第28話 車椅子の剣姫
俺たちがポッドを使ってガリバ大公邸に潜入し、証拠を集める作戦の成果は限られたものだった。
大公邸内には
俺たちの調査は抵抗を受けることなく進行し、今のところ露見する兆候もなかった。ただ、進展もほとんどなく、作戦は停滞しているようにも見えた。
変数があるとすれば、恐らく俺とイヴリスの対話だけだろう。
俺はさらにイヴリスに注目することにした。対話を求めている深窓の令嬢は、無意識のうちに父親との会話の断片を漏らし、それが重要な手がかりとなった。その断片的な情報は、スパイたちに方向性を与え、徐々に俺たちは大公とルシファーの取引の詳細をつかみ始めた。大公はルシファーから大量の武器を事前に購入する契約を結んでいたが、その契約はすべてイヴリスの病状に基づいていた。大公は、ルシファーがイヴリスを治癒するまで、さらなる動きを見せていないようだ。
イヴリスとの会話を通じて分かるのは、普段、大公と彼女が過ごす時間は少ないということだ。しかし、大公が娘を深く愛している様子も垣間見えた。彼はイヴリスのために特別に設計された数々の補助具を準備し、さらに取引までして、娘の病の解決策を手に入れようとしている。
イヴリスが、父親が自分のためにしていることをどう思っているのかは分からない。俺も、その話題に触れることは避けている。
特に、彼女の過去を知ってからはなおさらだ。
「ある意味で、イヴリス・フォン・ヴァンデルシール・ガリバはこの国でかなり有名な人物よ。」
ある日、ディープダイブの後、リリアがプールの縁に座りながら俺に話しかけてきた。彼女は裸足を伝導液に浸し、揺らして小さな波紋を立てていた。目を伏せ、肩にかけたタオルで燃えるような赤い髪を拭きながら、何かを思い出すように言葉を紡いだ。
「王国の三大公家の一つ、軍事を司るガリバ一族の一人娘として、イヴリスの誕生は多くの注目を集めたわ。『星斬り』と呼ばれた彼女は、本来なら王国の頂点に立つはずだった――もし両足が動かなくなっていなければ、ね。」
「星斬り、か?」
「ええ、そうよ。剣姫、星斬り。それは王国の貴族たちがイヴリスを嘲笑するために与えた渾名……もっとも、その称号がかつては本物の称賛だったのは事実だけどね。」
リリアは片手で冷却池の水を掬い上げ、掌に映る水面の反射をじっと見つめた。
「幼い頃、病がまだイヴリスを蝕んでおらず、筋肉や骨、神経が侵され、下半身が麻痺する前に、彼女は王国を震撼させたんだ。あるパーティーで、無謀な若い騎士が、当時まだ十歳にも満たないイヴリスに求婚した。」
「はあ。」
この世界にも、そんな考えを持つ奴がいるのか。いや、単なる興味というよりも、結婚すれば得られる権力に目がくらんだのかもしれない。俺が眉をひそめるのを見て、リリアが微笑んだ。
「ええ、あなたの考えもわかるわ。でも、この国の貴族にとって、あの年齢で婚約者がいることはそれほど珍しいことではないの。その若い騎士も、ただの者ではなかったわ。魔物や異種との戦いで輝かしい戦績を挙げ、将来有望な英雄だった。民衆からの支持も高く、多くの貴族が彼の後ろ盾になろうとしていたのよ。『王国の未来の星』とまで呼ばれていた。そんな彼に、ガリバ大公はこう言ったの。『私の娘と決闘して勝ったなら、彼女を嫁にやろう』と。」
リリアは一瞬、言葉を切った。
「会場にいた全員が、大公が娘の婚約を承諾したのだと思ったわ。たぶん、大公自身もその結果を予想していなかったでしょうね。」
「まさか」
「ええ。騎士は敗れた」
「……」
「想像できる?戦争の英雄で、経験も体力もトップクラスだった騎士が、十歳にも満たない女の子に敗れるなんて。その騎士が持つ大剣は、ガリバ大公がイヴリスに贈ったレイピアによって一刀のもとに断ち切られたの。体力も経験も遥かに劣っていたイヴリスは、天賦の才と剣の理を直感で見極め、わずか一太刀で王国の明星を地に落とした。」
リリアは手首をひねり、掌の水をプールに戻した。
「なるほど。それで『星斬り』か。」
「そう。でも、彼女の結末はもう知っているでしょう?今のイヴリスは、もう剣を振ることができない。」
リリアはプールの縁から立ち上がり、タオルで身体を包みながら続けた。
「物語にはまだ続きがあるの。王国の未来の星が落ちた翌日、周辺国が一斉に王国に戦争布告を突きつけたわ。その後、約5年にもわたる泥沼の戦争が続き、今もなお終わりを迎えていない。噂では、もし彼女があの英雄を倒していなければ、虎視眈々と狙っていた周辺国も、今なお侵攻を躊躇していたかもしれないって話よ。」
「……酷い話だな。」
「ええ、そうね。これらの噂は単なる八つ当たりか、あるいは大公家の権力を削ごうとする者たちが流したものかもしれない。いずれにせよ、大公は娘を守るために彼女を領内に隠し、全世界に向けて、娘を治すことができる者には莫大な褒賞を与えると宣言したの。それが、
リリアは数歩歩いてから、ふとこちらを振り返った。
「彼女のことを可哀想だと思うかもしれない。でも、忘れないで、私たちの任務を。」
