第23話 新しい職場へ

「さっきは危なかったね、バイオス嬢。」


太陽のような金髪を持つ背の高い若き騎士、アスガードが、歩きながら、温かい笑顔を俺に向けて振り返った。彼の纏う雰囲気は、どこか前世の大型犬を思わせるものだった。


今、俺はシーとメムの手を引きながら、その騎士の後に続いて歩いている。


暗い部屋と廊下を抜け、新たな通路へと進む。窓の外には、真っ白な雪景色が広がっていた。積もった厚い雪、遠くまで続く山脈、そしてその上に広がる暖かな陽光。シーとメムは興味津々に辺りを見回している。だが、俺は気を抜かず、若き騎士が話す言葉に耳を傾け続けていた。


「事前に戦団長には報告して許可をもらってたんだけど、会議でマルクス副長が異議を唱えた時は、さすがに緊張したよ。幸い、戦団長は決定を覆さなかった。だからって気を抜かないでほしい。副長は、一度言い出したことは必ずやり遂げる人だ。もし、彼に何か隙を見せたら、戦団長以外に止められる人はいない。職務的にも、そして力的にもね。」


「ああ、わかった。会議で俺たちを助けてくれて感謝する。」


「当然のことさ。兇鳥オミナスの目的は聖胎の回収だけど、救える命を見捨てるわけにはいかない。それが騎士としての存在意義だし、力を持つ者の責任だからね。」


アスガードは数秒間、俺の顔に視線を留め、それから少し照れたように太い指で頬をかく。


「とはいえ、マルクス副長に指摘された通り、僕も少し格好をつけたかったっていう虚栄心があったかもしれない。まだまだ鍛え直さないといけないな。」


「?」


「それはさておき、今のうちにいくつか注意事項を伝えておく。しっかり覚えておいてね。」


アスガードは柔らかな雰囲気を一変させ、真剣な表情で話し始めた。


「マルクス副長が言った通り、君たちみたいな存在がどの兇鳥オミナスの戦団に入ったとしても、普通は処刑される運命にある。でも、僕たちの戦団に加わることが許されたのは、僕たちが特別だから。我々はオミナスの中でも一番開放的で、新しい戦術を積極的に取り入れてる戦団だ。だからこそ、曙の明星ルシファーの技術にも柔軟に対応できる。とはいえ、そのせいで一部の極端に保守的な戦団からは、僕たちが裏切り者とか異端いたんって見なされることもあるんだけどね。」


「……そうか。俺たちは運が良かったんだな。お前たちが研究所に攻め入ったことが。」


「幸運だったのは、それだけじゃない。オミナスには、完全な意識を持つ聖胎を処分した前例がない。だから、戦団長はおそらく、君たちが完全な人格を持つ存在であって、ルシファーの他の無意識の造物とは違うって主張するつもりなんだと思う。つまり、他の戦団が君たちの存在を知って、裁判廷が開かれるまでは、暫定的に処分されることはないってことさ。ただし、それも君たちが自制して、戦団の規律にしっかり従う限りにおいてだよ。」


アスガードはさらに強めて言った。


「忘れなきように。オミナスの規則では、戦団員は聖胎を回収するためにほぼあらゆる手段が許されている。でも、一つだけ絶対に破ってはいけない鉄則がある。それは、聖胎を通じて聖女様の奇跡を再現すること。戦団長は君たちを受け入れるっていう、いわばグレーゾーンを渡っている状態なんだ。もし君たちが『覚醒』を使えるとしても、どんな状況でもそれを行使しちゃいけない。だから、僕たちは君たちの能力を実際的な手段で制限させてもらうよ。理解してくれると助かる。」


「なるほど。つまり、ルシファーの戦闘員のような天使にはなれない、ということか。」


「その通り。もし任務中にその力を使っちゃったら、他の戦団が介入する正当な理由を与えることになる。そうなれば、君たちの処分は避けられないし、戦団長にも大きな影響を与えるかもしれない。だから、この点はしっかり覚えておいてほしい。」


「……分かった。」


「よろしい。」


アスガードはふっと息を吐き、足を止めた。そして、一つの扉の前で柔らかな笑顔を再び見せた。


「さて、重い話はここまでにして、気を取り直そうか。諸君、ようこそ!ここがこれから君たちの新しい家――バイオコンピュータ対策本部だ。」


アスガードはそう言って、扉を押し開けた。


扉の向こうには、意外にも生活感のある部屋が広がっていた。牢獄や戦団長の職務室の無機質で機能的な雰囲気とは対照的に、ここはどこか親しみやすい構造だ。部屋の中央には、座り心地がよさそうな柔らかいソファがあり、広々とした清潔な空間には温かな日差しが差し込んでいる。


窓辺にはいくつかの鉢植えが置かれ、空調が効いているのか、外の寒さとは対照的に部屋の中は心地よく暖かい。視線を少しずらすと、古びたウサギのぬいぐるみが机の上に座っていて、その隣には湯気の立つマグカップが二つ並んでいた。


しかし、俺の視線を奪ったのは、生活感に満ちた空間だけじゃなかった。部屋の奥には、まるで鉄棺のような巨大な装置がいくつもあった。それらは、淡い青色に輝く液体で満たされたプールに半ば浸かっていて、無数の短いケーブルが装置に接続されている。そこからは、微かにルーンと魔力の残り香が漂っていた。


「リリア!いるかい、リリア!」


アスガードが呼びかけると、奥の方からガサゴソと物音が聞こえ、続いて小さな足音がパタパタと近づいてきた。


「アスガード様、お帰りなさい!」


姿を現したのは、一人の少女だった。


燃えるような赤い髪を、ライオンのたてがみのように跳ねさせながら、ツインテールに結んでいる。彼女の活発な動きに合わせて、その髪も元気よく揺れている。白衣を羽織り、首にはゴーグルを掛けたその少女は、満面の笑顔でアスガードに駆け寄り、まるで主人を迎える子犬のようだった。


「やあ、リリア。仕事は順調かい?」


「おかげさまで、ポッドの調整は順調です!前回の出力問題も解決しました!さすがアスガード様、お仰った通りです。緩衝装置かんしょうそうちを再設計したことで逆流が減り、今日、実験機で試したところ、回路の焼損も回避できましたし――」


「ごめんね、リリア。報告は後でじっくり聞くとして、まずは君に伝えたいことがある。嬉しい知らせだよ、今日から新しいメンバーが加わったんだ。」


「本当ですか!ついに戦団長が増員を許可してくれたんですね!それは素晴らしいことです。で、どちらの騎士様ナイトか、あるいは従者サーヴァントですか?」


「サーヴァントだよ。今日からリリアも先輩だ。彼女たちをよろしく頼む。紹介するよ。」


アスガードは、俺たち三人を前に押し出した。


「こちらの三人は、バイオス、シー、そしてメムだ。いろいろな事情があって、今日から我々の一員になる。」


「え?新メンバーは、女の子?え?」


目の前の赤髪の少女は、少し目を細め、その喜びは一瞬で警戒に変わった。しかし、それに気づかないアスガードは、変わらず柔らかい笑顔を浮かべていた。


「そうだよ、リリア。君と同じ女の子だよ。仲良くしてね。」


「ふ―ん?」


少女の冷たい視線は、まずシーとメムをざっと見回し、最後に俺の顔に留まった。そして、数秒後、少女は鋭い眼差しでこちらを睨んだ。そこには、ある種の殺気さえ感じられる視線があった。


……ふぅ。


どうやら、また他の面で面倒なことが起きそうだ。

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