第8話 ブラックゾーン

しばらく稼働を続けた後、俺たちの端末を使用する人がどんどん増えてきた。


最初は、組織の研究者たちも少し警戒していたようだ。しかし、俺たちが正確にデータを整理し、分析できることが確認されると、目の下にクマを作りながらも、まるでハイエナのような目をした彼らが、さまざまな資料を持ち込んでくるようになった。


今や狂気の研究センターで最も人気のある機器として、俺たちは忙殺される日々を送っている。


現在、俺たちの使用スケジュールは、ハゲとヘクトリが調整している。ヘクトリの話では、予約待ちはすでに来年まで埋まっているらしい。今の俺たちはそれほど需要があるということだ。


仕事が増えても給料が出るわけではないし、正直、ちっとも嬉しくない。


報酬?とっくに無くなった。今では俺たち三人は、半ば本能的に投げ込まれた問題を処理している。習慣と訓練というものは、本当に恐ろしいものだ。


ともかく、仕事量が増え、分析を待つ連中も増えたが、ヘクトリはハゲと協力して、毎週最低でも半日の休憩時間を確保し、徹夜の作業を排除しようと努力してくれている。まあ、少しでも休みが増え、徹夜しなくて済むのはありがたいことだ。ここは素直に感謝しておこう。


大量の研究データに浸りながら、俺は徐々にいくつかのことを把握し始めた。


まず、この組織が俺たちに与えている業務権限は意外にもかなり大きい。


データ収集や計算はもちろん、俺たちは扉のアクセス管理、勤怠の管理、さらには一部の防衛設備の管理まで任されている。


データ収集と計算は言うまでもなく、俺たち三人は熟練している。アクセス管理はシンプルで、メムが素早く送られてきたバイオメトリクスデータとIDカードの一致を確認し、一致すれば俺がリモートで対応する扉を開ける。勤怠管理はメムが記録を担当。防衛設備については、安全ドアや基本的な防災アラームなど、シーが各数値を素早く計算し状態を確認し、俺が操作する。


今や、俺たちの視覚や聴覚、そして触覚は基地内全体に及んでいる。


俺の視点からすれば、こいつらはよくもまぁ、基地の操作権限をこんなにも俺たちに委ねたものだ。もし俺が今、全ての換気ダクトを封鎖し、各部屋に消火ガスを注入すれば、研究員たちは全員死ぬだろう。


だが、すぐに俺は自分が甘かったことに気づいた。


メムが収集した断片的なデータを基に、シーがシミュレーションを行った結果、研究所には「ブラックゾーン」が存在することがわかった。そのエリアには視覚も音声も、その他の感覚も一切なく、俺たちはそのブラックゾーンを全く掌握できていない。


そこが、恐らく俺たちの本体が存在する場所だろう。


さすがはリスクの高い研究をしている秘密結社というべきか、最低限の防御手段は備わっている。もし俺の推測が正しければ、あのブラックゾーンの他にも、俺たちが確認できない通路が存在していて、そこから直接コアに到達し、物理的に俺たちを破壊したり、シャットダウンすることができるはずだ。


情報が得られないということは、防御手段を計画できないということだ。もし俺たちが研究者たちに危害を加えようとすれば、俺たち自身も危険にさらされることになる。ましてや、研究所のスタッフを全員殺したところで、実質的な利益はない。


ここは、巨大な秘密結社のほんの一部に過ぎない。


俺たちは価値のある資産ではあるが、組織全体から「無用」や「危険」と判断されれば、すぐに廃棄されるか、別の実験材料にされるだろう。前者ならまだ潔い終わりだが、後者はおそらくもっと苦痛を伴う。この支部を破壊するのは簡単かもしれないが、本部から攻め込まれれば、俺たちは反抗する手段がない。


しかも、この支部には戦闘員がいる。


俺は「視線」を目の前の人物に向けた。


「ナユタだ。今日からお前たちの安全を担当する。よろしく頼む。」


端末の前に座っているのは、一人の女性だ。


白いシャツにタイトなパンツを身に着け、肩には黒いジャケットを羽織り、豊かな胸の両側には黒いホルスターが装着されている。暗紫色の長い髪をかんざしでまとめ、鋭く冷たい目で端末をじっと見つめている。黒い手袋をはめた指を軽く弾くと、炎が空中に現れ、彼女の口元の煙草に火がついた。


彼女の後ろに立っていたヘクトリは眉をひそめたが、ナユタと名乗るその女性はまったく気にしていない様子で、ゆっくりと煙を吐き出した。嗅覚の受容器が搭載されていないことに感謝した。もしあったら、この黒い泥の中は不快な雑音だらけになっていただろう。


「ここに来る前は、一応第4連隊で働いてた。上から、ここでお前たちの新しい訓練プログラムも一緒に担当するように言われた。高価な資産を見守るだけの楽な仕事だと聞いて来たんだ。頼むから、私の期待を裏切るな。」


そうしないと、いつでもお前たちを一発で仕留めることができる、と。彼女の言外の意味を察して、俺は黙っているしかなかった。


こいつが守るのは「俺たち」じゃなくて「彼ら」の安全だろう。


「……話はこれで終わりだ。」


「え?もう終わりなの?他の研究員たちの使用時間を調整してまでこの時間を確保したのに、ただそれだけ?」


「ああ、それで十分だ。この端末が、お前たちの報告書に書いてある通りの賢さなら、それくらいで伝わるだろう。」


ナユタは立ち上がり、端末に背を向けて手を振った。そして、扉を開けてそのまま立ち去った。


「まったく……不快だったよね、ごめんね。」


ヘクトリは苦笑しながら、端末の画面の埃を手で拭った。


「頑張ってね。どうやら上の方が、いくつかの訓練プログラムをあなたたちに試してほしいと思っているみたい。あの安全担当者もそのためにここに呼ばれたんだ。」


ヘクトリは心配そうな表情を浮かべた。


「もし何かおかしなことをされたら、記録を残しておいて。抗議するから。」


お前、マジ?昨日まで上司に罰を受けて、給料を減らされたような雑魚研究員のお前が?俺たちのために抗議するとでも?


不安しかない。


だが、仕方がない。あの新しい訓練プログラムが始まれば、もう少し状況が明らかになるかもしれない。


とにかく、勝手に反抗すればどうなるかがわかっただけでなく、他にも確認できたことがある。


そう、この組織の研究テーマだ。


詳しく説明するなら、メムが記録した歴史をいくつか引っ張り出して、シーに手伝ってもらって暗号を解析する必要があるだろう。


この組織の研究は、どうやら「聖胎しょうたい」と呼ばれるものに関わっているらしい。それはかつて「聖女」と呼ばれた少女の一部で、研究員たちが「神性ディバイン」と称し、ほぼ不死不滅の生物組織だという。

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