第26話 ディープダイブ

「ねえねえ、バイオスちゃん。あなたとアスガードさんって、今どんな関係なの?」


メムの突然の質問に、俺は手を止めて思わず眉をひそめた。


「アスガード?」


「そうそう、アスガードさん。気づいてないの?この間、一緒に食堂で食事したとき、アスガードさんの視線、ずーっとあなたに向いてたじゃない。それに、ずっとあなたに話しかけてたでしょ?」


「……お前、近すぎる。作業の邪魔だ。」


メムはどこか興奮した様子で、テーブル越しに身を乗り出してさらに質問を投げかけてくる。俺は眉をひそめながら、彼女の額に軽く手を当てて、そっと押し戻そうとした。


「何が言いたいんだ?俺は一応この対策本部の副官だし、俺たち三人の代表でもある。アスガードと話す機会が多いのも当然だろう。それに、彼の話は参考になることが多い。俺たちの戦団での立場や、外の情報も聞けるしな。彼自身、何か研究の経験があるようだし、話してみる価値はあると思う。」


「うーん、私が言いたいのは、そういうことじゃないの!バイオスちゃん、感じないの?あの、酸っぱくて甘い雰囲気とか、運命の出会い!こうして、王子様とお姫様が縁を結び、そこから急速に化学反応が……痛っ!」


反射的に俺はメムの額を強めに弾いた。額を押さえながら、メムは口をとがらせた。そんな彼女を見て、俺はため息をついた。


「空想が好きなのは構わないが、勝手に周りの人に当てはめるのはやめろよ。また変な本でも読んだのか?」


「むむ、全然変じゃないよ!すっごく人気のある作品なんだから!」


胸を張りながら、メムはどこからともなくピンク色の装丁の小さな本を取り出した。


「これ!戦団の女の子たちの間で流行ってる小説なの!知り合いの子たちが貸してくれた!美しい月夜に、二人の距離が急接近して、そしてドキドキする展開が……ってやつ!えへへ!」


「はあ……『犬系騎士様と閉じ込められた私の情熱ロマンス』、か。よく戦団がこんなものをサーヴァントに読ませてるよな。それにしても、いつの間に友達なんてできたんだ?」


「私、友達たくさんいるもん!恋愛話が好きな子たちだよ。バイオスちゃんは友達いないの?」


「……ぐぅ。」


メムの澄んだ無邪気な瞳を見つめると、俺は心に少し傷を負ったように感じた。最近の人間関係を思い出そうとしていたその瞬間、背後から衝撃があり、俺の首に腕が回された。振り返ると、そこにはシーがいた。


「バイオスに余計な虫は寄せ付けるな。このままでいい。」


「……頼むから、さりげなく追い打ちをかけないでくれ、シー。」


「誤解。事実を言っているだけ。バイオスには私がいれば十分。」


「まあまあ、シーちゃん。そんなこと言わないで。シーちゃんだって友達がたくさんできたんじゃないの?気になる男の子とかいない?」


「否定。みんな銃器が好きな仲間。特別に気にかけている人はいない。」


「ふふ、シーちゃんにはまだ早いみたいね。やっぱり、まだお子様だもの。」


「……不満。バイオス、何とか言って。」


「はあ、よしよし。シーは賢い大人だよ。ほら、なでなで。」


「フフっ。肯定。」


「ずるい!バイオスちゃん、私もなでなでして!」


なんということだ。俺があれこれしている間に、どうやらシーとメムは戦団のサーヴァントたちの間でしっかりと交友関係を築いていたらしい。その行動力には感心せざるを得なかったし、同時に自分の社交性の無さを少し悲しく思った。気がつけば、俺たち三人は抱き合って一つの塊になっていた。俺がシーとメムの頭を撫で、二人の小さな言い争いをなだめていると、ちょうどその時、部屋のドアが開いた。


