第9話 研究テーマ

それじゃ、この連中の研究テーマである「聖胎」について話そうか。


あくまで研究資料から寄せ集めた情報に過ぎないが、真実に限りなく近いはずだ。


生まれてからずっとデータ分析をしてきた俺たちを舐めてもらっては困る。


とにかく、聖胎に関して言えることは、この組織が本当にろくでもない連中だということだ。


完全にイカれてる。こいつらの先進性に道徳や法が追いついていないということだ。率直に言えば、思わず汚い言葉が出そうなので、ここは控えておこう。


メムとシーが協力してまとめ上げた事実の断片を見て、これまでに目を通した数々の研究テーマを思い返すと、俺は思わずため息をついた。


かつて、一人の少女がいた。


強大な神聖魔力に目覚めたその少女は、聖女として戦乱の世界に降臨した。


彼女は英雄として、人類史における大躍進をもたらした。魔物の主によって世界が脅かされている中、彼女は大小様々な救済組織を設立し、科学技術、救済、信仰を提供し、人々の生活圏を拡大し、魔物という外敵の脅威を排除した。無名だった少女は、その魅力と強大な力を駆使して、次第に地位を高め、かつての聖戦の指導者となった。この世界の人類文明の発展、魔術理論、生活圏の広がりは、すべて彼女の活躍に基づいていると言っても過言ではない。


しかし、魔物の主との最終決戦に勝利した後、最後の一撃の反動と魔物の主の攻撃により、少女は姿を消した。残されたのは、聖女の痕跡とされる異形の残渣だけだった。


英雄の仲間たちが聖女の消滅を悲しんでいる中、ただ一人、彼女を愛していた学者だけが、聖女の最後の残渣を手に入れた。


そして、その学者は、聖女の功績を崇拝する多くの魔術師や学者を集め、「曙の明星ルシファー」を設立した。


曙の明星ルシファーの研究テーマは非常に多岐にわたるが、実際は一つの大原則に基づいている。


それは、「聖胎」の多元的な利用だ。


彼らの言葉を借りるなら、「生命の樹の根を究明し、カバラの王冠を超え、聖体を再び鋳造し、福音を広め、聖女の再来を迎えよ」というものだ。


言葉だけ見れば壮大な理想のようだが、実際の研究テーマは、俺に存在しない眉をひそめさせるほどだ。


ここで言う「利用」とは、文字通りの「多元的な」意味だ。


増殖と分化を繰り返し、高い魔力と聖性を保った残骸に、初代ルシファーのメンバーは人類がさらなる躍進を遂げる可能性を見出した。彼らにとって、聖胎の研究は無限のエネルギー、低コストの食料、優れた素材、そして生命の限界を超える突破口を意味していた。


そう、間違いない。文字通り、無限の可能性を秘めている。食料も含めて、だ。


会計部門から送られてきた帳簿のデータを見る限り、ルシファーが開発したものは、兵器や贅沢品として闇市場で広く取引され、組織に資金を注ぎ込んでいる。


特に、分化した聖胎の組織を搭載した「祝福兵器」や、機能性のみを重視した生体戦闘兵器が組織の主要な資金源となっている。


さらに、多くの支援者は、組織が提供する「不死性」に目を付けている。特殊な血清が提供され、支援者とその家族の寿命を延ばしている。


狂愛きょうあい。これまで多くの資料を読み解いた俺の頭に最初に浮かんだ。


聖女が世界に注いだ愛は、確かにルシファーの「努力」によって受け継がれている。


養分さえ与えれば無限に魔力を生み出す高品質な燃料棒ねんりょうぼうは、極寒地帯で熱源を供給し続けることができる。戦争や貧困に苦しむ地域には、一口食べるだけで一週間のエネルギーを維持できるエナジーバーが送られる。極端な気候や衝撃に耐えられる延性材料は、極寒地帯や極端な研究を行う者たちに提供される。病気を治すことはできないが、使用者の寿命を延ばす血清。弾薬を繰り返し装填する必要がなく、1つのコアで無数の魔物を退ける兵器。


どれも一見すると、善意に基づいた革新的な技術だ。そして、確かに時代の最先端を行くものである。


しかし、これらの内容に触れるたびに、存在しない頭皮がざわつき、悪寒が俺の意識の核心を貫いた。


聖女――いや、かつての聖女は、これらの連中の行動によって今も「生き続け」、そして「奉仕」を強いられている。


もしかすると「消費され続けている」と言うべきだろうか。彼女には安息などなく、ただ搾取され続ける運命にあるのだ。


総じて、曙の明星ルシファーの研究員たちは全員、「聖胎」を利用した研究を行っている。例外がないわけではないがな。ヘクトリの研究は聖胎とは全く関係がなく、いつもルーン弾薬やルーン加速器、前世で言うところのレールガンのような研究をしている。だから上司にあまり気に入られず、給料を減らされると脅されているわけだ。


もっとも、ヘクトリ本人は気にしていないようだが。


なぜヘクトリがルシファーにいながら聖胎の研究をしないのか、俺にはわからない。だが、自分から問いかけるつもりはない。ヘクトリも研究者の一員だ。俺が余計な反応を示せば、何か不利益が生じるかもしれない。幸い、外部との接続はすべて俺というインターフェースを通じて管理されているため、メムがヘクトリに好意を持っているからといって、秘密が漏れる心配はない。シーに関しては、もともとヘクトリが好きじゃないしな。