「ああ、わかってる。任務が最優先だ。俺が彼女と話しているのも、情報を得るためさ。」
ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「ところで、どうしてそんなに詳しいんだ?イヴリスと面識でもあるのか?」
「いいえ。」
リリアは顔をそらしながら、淡々と答えた。
「ただ、あのイヴリスに敗北し、最後は捨て駒のように前線に送られて死んだ馬鹿な騎士が、私の兄だったってだけよ。」
「……。」
「風邪ひかないようにね。おやすみ。明日、アスガード様に報告するのを忘れないで。」
「……ああ。おやすみ、リリア。」
リリアの背中を見送りながら、俺はしばらく考えた後、再び自分の体をポッドへと沈めた。
下がひっくり返り、泥の中に落ちるような感覚を経て、俺の意識は再びイヴリスの部屋へとたどり着いた。
月光が、カーテンの隙間から細く差し込み、少女の白い顔を淡く照らしていた。その静かな寝顔を見つめていると、この少女がかつて天賦の剣才を持っていたとはとても思えない。
ただ、どうしてかは分からないが、俺はその穏やかな寝顔をじっと見ていた。
どれくらい時間が経っただろうか。イヴリスは突然、目を開いた。彼女は目をこすり、ぼんやりと窓の外を見つめる。そしてしばらくの間、考え込むような仕草を見せた後、おもむろに手元の入力装置を取り出し、ためらいがちにキーボードを叩き始めた。
>>イヴリス:いらっしゃいますか?紳士さん。
>>俺:ああ、ここにいるよ。
>>イヴリス:驚きましたわ。今夜、なぜかあなたが現れる予感がしたのですけれど、まさか本当に来るとは。夜中に寝ずに、こうして女の子のベッドサイドにいるなんて……紳士先生は本当に怪しくて、不品行な方ですわね。
>>俺:確かにその通りだ。君の言うことはもっともだよ。
>>イヴリス:……なんだか、今日の紳士先生はいつもと違いますわね。まさか。
イヴリスの指が宙に止まった。一瞬ためらうように、彼女は眉をひそめ、そのままキーボードを叩き続けた。
>>イヴリス:あなた、私が子供の頃、つまらないものを斬った話、聞いたのでしょう?
>>俺:……ああ。鋭いな。どうしてわかった?
>>イヴリス:だって、私としばらく一緒にいると、人はだんだんと距離を置くようになるのよ。以前はその理由がわからなかったけれど、ある時、話を盗み聞きしてしまったの。私のあの一太刀が原因で、王国と周辺国との戦争が起きたってね。
>>俺:……
>>イヴリス:さて、これで私たちの会話も終わりかしら、紳士さん?王国の罪人である私に、もう話すことはないのかしら?
>>俺:いや、君はわかっているはずだ。俺は他の奴らとは違う。そんなつまらない探り合いはやめよう、マイレディ。
>>イヴリス:……そうね。確かにその通りだわ。紳士さんは不品行で、怪しくて、いつもこそこそしている。でも、あなたはいつだって本音を話す。外の連中みたいに、見た目だけ立派で、実は偽善者なんかじゃない。
少女は少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
>>イヴリス:ねえ、聞いてもいい?紳士さんって、どんな外見なの?
>>俺:いきなりだな。まあ、俺もただの人間だよ。手が二本、足が二本、頭も顔もちゃんとついてる。
>>イヴリス:そういうことを聞いてるんじゃないわ。私が知りたいのは、あなたの外見よ。教えて、どんな風貌なのかを。
>>俺:どうして?
>>イヴリス:もう、わかりきったことを聞かないで。当然、夢の中であなたに会えるかもしれないからよ。
>>俺:はは、光栄だな。イヴリスがそこまで俺に会いたがってくれるなんて。淑女をそこまで夢中にさせられるなら、俺も紳士として成功しているということか。
>>イヴリス:あら、どうかしらね。もしかしたら、あなたの前世で積んだ徳が今世に影響して、聖女様が私との出会いを授けてくださったのかもしれないわ。感謝しなさい、紳士さん。それで、早く教えて。もっとあなたのことを知りたいの。
>>俺:わかった、マイレディがそうおっしゃるなら。まず、髪は長めで、銀色だ。目は青い。身長は同年代の中では高めかな。筋肉は……残念ながら、そんなにないけど。
>>イヴリス:銀髪に青い目、そして細身の体型。意外と、紳士さんはお綺麗な方ですね。
>>俺:もう頭の中で想像してるんだな。
>>イヴリス:ええ、そうよ。今、紳士さんは私たちの庭に立っているの。二人で並んで、外の月を見上げているのよ。見て、とても美しいわ。
少女は窓の外に視線を投げ、指を伸ばして外を指し示した。しかし、俺はカメラを彼女から離すことができず、ただ無垢な彼女を見つめ続けていた。俺は、自分が思わず笑っていることに気づいた。
黒い泥の中、部屋の中で。俺たちは遠く離れた場所にいるのに、時空を超えて、同じ庭に立ち、共に月を仰ぎ見ていた。
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