第29話 突入

「時は来た。」


アスガードがそう言った時、俺の肩が思わず震えた。


「我々が進めていたガリバ公の秘密捜査だが、すでに十分な証拠が揃っている。議会と教会は共同で非難声明を発表し、強制捜査の命令にも署名した。これから、オミナスの武装調査団がガリバ公領に介入し、捜索を行うことになる。」


柔らかな雰囲気を一変させ、若き騎士は厳しい表情で黒板に貼られた資料を指した。


「だが、同時にガリバ公領にはすでに多数の部隊が集結している。大公は徹底抗戦を企てており、調査団の強制捜査を拒絶する構えだ。それに、曙の明星ルシファーのメンバーも多くの物資を持ち込んでおり、その中には大公を支援する戦闘員が含まれている可能性が高い。」


アスガードはチョークでガリバ公領の国境部分にいくつかの印をつけ、さらに説明を続けた。


「大公領は調査団が到着する前に、完全に陣地化され、防衛戦の態勢に入る可能性が高い。今回の捜査は、直接大規模な武装衝突に発展する可能性がある。曙の明星ルシファーは、この機会に聖胎を用いた武装を導入してくるかもしれない。今回の作戦では、我々の任務は侵入して速やかに聖胎関連の設備を無力化し、可能な限り戦損を抑えることだ。」


「アスガード様。でも、そうなれば内戦に発展してしまいます。」


リリアの顔は青ざめ、唇は震えていた。


「この国の軍政を担うガリバ公が包囲されたら、すでに王国に宣戦布告している周辺国は確実に……」


「リリア。」


アスガードはリリアの言葉を遮った。


「君の懸念はよくわかる。僕も同じ心配をしているから、ここで慰めの言葉を言うつもりはない。しかし、副長がよく言うように、今の我々はオミナスの一員として、まず自分たちの誓いを果たすことが最優先。その後で、他のことを考えるべきだ。わかるかい?」


「……」


「もちろん、戦団としてガリバ公との対話の可能性を捨ててはいない。しかし、我々には自分の任務を遂行する責任がある。もし我々が成功して、曙の明星ルシファーの大規模な殺傷兵器や陣地兵器を稼働させる前に無力化できれば、この国が内戦で消耗するのを防ぐことができるだろう。我々の任務は重要だ。気を引き締めてくれ。」


「……はい、わかりました。」


「よし。副長の命令に従い、この作戦ユニットは即時、捜査団の指揮下に編入される。捜査団と共にガリバ公領へ出発することになる。リリア、僕は突入チームに編成され、ルシファーの戦闘員との戦闘を担当するため、隊の指揮は君に任せる。君の任務は、指揮センターで陣地を展開し、移動式のポットを設置し、いつでも状況に対応できるようにすること。戦闘が始まれば、ルシファーは前回と同様に、バリアを展開して周辺のルーン通信を遮断する可能性が高い。今回の任務では、装備の妨害や情報提供だけでなく、状況が悪化した場合や必要な時には、隊員を率いて情報をガリバ公領外の支援部隊に届ける役割も負うことになる。」


「……はっ!」


「よし。」


アスガードは一同を見渡し、軽く頷いた。


「ブリーフィングは以上だ。解散。」


「みんな!」


アスガードが部屋を出た後、リリアが手を叩いて注意を引いた。


「作戦開始!各員、B種装備に着替えて!戦闘配置!第三格納庫に集合!」


シーとメムが慌てて戦闘装備を着込み始めたころ、俺はリリアに歩み寄った。


「……リリア。」


「バイオス、イヴリスに対して何か特別な感情があるのかもしれないけど、それは今のうちに捨てたほうがいいわ。個人的な感情が任務に影響しないように。これが先輩としての忠告よ。アスガード様が言っていた通り、私たちにはそんなことを考えている暇なんてないの。それに、今回の任務であなたたちが自分たちの有用性を証明しなきゃならないこともわかっているでしょう?他人を気にしている時間なんてないはずよ。」


「……ああ、わかってる。」


「ん。」


リリアは頷き、小さな肩にバッグのストラップを掛けた。


「準備ができたら、出発よ。」


俺たちはリリアに続き、格納庫へと向かった。目の前には巨大な輸送機が三機並んでいて、多くの従者サーヴァントたちが案内役の指示に従って機内へと歩を進めていた。人々の喧騒や排気孔から立ち上る熱気、点滅するランプの光に、俺の頭は少しぼんやりしてきた。ふと遠くを見やると、一隊の騎士ナイトが重装備を持ちながら専用の輸送機に乗り込んでいく姿が見えた。その中にはアスガードの姿もあった。


若き騎士は輸送機に乗り込む前にヘルメットをかぶった。頑丈なヘルメットがその顔を覆い、目の部分が一瞬、赤く光った。


俺もシーとメムに続いて、輸送機に足を踏み入れた。ジェットエンジンの吸気音が響く中、ふわりとした浮遊感が身体を包み込んだ。窓の外を見下ろすと、夜の闇に包まれた地上が少しずつ遠ざかっていくのがわかった。


不意に、イヴリスのことが頭に浮かんだ。あのいつもベッドに横たわっている少女、そして彼女の微笑みが。


俺はその記憶を心の中で蓋をして、隠すように努めた。目を閉じ、静かに旅路の終わりを待つことにした。


そして。


激しい振動で微睡んでいた俺は目を覚ました。


「エンゲージ!エンゲージ!敵地の地上砲火が襲来!全員、耐衝撃準備!」


止むことのない砲撃音、夜空に次々と火花が弾け飛んだ。俺は体を安定させ、窓の外に目を向けた。傾いた視界の中、対空砲が無数に空へと火を放っている。曳光弾えいこうだんが輸送機の機体に命中する寸前、閃光と振動が走り、バリアによって弾道が逸らされた。空気中には、火薬とルーンの残り香が漂っている。


「着陸地点を確保せよ。バイオコンピュータ小隊を迅速に降下させろ。」


輸送機内の通信装置から、かすれた老いた声が響く。マルクスだ。


「了解!撃て!」


ドン!


砲撃の音が響き、上空からの一撃が下方の対空砲を捉え、火花を散らしながら爆発。煙と破片が舞い上がる。砲火の合間に、艙内の赤いランプが緑に変わる。俺は装備の酸素マスクを顔に装着した。減圧のシューという音と共に、輸送機のハッチが開いた。


「ザー…ザーッ、バイオコンピュータ対策小隊、全員降機!」


訓練で叩き込まれた反射のままに、俺はリリアに続いて輸送機から飛び降りた。

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