とはいえ、聖胎研究をしていないという点では、ヘクトリはこの研究員たちの中ではまだまともな方だろう。


ところで、この膨大なデータを読み込んでいるうちに、俺たちの出自についても察しがついた。


おそらく、俺たちも聖胎から分化した存在なのだろう。


ふぅ。


別にどうでもいいさ。


生きているという事実が重要だ。俺たちの起源なんて関係ない。重要なのは、今この瞬間を生き抜くことだ。


今、俺たちの端末が強化された。


元々のデスクトップ型の入力ポートに加え、他の機器と接続できる汎用端子が追加されたんだ。研究所の各所には小型の端末も増設された。


今では、膨大な端末からのデータ入力を受け取るだけでなく、あらかじめ設定された作業に従って、汎用端子を通じて機器を操作することも要求されている。つまり、自動化された実験機器として、研究員たちの研究を支援することになったわけだ。今のところは、薬をガラス管に入れたり、分光器ぶんこうきでデータを収集したりするなど、簡単な操作に過ぎないが。


毎日送られてくる作業量は非常に多い。常時オンラインの研究狂たちは五十人近くもいて、次々とデータを入力してくるんだ。その過程で、俺は並行作業の能力を強化された。おそらくシーとメムも同じだろう。今では、ヘクトリでさえ研究員たちの圧力に耐えられず、俺たちの週に一度の半日の休息時間も奪われてしまった。くそ。


「ごめん。休む時間を確保できなくなってしまったわ。上司から今週末までに報告を出すように求められていてね。本当に申し訳ないけど、データ収集を手伝ってもらうしかないの。」


少し疲れた様子のヘクトリが端末の前で操作を行い、俺たちの作業端末をある機械に接続した。その機械は、ミニガンのような多銃身の砲のように見える。ヘクトリは機械に弾帯を装填し、遠くに設置された板に向けて照準を合わせた。


ここは、射撃場だ。


ヘクトリは特定の素材に対して、さまざまな弾丸の防御能力をテストしているようだ。


「とりあえず、指示通り『大陸条約防衛機構』の汎用弾から試験を始めよう。最後に『兇鳥オミナス』から奪った特殊弾も試してみるか。まあ、各種弾丸を100発ずつくらいでいいだろう。上も、ついでに素材の耐性テストもやれって言ってるし。頼んだよ、トリーち。」


トリーち、つまり俺たちのことだ。おそらくヘクトリが「三元一体トリニティ」に付けたニックネームだろう。


ヘクトリが入力した指示に従い、俺はシーが演算した操作指令に基づいてミニガンを動かし、遠くのターゲットに向けて一発一発弾を撃ち込んだ。その間、センサーから返ってくるデータをシーに送り、メムはそのデータを記録していく。もちろん、精神リソースは余裕がない。俺たちは同時に研究所から投げ込まれる他の仕事も処理しなければならず、忙しさは限界に達していた。


「おや、頑張ってるね。」


「……ナユタ。」


「いいなぁ。この硝煙の匂い。久しぶりに堪能できた感じだ。やっぱり、タバコより火薬の残り香の方がいい。」


薄く冷笑を浮かべた、美しい戦闘員が試射場に現れた。彼女はタバコの吸い殻を軽く弾き、軍靴をカツカツと鳴らしながら、俺たちとミニガンが接続されている部分へと興味津々で近づいてきた。


「……何の用?」


「そんな警戒しないでくれ。ちょっと懐かしい音が聞こえたから見に来ただけさ。」


狐疑こぎの表情を浮かべるヘクトリに対して、ナユタはただ微笑んだ。


「でもさ、なかなか危ないことやってるよね。トリニティを武器に接続するなんて。」


「ダメかしら?操作規則には違反してないでしょ。」


「ははっ、確かに。悪かった、口出ししすぎた。」


ナユタの紫の瞳が俺たちのカメラにちらりと向けられた。冷たい視線は、まるで俺たちの心の奥を見透かそうとするかのようだ。


「ただ、こいつらが発砲を学ぶとはな。面白い。新しい訓練計画にその点も考慮しておくべきだ。」


「……できれば、ここで邪魔をしないでくれる?私とトリーちはまだデータを収集しなきゃいけないの。」


「トリーち……ああ、これのニックネームか。ふーん?」


「っ。他に用がないなら、さっさと出て行って。」


「ずいぶんとせっかちだな。まあ、邪魔はしないさ。」


ヘクトリはナユタを追い払うことに成功し、明らかにほっとした様子を見せた。乱れた髪をかきながら、空になったミニガンに新しい弾帯を装填する。


その間、俺は作業を続けつつ、シーとメムに指示を出していた。




>>俺:シー、メム。ちょっとリソースを割いて、あのナユタって戦闘員の記録を手伝ってくれ。


>>シー:疑問。不満。あの戦闘員は私を不快にさせる。見たくもない。


>>メム:私もそう思うわ。なんだか、ずっと敵意を抱いているような感じがしますね。


>>俺:だからこそ、やるんだ。できるだけ詳細に記録してくれ。情報は多ければ多いほどいい。役立つかもしれない。


>>シー:了解。バイオスがそう言うなら。


>>メム:わかったわ。必要なら、私も協力する。




こうして、俺たちは不確定要素であるナユタの観察と研究を開始した。

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