第11話 戦闘訓練

「ナユタ君、君のやり方には少々困っているんだ。」


戦闘訓練室で、ハゲが額の汗を拭きながら、ずり落ちそうな眼鏡を何度も押し上げていた。


「非常に多くの苦情が寄せられているんだ。三元一体トリニティシステムが突然切断されることに対するものだよ。切断された時間を見れば、君が戦闘訓練をしている時と重なっているんだ。以前は週に一度の訓練なら問題なかったが、今や毎日2~3時間も接続が切れている。これでは我々の研究が停滞してしまうんだ。それに、生体兵器部門からも抗議が来ている。プロトタイプや弾薬の消耗が早すぎて、予算も再生産の時間も無限ではないんだよ。」


ちらり、ちらり。ハゲの視線はナユタの顔を見ながらも、時折首から下へと滑り込んでいた。まあ、前世で健全な男性として生きていた俺からしても、その行動が理解できないわけではないが、ここまで露骨なのは少しどうかと思う。


「ふんー?それは悪かったな。」


まるで気にも留めていない様子で、紫髪の戦闘員ナユタは両手を胸の前で組み、豊かな胸を押しつぶした。ハゲは目を見開き、視線は完全にそこに釘付けだ。反射的にごくりと唾を飲み込みながら、彼は断続的に話を続けた。


「ま、まあ、ナユタ君を責めているわけではないんだ。訓練は上からの指示でもあるし……ただ、トリニティの演算能力に影響を与えないように、もっと穏便に行う方法はないものかと思ってね……」


「無理だ。」


ナユタはばっさりと一刀両断した。ハゲは一瞬呆然とする。ナユタは深くタバコを吸い込み、煙を男の顔に向かって吐きかけた。最初は少し不満げだった彼の顔が、煙を浴びた瞬間、だらしなく緩み始め、下卑た表情に変わっていった。


「全力でやらなければ意味がない。戦いっていうのは、そういうものだ。」


ナユタは凶悪な笑みを浮かべた。彼女の放つ威圧感を感じ取ったのか、ハゲは怯んだように後退する。


「研究者どもに伝え。我慢せよ。文句があるなら、直接私のところに来い。相手をする。」


「わ、わかった。そ、それじゃ!」


ハゲは慌ててその場から逃げ出した。


まあ、理解できないこともない。あのような戦闘の鬼を相手に、普段は実験室にこもっている研究者たちが対抗できるはずもないからな。


ナユタは悠々と煙草を吸いながら、こちらのカメラに視線を向けた。挑発的な笑みを浮かべ、にやりと口を歪めた。


ちっ。


俺はナユタから意識を少し離し、溜まった庶務の処理に取り掛かると同時に、対策を考え始めた。


この数週間にわたる戦闘訓練――結果は毎回、惨敗だ。ナユタは頻繁な訓練を通じて、俺たちに痛覚を徹底的に植え付け、まるで狼が群れの上下関係を決めるかのように、その圧倒的な力の差を見せつけてきた。訓練という名の蹂躙は苦痛以外の何物でもなく、人形を通じて伝わる痛みは、「罰」よりも怖かった。


この訓練に対処するためには、全ての演算リソースを費やさざるを得ず、自然とデータ処理の余裕もなくなる。だからこそ、ハゲが愚痴を言いに来たというわけだ。


ハゲも運が悪かったな。他の研究者たちはナユタに直接文句を言う勇気はなく、彼を代表に押し付けたのだろう。この状況から、戦闘員という存在がこの組織内で相当な地位を持っていることに気付いた。


なぜか?


彼らは「曙の明星ルシファー」の敵対組織と直接対峙する最前線の存在だから。


そう、俺たちを閉じ込めているこの忌々しい組織にも、敵がいる。


この話を初めて聞いた時、俺の心の中で思わず口笛を吹きたくなった。この巨大で、巨額の利益を生み出す組織には、当然ながら敵対者が存在する。商業的なライバルや、技術を狙う政府機関、あるいは組織を乗っ取ろうとする闇の勢力など、色々と想像はつく。だが、そうした有象無象の存在は、「曙の明星ルシファー」にとって脅威とはならない。


この組織に真の脅威を与える存在は、もう一つの巨大な機関なのだ。


「さて、邪魔者も片付いたことだし、話を戻そうか。どこまで話したかな……ああ、そうだ。『凶鳥オミナス』についてだったな。」


ナユタの顔に、冷笑が浮かんだ。


「最近、奴らがこの分部の位置を掴んだという情報が入っている。行動パターンからすれば、武力偵察を兼ねた無謀な突撃が近々あるだろう。気を引き締めておけ。今後の訓練はその対応が中心になるから、覚悟しておくんだな。」


凶鳥オミナス


最近、時々耳にする名前だ。研究員たちの不安は、俺たちが監視している会話からも感じ取れる。食堂でも研究室でも、この名前と研究所の位置が漏れたことについて研究員たちは議論していた。


詳しいことはまだ分からないが、オミナスはルシファーと敵対する組織のようだ。メムもあまり多くの情報は入力されておらず、オミナスに関する理解は断片的な情報から推測するしかない。


ルシファーの研究員たち曰く、凶鳥オミナス曙の明星ルシファーの構成員には一切の容赦をしない。


曰く、無謀な正義感と道徳観に突き動かされた暴力集団。


曰く、人類の進化を妨げる無知で野蛮な者たち。


そんなふうに、ルシファーの研究員たちはオミナスを評していた。しかし、自分たちの命を心配するというよりも、オミナスが研究の妨げになることへの不満を漏らしているようだ。まったく、研究しか頭にない連中だ。


