第13話 おしゃれな戦闘人形

「ふん、オシャレになったな、ルーキー。これが俗に言う『馬子にも衣装』ってやつか。あの間抜けな研究員、人形遊びに本気を出してるみたいだな。」


ナユタが冷笑を浮かべ、指を弾いてタバコに火を点ける。


「まあ、戦闘能力が落ちないなら、どうでもいいけどさ。」


訓練場。いつもの資産防衛訓練。迷宮の入り口。


俺の人形はナユタと対峙していた。


上からのカメラ視点で、自分の人形の姿を確認する。


先日ヘクトリからもらった黒レースのリボンで銀髪は高い位置で束ねられ、長いポニーテールになっている。全体的に黒を基調とした装束に、 セーラー服のようなインナーと、ショート丈ジャケットが纏われている。袖口などの細部にもレースが施され、襟元には赤いスカーフがあしらわれていた。黒いストッキングに包まれた足がプリーツスカートの下から覗き、足元にはショートブーツがしっかりと履かれている。前世の感覚で言うなら、まるでアイドル衣装とでも言えそうだった。


だが、唯一そのアイドル風の装いと調和しないものがあった。それは俺の両手。今の俺の手には、無骨な金属板で構成された籠手が装着されている。金属板には複雑なルーン模様が刻まれており、俺の呼吸に合わせて淡い青色の魔力の光が明滅している。


脚を肩幅ほどに開き、ゆっくりと息を吐きながら人形の姿勢を低くする。一方の手を前に突き出し、もう一方は拳を握り腰に構える。俺が戦闘態勢に入るのを見て、ナユタは片方の眉を吊り上げた。


「へえ、模倣か?悪くないが、お前一人だけ出してくるとは、さすがに私を甘く見すぎだな。他の二人はどこに行った?こそこそと小賢しいことでもしているのか?まあ、どうでもいい。何を企んでいようと——」


ナユタは大きくタバコを吸い込み、俺に向かって挑発的に手を招いた。


「——全部、正面から叩き潰してやるよ。」


「っ」


まるで自身に覆いかぶさる重圧を振り払うかのように、最初に動いたのは俺だった。


地面を踏み抜き、身を低くしてナユタの懐に飛び込み、渾身の力で攻撃を仕掛ける。しかし、ナユタは慌てることなく冷静に応じ、俺の拳を受け止める。俺たちは似たような構えで技を繰り出し、俺の籠手とナユタの手刀が激しくぶつかり合い、金属が擦れるような耳障りな音が響いた。


くそ、こいつの手、まさか金属でできてるのか?


心の中で悪態をつきながら、俺は人形のギアをさらに高める。心臓が激しく鼓動し、肺も疲労を感じ始めたが、ナユタは相変わらず余裕の表情で、俺の加速に軽々とついてくる。


「悪くない。『型』はできている。ただ、まだ『技』は習得していないようだな。お前たちの学習速度からすると、『解放』の習得も時間の問題かもしれん。だが――」


俺の腕をあっさりと払いのけると、ナユタの手のひらが蛇のように防御をかいくぐり、俺の顔をしっかりと掴んだ。


「経験が、まだ圧倒的に足りない。」


「ぐっ!」


俺は地面に激しく叩きつけられた。ナユタは俺の顔を押さえつけたまま、拳を高く振り上げた。


「これで終わりだ――ん?」


ナユタが無駄話をしている間、俺は痛みを無視して体を捻り、手足を使ってナユタの腕と肩をしっかりとロックした。その瞬間、上空から低い唸り音が響いた。仰ぎ見た視界の中、鋭く尖った円錐えんすい型の物がナユタの後頭部に向かって猛スピードで飛んできた。


「ほう?」


ナユタは頭を軽く傾け、死角からの一撃をかわした。襲い来る装置は地面に深く突き刺さり、わずかに震えた後、ルーンが刻まれ、蜂のようなブーンと飛ぶ円錐体が再び浮かび上がった。


「例の新しいオモチャか。試作型のファンネルビットってところだな。弾薬の問題は解決していないようだが。」


ナユタはそう呟きながらも、俺の拘束を振り解こうとはしなかった。その隙に、俺はさらに力を込めてナユタをしっかりと締め付ける。同時に、四方の通路から次々とファンネルビットの音が響き渡った。発光する円錐体――メムが操るそれは、怒り狂った蜂の群れのように瞬時に俺とナユタを取り囲んだのだ。


「ようやく面白くなってきた。」


ナユタは獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


「ちょうどいい、この機会に少し授業でもしてやるか。」


そう言いながら、ナユタは軽々と俺ごと腕を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。


「!?」


意識が衝撃で飛びそうになったが、俺は歯を食いしばり、なんとか拘束を維持し続けた。この間、メムが操るファンネルビットは絶え間なくナユタに攻撃を仕掛けていたが、ナユタはわずかな動きでそのすべてをかわし、さらに俺を盾に使っていた。数回の攻撃を受け流した後、メムの攻撃は明らかに勢いを失っていた。


