第33話 エピローグ 火種

俺は階段を降りながら、思わず周囲を見回していた。


深淵。これが最初に頭に浮かんだ言葉だった。


地下にあるというのに、狭苦しさや低さを感じさせない。巨大で螺旋状に続く階段には、装飾された手すりがついている。至る所に小さな彫刻や金物細工が見られ、それらの多くは鳥や翼の姿をしていた。


しかし、階段の装飾よりも俺を引きつけたのは、階段を囲む壁面だった。


石造りの壁には、大人の頭ほどの大きさの凹みが多数あった。その一つ一つに、壺のような形をした容器が収められており、上にはガラスの小窓が付いていた。小窓からは、中で揺らめく青い炎が見える。何千、何万というこのような壺が整然と壁に埋め込まれ、そこから漏れ出す青い光が闇を照らしていたが、それが俺に不気味さを感じさせた。


壺の中身をじっくり見る間もなく、何か硬いものが背中を突いた。おそらく銃口だろう。背後の騎士の無言の催促を感じ取り、俺は足を早めてさらに下へと進んだ。


どれほど下り続けたか分からない。周囲の青い光の群れが目眩を引き起こすほどに感じた頃、ようやく階段の底にたどり着いた。


来た道が精巧せいこうに作られた階段だとすれば、ここはまさに古代の地下墓所である。


開けた空間と太い柱が目の前に広がっていた。石柱に囲まれた回廊を抜けると、巨大な石造りの炉が現れ、青い炎が激しく燃え上がっている。


数人が炉に背を向け、視線を俺に向けている。青い光を反射する鎧から、全員が全身武装した騎士であることにすぐ気づいた。


その中でただ一人、鎧をまとっていない者がいた。緩やかな黒髪を持ち、他の巨人たちに劣らない体格で、肩に大太刀を担いでいる。


副長のマルクスとアスガードが他の騎士たちと共に扇形を作り、俺を囲んだ。


思わず唾を飲み込み、俺はただ指示に従い、戦団長の前、およそ五歩の距離に立った。


「ここは、我々が『焼却の聖堂』と呼ぶ場所だ。」


立ち止まったと、ファスティオラが口を開いた。


「我々凶鳥オミナスの使命は、ここで完遂される。見えるか、この密封された壺たち。これらの真空の容器には、それぞれ聖胎が封印され、浄火の火種が植え付けられている。我々が集めた聖胎はここに安置されているのだ。封印された聖胎は、空気のない環境でも燃え続ける不滅の聖火によって、長い時をかけて真の安息を迎えることになる。」


「……」


「聖胎そのものには強い不死性がある。そのため、あらゆる栄養源、空気をも断ち切り、浄火で焼却するしかない。一グラムの聖胎を灰にするには一年かかる。しかし、十分な養分が与えられれば、聖胎は一時間で一グラム成長する。一度に多くを焼くことはできない。小さく切り分けなければ、聖胎は自己分化し、特殊な構造を作って火種を消してしまうのだ。」


カンッ! 戦団長は大太刀の鞘を地面に激しく叩きつけた。


曙の明星ルシファーの研究事業と我々の悲願は相容れないものだ。」


戦団長の隼のような視線が、俺を突き刺すかのように向けられた。


「君の姉妹たちほどの大きさの聖胎を焼くには、相応の手間がかかる。簡単ではないが、我々にとっては慣れたものだ。」


「っ……何が言いたい?」


「君は先の戦いで、ルシファーのバイオコンピュータと戦闘員候補を逃がした。マルクス。」


「証拠は揃っておる。」


歴戦の風格を持つ老者が、落ち着いた口調で語りかける。


「わしが送り出した者から、細かい報告が届いとる。お前はイヴリス・フォン・ヴァンデルシール・ガリバにとどめを刺さなんだ。そればかりか、曙の明星ルシファーのバイオコンピュータとの戦闘でも、相手が故障したにもかかわらず、追撃せず、見逃した。これは、どう考えても反乱行為としか言いようがない。」


「っ!あの時、他の者たちは双子の攻撃範囲内にいた。無闇に戦えば、巻き込むことになる!」


「それでも戦わねばならなんだ。お前らはすでに従者サーヴァントの地位を与えられ、戦団の一員となっとるのじゃ。聖胎を見逃した、その事実ひとつで処罰には十分じゃ。」


「っ」


「団長、発言を許可していただきたい。」


アスガードが手を挙げた。ファスティオが頷いたのを確認すると、彼は俺と副長の間に立った。


「関連の報告は僕も確認しました。しかし、副長とは見解が異なります。あの時、バイオスが戦闘を選んでいたら、戦場で敵の装備を制御していたシーとメムに被害が及び、戦場がさらに混乱していた可能性が高いです。これ以上説明するまでもないでしょうが、前回の戦闘では、敵の数は我々の予想をはるかに上回っていました。もしバイオコンピュータ対策チームの活躍がなければ、騎士ナイトはともかく、従者サーヴァントたちの損害はさらに拡大していたことでしょう。交戦しなかった判断は正しいものです。」


「ふん。損害が出ることくらい、最初から織り込んでおる。我らが戦団は、そんな程度の変化に対応できんほど脆弱ではない。アスガードよ、わしが今話しておるのは、凶鳥オミナスとしての核だ。代償を惜しまず、あらゆる手段を尽くして聖胎を回収する。それこそが我らの使命なのじゃ。お前の言い分など、ただの詭弁に過ぎん。」


