第31話 デュエル

「この国はもう終わりね。そう思わない?私のバイオス。」


「はっ…はっ…はっ…」


汗が目に染みる。痛みをこらえながら、片膝をついた俺は息を荒げ、どうにか目の前の人物に視線を向けた。


悠然と、イヴリスが一歩を踏み出す。ブーツに包まれた脚は細く長いが、適度な肉付きがある。少女は鼻歌ながら、まるで散歩でもしているかのように、優雅にその脚を運ぶ。その動きは精妙で、まるで前世で見たモデルのように、自らの魅力を存分に発揮する歩みだった。かつて彼女が長い間ベッドで過ごしていたことを思えば、この光景は何とも言えない違和感に満ちていた。今のイヴリスの動きは極めて自然で、ぎこちなさがまるでなく、病で歩けなかった過去などなかったかのようだ。


イヴリスはレイピアを持ち上げ、その刃をじっと見つめた。刃が月光を反射し、銀の光沢の中に朱色の雫が浮かぶ。白い手袋をした少女の指先が軽く刃を弾くと、低い振動音が響き、レイピアの血痕が落ちた。同時に、白い手袋の指先も赤く染まる。


「周辺諸国から四方八方に攻められ、民は流出していく。曙の明星ルシファー凶鳥オミナスがこの国で代理戦争を繰り広げている。議会の貴族たちが操られ、対立する法案ばかりが通り、王権はすでに空洞化し、戦争屋たちは好き放題。民は困窮し、経済は衰退、物価も高騰。救世という名目で恩恵を施しながら、狂信者たちを吸い上げている教会も、また一つの問題ですわ。この壊れかけた国が今なお動いているのは、巨大な歯車の惰性に過ぎませんの。」


シュッ。イヴリスは剣を一閃し、美しく剣を回すと、ゆっくりとレイピアを地面と平行に構えた。伸ばした腕と剣は、少女の真っ直ぐな姿勢と鋭角を成す。白い翼は少し折りたたまれ、まるでショールのように肩にかかる。その姿勢は、剣の素人でも思わず見とれてしまうほどの優雅さだった。


「幼い頃、お父様はこう言ったわ。『ガリバの剣は国を救い、民を守る剣』と。剣は魔物や異種に向かい、剣先の行くところ、不義を断ち切るもの。剣は力のためではなく、愛するもの、守りたいもののために存在する、と。お父様はいつも、この国を良くするために奔走していた。でも、その背中を見ているだけで、私にはただ——」


少女の顔に、薄い嘲笑が浮かんだ。


「——つまらなく思いましたわ。」


イヴリスは一歩一歩、ゆっくりと俺に近づいてくる。その体から放たれる剣気が、次第にはっきりと感じられた。


「結局、この国には斬る価値のあるものなんてもう残っていない……。ああ、オミナスやルシファー、教会なんかはもちろん数に入れないでくださいね。あれらはこの国にとって、ただの不純物ですから。私が病気で剣を振るえなくなったとき、実のところ、ほっとしたんです。もし、あんなものが『王国の未来の星』で、この国最強の剣士だなんて言うなら、私もう剣を振るう興味なんてないわ。つい最近、私の足が感覚を取り戻したときでさえ、まだ疑問に思っていたんです。いったい私はこれから何のために剣を振るういいのかって。」


イヴリスの嘲笑の表情が、突然消えた。


「でもね、私はあなたに出会ったの。」


「……」


「あなたを思うと胸が締め付けられて、痛くなる。あなたを待っていると、夜がとても長く感じる。そして、あなたと話していると、世界が七色に変わるように思えた。やっと、お父様の言っていたことがわかりましたわ。」


桜色の小さな唇が、言葉を紡いでいく。しかし、その言葉は俺にとって、どうにも支離滅裂しりめつれつで、筋が通っていない。もしかすると、彼女が先ほど言っていた薬の影響かもしれない。目の前の少女は、ただ一方的に、懸命に何かを伝えようとしているだけに見えた。


「退屈なこの世界で、あなたが現れた。文字だけだったけれど、あなたの言葉は私の心に沁み込んだ。そして、私は悟ったわ。かつて、あなたが私の部屋に現れたとき、呪いを解くためのお騎士様だと思った。でも、それは違っていたの。あなたが私にキスするのではなく、私があなたに口づけを捧げるべきなのですわ。」


「……イヴリス。」


「私はお姫様ではないし、あなたもお騎士様じゃない。私が、守られる存在でも、施される存在でもない。剣を振るう。この気持ちを、あなたに伝えるために。バイオス、これから証明するわ。私がいれば、あなたに武装なんて必要ない。ただ私に身を委ねればいい。あなたのためなら、私は世界を斬り開くことができる。」