「仲間を気にかける敵に対しては、人質は有効な手段だ。」


一度、二度、三度。ナユタはまるで木の枝を振り回すかのように、俺の人形を壁や床に叩きつけた。耐え切れず、俺はとうとう腕の拘束を解いてしまった。ナユタはその瞬間、腹に深く蹴りを埋め込む。吐き気とともに猛烈な衝撃が俺を後方の壁へと叩き込んだ。


「寝技は有効だが、力ずくでこじ開けることも可能だ。」


「っ」


点滅する視界の中、俺は黒い泥の中からメムの怒りを感じ取った。ファンネルビットはまるで猛禽もうきんが急降下するかのように次々とナユタに襲いかかっていたが、ナユタはその暴風のような攻撃の中でも悠然と前に歩み続けた。


「この辺りか。」


ナユタは壁を粉砕ふんさいし、近くに隠れていたメムを掴み上げた。メムを高く掲げながら、ナユタは眉をひそめた。


「こいつもか。あの研究員、本当に張り切ってお前らを綺麗に飾り立てたんだな。」


メムはファンネルビットで反撃を試みたが、ナユタは彼女の気管を圧迫あっぱくしていた。やがて発光していたファンネルビットは、統率を失ったかのように次々と地面に落下していった。


擒賊擒王きんぞくきんおう。この試作品の威力はなかなかだが、テレパシー系の武器は、聖胎を使わなければ発信距離に限界がある。それさえ理解していれば、操縦者を倒すのは簡単だ。」


ナユタは拳をメムの腹に埋め込み、彼女を床に投げ捨てた。メムは苦痛で顔を歪め、身体を丸めて転がった。傷だらけの俺たちを一瞥したナユタは、興味を失ったかのように視線を試験用のコアがある方へと向けた。


「結局、同じか。少しは期待していたんだが、つまらん。」


ナユタに再び光の翼と光輪が現れ、脈動する魔力が俺の呼吸を圧迫した。物理的な重圧を受けながら、俺はなんとか頭を持ち上げた。ナユタはいつもの構えを取り、正拳を放つ寸前だった。その時、俺は叫んだ。


「……今だ!」


「!」


轟音ごうおん


ナユタの頭部が何かに殴りつけられたかのように激しく横へと歪み、爆発の光と煙が視界を覆った。ぼんやりとした中で、ナユタの姿勢が崩れ、纏っていた魔力が弱まるのを確認した。


「とった!」


「……いや!まだだ!油断するな!とどめを刺せ!」


メムが興奮して叫んだ瞬間、俺は全力で体を奮い立たせ、煙の中へと突っ込んだ。握りしめた両拳に力を込め、最後の一撃を叩き込むべく全速力で向かう。


しかし、次の瞬間、天地がひっくり返った。


「!?!?」


「はは、さっきのはなかなか良かった。びっくりした。なんとか防げたから、破片でかすっただけで済んだが……もう少しで頭が吹き飛んでたかもしれないね。」


逆さまの視界の中で、ナユタが唇を舐めているのが見えた。額から頬を伝って流れた血が、彼女の艶やかな唇をさらに赤く染めていた。顔に赤みを帯び、陶酔したような表情を浮かべながら、その目はまるで獲物を狙う肉食獣のように鋭く光っていた。


ナユタは掌を広げた。その中には潰された弾丸の残骸があった。


「なっ……」


俺が言葉を発する間もなく、胸に激痛が走った。ナユタの足が俺の胸を踏みつけていた。


「これは、お前のアイデアだろう? 主制御モジュールちゃん。」


ナユタは冷酷な笑みを浮かべ、右拳を弓を引くように後ろに引いた。


「さて、残りはあそこだな!」


「まずい!退避!」


閃光が走り、全てが粉々に吹き飛んだ。


耳をつんざく轟音が収まると、俺は急いで通信を再開した。微弱ながらも確かな反応がシーから返ってきて、ようやく安堵した。


しかし、依然として状況は厳しい。もっと正確に言うなら、俺たちが用意した手はもう尽きていた。俺はナユタを睨みつけたが、彼女は満足そうな表情を浮かべて、ゆっくりと光輪と翼を収める。


「なかなかやるじゃないか。まだ粗削りな部分は多いが、私に傷を負わせたのは大したものだ。この調子なら、もう少しで死合いができるかもしれないな。まあ、凶鳥オミナスの雑魚相手ならこれで十分だろう。今日のところは合格としておく。」


ナユタの言葉に、俺は肩の力を抜いた。しかし、次の瞬間、背筋に悪寒が走った。


「まだ寝てるつもりか?主制御モジュールちゃん、休んでいいとは言ってないぞ。」


ナユタは顎をしゃくり、笑みを歪めた。


「反省会だ。来い。」

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