「ですが、副長、作戦行動は損耗を考慮するべきです。代償を惜しまないという考えは、古い時代の間違ったものです!」


「甘いわ!志を遂げるためには、犠牲は避けられん。この場にいる者たちは皆、それを覚悟しとるのじゃ。お前があの小娘を庇うことは、団員たちの信念を裏切る行為に他ならん。聖胎を回収するまで、戦い続けるべきだったのだ。損傷が出たとしても、それは当然のことじゃ。もしそれすらできんと言うのなら、その鎧を脱ぎ捨てるがよい。」


「それは聞き捨てならない!副長、あなたのその考え方が、僕の部下たちを死に追いやることになる!僕は死を恐れているわけではない、効率の問題を話しているんです!皆が生き残れるのなら、なぜ無駄な犠牲を出さなければならないんですか!それに、バイオスは何一つ誤った判断をしていない!」


二人の口論は白熱していった。俺を処罰しようとするマルクスと、俺の行動は正しかったと擁護するアスガード。二人の騎士の激しい争いの中で、ファスティオラは眉をひそめるだけで、一言も発さなかった。


「もういい。」


二人の騎士が口を閉じ、ファスティオラに道を譲った。戦団長が俺を見下ろし、大太刀の鞘を俺の肩に置いた。


従者サーヴァントバイオス。」


「……はい。」


「第六世代のバイオコンピュータ二名と、戦闘員の一名を、君の手から逃がした。それは故意か?」


「違う。戦闘を開始すれば、戦況に悪影響を及ぼし、シーとメムがリリアを救出できなくなる可能性があったためだ。」


「バイオコンピュータが故障したのに、なぜ追撃しなかった?」


「……奴らの自傷行為に驚き、即座に反応できなかった。」


「反逆の意思がないと、どう証明する?」


「証明はできないが、俺の姉妹に誓う。」


ファスティオラは数秒間静かに俺を見つめ、それからゆっくりと顔を背けた。大太刀が俺の首から離れる。


「次はないぞ。」


「お嬢!」


マルクスがさらに抗議しようとしたその瞬間、彼は急に動きを止めた。独眼の老者が聖堂の入口に向かって睨みつけたのだ。遅れて半秒、俺も誰かが近づいてくることに気づいた。


カッ。カッ。カッ。その足音は、戦団の軍靴のものとは違い、前世で耳にしたことのあるハイヒールの音に近かった。


「あら、集会の邪魔をしてしまいましたかしら?」


銀鈴ぎんれいのように柔らかく、甘ったるい女性の声が響いた。俺が振り返ると、黒い修道服をまとった女性がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。彼女は妖艶な体つきをしており、片眼鏡をかけ、目を細めて微笑んでいる。頭巾の下からは、薄くピンクがかった金髪が覗いていた。


「……シスターアンジェリア。」


マルクスが目を細め、不快と敵意を隠さずに放った。


「ここで何をしておる?教皇の近衛戦闘シスターとはいえ、許可なくオミナスの禁域に踏み込めば、死罪だぞ。」


「失礼な言い方ですね?副団長マルクス。」


シスターは微笑みながら、手に持っている物を掲げた。それは精巧な金色の籠で、豪華な装飾が施され、中には封印された箱がいくつか入っていた。彼女はそれを軽く揺らす。


「教皇の勅命に従い、新しい火種をお届けに参りましたわ。」


「……ふん。」


マルクスは鼻を鳴らし、それ以上何も言わなかった。代わりにファスティオラが口を開いた。


「シスターアンジェリア、何の用だ?もし用がないなら、火種を置いて立ち去るがよい。」


「まあまあ、戦団長。そんなに急かさないでくださいな。教皇からのちょっとしたお願いをお伝えしに来たのです。」


シスターの視線が俺に向けられた。その視線を受けた瞬間、俺は思わず震えた。なぜかと言えば、それはまるで舐め回すような、欲望に満ちた視線だったからだ。


「……ふふっ。ふーん?」


カッ!


戦団長の刀の鞘が再び地面を打ち鳴らした。


「話を早く済ませろ。シスターアンジェリア。私は忍耐強い方ではない。」


「はい、はい。では、無駄な挨拶は省きますわ。端的に言いますと、教皇様があちらの少女――今回戦功を立てたバイオス三姉妹を直接お目にかけたいと仰せです。三人を教皇様の側にしばらく置いておきたいとのことです。」


アスガードが驚きの表情で目を見開いた。


「教会も聖胎に反対の立場ではありませんか?彼女たちは我々の団員だが、出自は……」


「ええ、その点については、教皇様と枢機会で既に話し合われています。バイオスのような事例は、教会では『聖血の継承者』と見なすことになり、畸形として扱われるわけではありません。ですから、拝謁自体には何の問題もございませんわ。」


「出鱈目じゃ。」


マルクスが吐き捨てたが、修女はただ肩をすくめるだけで、まるで気にした様子はなかった。


「さて?どうしますか?ファスティオラ戦団長。この要求に対するあなた方の態度次第では、次回の火種供給の優先順位が変わるかもしれませんよ?」


「卑怯者め。聖胎禁止法をこの国で通過させたくせに、結局はその体たらくとはな。」


「まあまあ。副団長もご存じでしょう?あの法律はただ凡人同士の殺し合いを防ぐためのものでしかありません。私たち超越者は、そもそも人間の法律に縛られる必要などないのですわ。さて、戦団長?承諾しますか?しませんか?」


「いいだろう。」


「……お嬢。」


「構わない。こんなことで教会と揉める必要はない。」


「ふふっ。では、決まりましたね。」


シスターは籠を地面に置き、俺に向かってにっこりと微笑んだ。美しい顔立ちではあったが、俺にはそれがまるで肉食獣の表情に見えた。彼女は両手で俺の手を握り、優しく撫で始めた。


「よろしくね、バイオス。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る