「新しい情報が入ったわ。そろそろ……って、あんたたち何してるのよ。」


半目で俺たちを見ながら、赤いツインテールのリリアが資料を抱えて部屋に入ってきた。


「リリアちゃん!おかえりなさい!さあ、ハグしよう!」


「待っ……急に抱きつくな!手に資料を持ってるんだって!え、ちょ、力強すぎ!ったく、この脂肪の塊め……」


必死に資料をテーブルに置いたリリアの顔は、赤みを帯びていたが、なんだかんだ言いながらも、しぶしぶメムを抱き返した。


「ふん、ふん!た、ただいま。これで満足でしょ?」


「えへへ……ねえ、リリアちゃん。」


メムはリリアを抱きしめたまま、動きを止め、じっと彼女を見つめた。


「な、何よ?」


「応援してるよ!うちのバイオスちゃんは強敵だけど、リリアちゃんだって魅力的だもん!負けないで!恋愛はやっぱり争奪戦が一番楽しいよね!」


「はっ……はあ!?急に何を言い出すのよ……ちょ、急に擦り寄ってこないで!」


メムは自分の体を見下ろした後、俺とシーに視線を向け、そして突然リリアの胸に顔を押し付け、左右にこすりつけ始めた。


「リリアちゃんも負けないよ!ここ、特に可愛いし!」


「それって絶対、皮肉ってるよね!?感じ取れたわよ、その嫌味を!いい加減にしろ、このピンク脳みそめっ!」


「ぷへっ。」


リリアの鉄拳がメムの頭に落ち、彼女を撃沈させた。メムは潰されたカエルのような声を上げて崩れ落ちた。


「まったく……もうふざけないで。集合、集合!さっさと着替えて、準備に入るわよ!バイオスさん!手伝って!」


「了解。シー、メム、戦闘演算だ。」


「了解。戦闘演算、準備完了。」


「はーい。戦闘演算、開始。いつでも出発できるよ。」


俺たち四人は装備を脱ぎ、自分のポッドへと足を踏み入れた。精神伝導装置を額に固定し、伝導液の中に身を沈める。意識が少しずつ朦朧としていき、視界が黒い泥へと沈み込んでいく中、俺はリリアに呼びかけた。


「リリア、誘導頼む。」


「わかったわ。ポッドの状態チェック、すべてグリーン。ルーン信号端末とのリンクも問題なし、信号強度良好。ログの書き込みを開始。第7回目のディープダイブ、目標、ガリバ大公邸。作戦開始。」


「『作戦開始』」


簡単にリリアの指示を復唱すると、俺の意識が一気に下へと沈み込む感覚があった。すぐに、馴染み深い黒い泥が俺の五感を包み込む。周囲に手を伸ばし、包まれた情報を込めたルーン文字を意識の彼方へと投げ込んだ。




>>リリア:点呼。各員、状況を報告。


>>俺:こちらバイオス、状況良好。


>>シー:シー。問題なし。


>>メム:私も問題ないよー。


>>リリア:よし、各員、それぞれ前回の方法で探索を開始。何か問題があれば、すぐに回線を使って報告すること。私は新たに情報があったF1地点から、祝福武器のデータがないか下へ向かって調べる。バイオスさん、引き続き既知のターゲットに接触して。シーとメムは、私たちの足跡を隠すのと周囲のリンクの探索を担当。


>>俺:了解。バイオス、行動を開始する。


>>シー:了解。


>>メム:アイアイサー




意識の触手を伸ばし、俺は空中にルーン信号を描き出した。熟練の手つきで信号を、すでに侵入済みの端末に投げ込み、すぐにこの一ヶ月で何度もアクセスしてきた回線に接続した。端末に命令を送り、カメラの映像を取得する。すると、音声と映像が黒い泥の中に流れ込んできた。


俺の意識に映し出されたのは、一つの豪華な部屋だった。


ピンクを基調とした装飾にレースがふんだんに使われている。天蓋付きのベッド、大量のぬいぐるみ、等身大の姿見、ベッドの脇に置かれている車椅子と杖。家具はどれも高級そうで、窓の薄いカーテンを通して陽光が柔らかく差し込んでいた。カメラの視線を動かし、少し角度を調整すると、すぐに目標の姿を捉えた。


一人の少女がベッドに横たわっていた。彼女の茶色い長髪が広がり、ふとももの上には銀色の筐体に一体化されたキーボードとディスプレーが備わったデバイスが置かれていた。少女はそのデバイスの画面を見つめ、時折キーボードを叩いて何かを入力している。


俺は意識を集中し、ルーンを通じてそのデバイスにアクセスを試みた。




>>俺:やあ、おはよう、イヴリス。




少女の動作がピタリと止まった。高級な人形のような顔に微笑みが浮かぶ。彼女は指を素早く動かし、デバイスに何かを入力した。カタカタというキーボードの音がカメラのマイクを通して伝わってきた。




>>イヴリス:ごきげんよう。前回の会話から約48時間が経過したわね、名もなき紳士さんジェントルマン




さて、次はどうするべきか。


俺は全意識をこの少女との対話に集中させた。

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