一方の手で頭巾の下から覗く金髪を耳にかけた。シスターの美しい顔立ちに、隣に停まっている戦闘輸送機の影が落ちている。


「ずっと昔々のこと。人類の生活圏は非常に狭く、世界もまだ汚染されていました。内戦と外敵に挟まれ、魔物が生活圏を侵食し、種として滅びかけていた時、 人類の救世主と呼ばれる少女が現れたのです。彼女は最終的に世界に平和をもたらし、人類の繁栄を守りました……彼女が魔物の王に勝利した悲惨な結末は、あなたたちも知っているでしょう。今から話すのは、その後の彼女の子孫たちの物語です。」


「子孫、か。」


「ええ、そう、子孫よ。人々は聖女様を純潔無垢な少女だと想像することが多いですわ。でも実際のところ、史料によれば、あの方は想像以上に情熱的だったようです。」


シスターは笑った。それは感情が読めない、見た目だけの笑みだった。


「戦いの反動か、政治的な意図か、あるいは単に恋に落ちやすい性格だったのか。あの方は、ひとたび浄化が終わると、その地域に最低でも一年は留まっていました。相手は老若を問わず、種族や身分も一切関係なし。基準は分かりませんが、現地の人々が何らかの形で聖女様の心を動かし、その寵愛を受けたのでしょうね。各地に残る物語によると、それはもう、情熱的で劇的な恋愛ばかりです。史官が眉をひそめ、真偽を疑うほどの劇的なエピソードも少なくありません。」


ここまで語ると、シスターアンジェリアの笑みはさらに深まり、淡々とした口調にもわずかな高揚感が漂い始めた。


「そんな美しい恋物語の結末には、必ず人類の運命を背負う聖女がその恋人を置いていき、救世の旅を続けたのです。振り返ることなく、残していくのはただ一つ――愛の結晶です。」


「愛の、結晶?それって、子供のことですか?」


俺の隣にいたメムが目を大きく見開いた。彼女の声には、少し興奮した様子が感じられた。


「ふふ、そうよ。奇跡の結晶、熱愛の果実、未来への希望……どう呼ぶかはお任せします。聖女様の血を受け継いだ子供たちは成長し、やがてはその土地の力、信仰、そして政治の象徴となりました。そしてもちろん、美貌と力を受け継いだ彼らは、次の世代にもその血を繋いでいったのです。こうして、この世界には聖女様の血脈が広がり、今に至っています。そして、その血を集めて奉仕させ、救世の力と理念を継承すること、それが教会の存在意義なのです。」


アンジェリアの背後で輸送機が浮上した。慈母のように両腕を広げるシスター。その後ろに隠れていた景色が、輸送機の上昇に伴って広がっていく。


「ようこそ、聖血の継承者たちよ。我が姉妹たち。ここが、聖女様の継承者たちが集う教会都市ガンティルファンです。」


目に飛び込んできたのは、精巧で尖塔を備えた数多くの建物群だった。建物の彫刻に反射する金色の光が、厳かな雰囲気を漂わせていた。遠くの都市の境界には、蜂の巣状のガラスドームがあり、外界の氷雪を遮断し、内部は温暖な温室を作り出している。耳を澄ませば、鐘の音や、朗々と響く聖歌の声さえ聞こえてきた。


「……姉妹って言ったか?まさか、お前も聖女の子孫なのか?」


シスターアンジェリアの言葉に何かを感じ取った俺は、驚いて彼女を見た。彼女の顔には相変わらず皮肉めいた笑みが浮かんでいたが、頷いた。


「ええ、そうですよ、シスターバイオス。遠戚として、よろしくお願いしますね。」


俺が次の反応を見せる前に、シスターはさっと背を向けた。


「教皇様が待っています。非公式の会見をすでに手配していますので、どうぞ私についてきてください。」


シスターの後に続き、私たちは建物上部にあるヘリポートを降りた。


ほどなくして、庭園が目の前に広がった。色とりどりの花が優雅に咲き誇り、その中央には丸いテーブルが置かれていた。テーブルの上には数杯の温かい紅茶と、デザートが乗ったケーキスタンドが並んでいた。


テーブルには、一人の少女が座っていた。白金色の髪に、華やかな衣装をまとい、頭には宗教的意匠を凝らした高い帽子を被っている。少女の瞳は清らかで好奇心に満ちていた。すぐに気づいた――この少女こそが、今回俺たちを召見した人物なのだろう、と。


アンジェリアは少女の傍に立ち、笑みを引っ込め、姿勢を正した。


「ご紹介させていただきます。こちらが、現任の教皇ガーネット・ルミナス・ファリサイ三世でございます。」

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