少女は剣を俺に向けた。その狂熱的な表情と、恋焦がれるような眼差しは、彼女が放つ剣気の鋭さと強烈な対比を成していた。


「――私の剣は、あなたに捧げるわ。」


「なぜだ?」


「ん?」


「なぜ、俺たちは今日まで一度も顔を合わせたことがない。文字でしか交わしていないのに、どうして君はそんな感情や執着を俺に抱いている?全く、理屈が通らない。」


「まあ。意外とナイーブなのね、私のバイオス。」


イヴリスは微笑んだ。美しく。


「恋とは、そういうものなのよ。」


言葉を言い終わると同時に、イヴリスの姿が俺の視界から消えた。


一閃。


銀の光が蛇のように俺の胸を走り抜ける。冷たい感覚に思わず下を見下ろすと、制服のシャツからボタンが一つ消えていた。目を上げると、イヴリスはすでに俺の背後に現れ、再び突進してくる。


「一つ。」


「……っ!」


素早く舞う剣撃をガントレットで受け止めようとする。しかし、剣の切っ先は俺の防御をすり抜け、再び胸元をかすめた。


「二つ。」


視線を必死に追いかけ、次の一撃をようやく捉えたが、少女のレイピアが一瞬滑り、俺のガントレットの留め具を器用に断ち切った。


「三つ、四つ。」


ガントレットが地面に落ちる前に、背後から温かく柔らかな体が俺に密着する。イヴリスの細い指が俺の喉元を優しく撫で、肩越しに手を差し出してくる。手のひらがゆっくり開かれ、そこからポロポロとボタンが落ちていった。彼女の温かい吐息が耳元で感じられ、顔が俺の首筋にそっと埋められる。


「そして、最後の一つ。」


「……っ!」


「バイオス……ああ、バイオス、私のバイオス……」


まるで慈しむかのように、少女は俺の名前を何度も繰り返す。剣を持たない手が、俺の開いたシャツの中に滑り込み、その指先が俺の肌に触れると、体に寒気が走った。


「ふふっ。」


軽く笑うと、少女の手がそっと俺の下腹部へ滑り込んできた。そして――


俺は、ため息をついた。


「……そろそろ、か。」


「え?」


驚いた声と共に、少女の腕が俺を抱きしめていた力が緩んだ。レイピアが手から滑り落ち、イヴリスは力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


俺は乱れた制服を整えながら、茫然としている彼女を見下ろした。


「悪いな、イヴリス。最初から、俺はまともに決闘するつもりなんてなかったんだ。」


「何、が……どうして、急に……体が……」


「ああ。ついさっき、君の首に付いている装置に侵入して、体をサポートしている演算信号を遮断したんだ。第六世代のバイオコンピュータは確かに厄介だが、シーやメムと同時に相手をしていたから、隙を見つけられたんだ。それに、そのサポート装置自体は第三世代だからな。自分で考える力なんてない。ただ単に信号に反応する小脳みたいなもんだ。権限を改ざんして、自壊の指示を送ったら、それでおしまいさ。」


「……っ!そんな、こと……!」


イヴリスは必死に立ち上がろうとするが、身体は彼女の意思に応えなかった。レイピアに手を伸ばすが、俺はそれを一蹴りで彼女の手の届かない場所へと蹴り飛ばした。絶望が少女の顔に色濃く浮かんだ。


その表情を見た瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。だが、ためらいを振り払うように頭を振り、俺はイヴリスに手を差す。


「無駄だ。勝負は決まった。降参しろ、イヴリス。君の処遇については、できる限り善処を頼んでおく。」


「――否定。それだと困るよね。そうでしょう、サヨ。」


「――肯定。それだと困るわね。そうでしょう、ミギハ。」


「っ!」


直感に従い、俺は慌てて頭を横に傾けた。閃光が俺の顔の位置を掠め、その隙に何者かが目の前で倒れていたイヴリスを奪い去った。すぐに戦闘態勢を整え、俺は新たに現れた敵を睨みつける。


現れたのは、双子だった。


淡い金髪を高くサイドポニーに結い上げ、純白のドレスを纏っている。二人は鏡像のように並んで立ち、幼い顔には機械的な冷たさが漂っていた。片方はその幼い体に似つかわしくない怪力でイヴリスを抱え、もう片方は俺に向かって指を差し出している。その指先からは、わずかに魔力の光が滲み出ていた。


「……何者だ?」


「私は曙の明星ルシファー第六世代相互監視型ミューチュアルサーベイランスバイオコンピュータ、ヂュエルシステムのサヨです。」


「私は曙の明星ルシファー第六世代相互監視型ミューチュアルサーベイランスバイオコンピュータ、ヂュエルシステムのミギハです。」


「『お初にお目にかかります、お姉さま』」


二人は声を揃えて、俺に向かって軽く一礼した。


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