まあ、中にはオミナスが来ることを楽しみにしている奴もいるようだがな。


「トリー、訓練モードを起動しろ。サンプルD3、第三戦闘配置だ。」


目の前で躍り上がらんばかりに意気揚々としているナユタを見て、俺は仕方なく指示通りにメムにサンプルデータのマップを呼び出し、シーと協力して戦闘訓練室の機関を操作した。


真っ白だった部屋にゆっくりと壁がせり上がり、交差して迷路のような構造を作り上げていく。


これは訓練室の特殊機構で、環境を模擬して戦闘訓練を行えるようになっている。今回サンプルD3で投影されたのは、この巨大な研究所内のある区画の地形だ。そして第三戦闘配置は、敵が既に施設内部に侵入し、至近距離での戦闘が始まり、重要な資産を防衛しなければならない状況を想定している。


「訓練でできないことが、実戦でできるわけがない。お前たちの今回の目標は、D3区画の研究資産を防衛することだ。使える資源はセキュリティドア、自動防衛砲、ドローン、そしてお前たちの人形だ。数や配置は現在の研究所内のものに準じている。どう配置してどう運用するかは、お前たち次第だ。」


迷路の入口に立ち、ナユタは左右に首を傾け、骨が鳴る音を立てながら微笑んだ。


「いつものように、私を殺すつもりで来い。」


言われなくても、こっちもそのつもりだ!




>>俺:シー、メム、戦闘演算だ。今回は必ず彼女を仕留めるぞ。


>>シー:了解。戦闘演算開始。動作予測は任せて。


>>メム:わかったわ。私もそろそろ彼女に一矢報いたいところよ。




ナユタが迷宮に足を踏み入れた瞬間、俺たちが設置した砲火と罠が一斉に発動した。


自動防衛砲が狙いを定め、激しい銃撃がナユタを襲う。機械音と共に発射される弾丸が、鋭く空気を切り裂き、迷宮内にこだまする。そして、足元に仕掛けた罠が同時に作動し、爆風が周囲に広がった。


しかし。


「殺意が足りない。」


壁を疾走しながら、ナユタは地雷や銃弾を軽々とかわし、手刀で機関銃の砲塔を真っ二つに切り裂いた。




>>俺:シー!A2の防爆ドア!タイミングは任せる!


>>シー:接触まであと3秒……3、2、1、今!




ナユタが着地した瞬間、俺は厚重な防爆ドアを作動させた。鋼鉄製のドアが両側からナユタを挟み込むように迫るが、彼女は両手でそれを抑え込み、次の瞬間にはドアを力強く握りつぶし、鋼鉄を捻じ曲げて鉄くずと化した。


「悪くない考えだが、妨げにはならん。」


メムが操縦するドローンが前後から増援として迫り、ナユタを包囲した。しかし、彼女は瞬時に通路の端まで移動し、ドローンが次々と起爆。空中に煙火のような爆発が咲き乱れる。


「蚊がどれだけ集まろうが、獅子には無意味だ。」


俺たち三人が操縦する人形が廊下の死角から飛び出し、ナユタにしがみつき、彼女の脚を絡め取った。しかし、ナユタはまったく動じず、馬歩を取ってから正拳突きを構えた。




>>メム:まずい!あれが来るわ!


>>俺:防爆ドアをすべて閉鎖しろ!シー!重要資産への接続線上に最適ルートを計算し、残りのドローンを全てそのルートに配置!


>>シー:やってる!間に合わない!




「ふぅ!」


短い吐息と共に、ナユタは正拳を放った。


「っ!」


白い閃光と轟音が俺の全ての感覚ユニットを覆い尽くした。大量の乱れたルーン信号が泥の中に溢れ、不快なノイズとなって押し寄せる。シーとメムからの接続が悲鳴を上げ、裂けるような激痛が意識を貫いた瞬間、研究所の各機械との連携も途切れた。


通信が復旧し、俺はノイズだらけの視界を通してナユタを再び見た。


核心まで一直線に続く通路が、迷宮の中に現れていた。


いや、「現れた」というより、「強引に開けられた」という表現が正しいだろう。


「まだまだだな」


正拳を打ち出した姿勢のまま、ナユタは呟いた。今の彼女の背中には、白い光を放つ三対の翼が現れ、頭上には金色の複雑なルーンが刻まれた光輪が輝いている。神聖で脈動する魔力の余波が周囲の通路を粉々にしていた。言うまでもなく、彼女の正拳の進行方向にあったものすべて――俺たちが守るべき模擬コアを含め――粉々になっていた。


俺は、存在しない唇を嚙み締めた。


偽りの天使――それがナユタたち戦闘員が誇る真の姿だった。


「ふむ、まだ修行が足りないな。戦術訓練を増やすべきかもしれない。いや、雑魚相手ならこれで十分か。足りないのは、高戦闘力の個体への対処経験だな」


無造作に身を翻し、ナユタは光輪と翼を引っ込め、冷たい笑みを浮かべた。


「罰として、次回の訓練をさらに厳しくする。覚悟しておけ。後始末は頼んだ」


ナユタの去りゆく背中を憎々しげに睨みつけながら、俺たちは残った人形とドローンを操作し、訓練場の清掃作業を始めた。

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