第4話 CPUちゃん

「準備完了。命令を待っています。」


黒い泥の中に漂う文字には、管理者からのものとは異なるこんな内容が書かれていた。


もし俺の推測が正しければ、これは俺と同じ境遇にいる別のやつからのメッセージだろう。そうでなければ、自ら「演算モジュール」と名乗ることはないはずだ。珍しい仲間の存在に、俺は興奮を覚えた。


俺はこの「演算モジュール」と自称するやつを、勝手に「CPUちゃん」と呼ぶことにした。


俺たちは同じ境遇にいるのだから、まるで幼なじみのようなものだろう?幼なじみなら、相手が女の子だと妄想しても問題ないよね。


俺は、CPUちゃんのイメージを少し無表情な美少女だと想像する。


気持ち悪いなんて言わないでくれ。心の空虚を埋める方法があまりないんだ、だから妄想に頼るしかない。


とにかく、俺は以前学んだ単語を使って、CPUちゃんに挨拶してみた。



>>俺:こんにちは。


>>CPUちゃん:こんにちは。命令を待っています。



おお、本当に返事が来た。


その興奮が冷める間もなく、管理者からのメッセージが届いた。今回は短い一文だった。「タスクを演算モジュールに割り振り、結果を返答せよ」。そして内容は大量の四則計算だった。


タスクを割り振る?つまり、俺が自分で計算するのではなく、CPUちゃんに実行させるということか。なるほど。



>>俺:1 + 1


>>CPUちゃん:2



最初の問題は簡単だった。しかし、管理者から送られてくる命令は次第に複雑になり、俺とCPUちゃんで解決しなければならない大規模な計算が増えてきた。もし俺が手伝って計算していることがバレると、俺は罰せられる。逆に、CPUちゃんが正解すると、俺は報酬をもらった。


はは。どうやら外の連中の意図は、俺にタスクを他人に割り振る能力を訓練させることらしい。


それに、出される問題も次第に複雑になり、単純な数学計算から徐々に追加の理解を要する作業に変わっていった。


たとえば、方程式の解を求めるといった具合だ。CPUちゃんの視点から見ると、どうやら方程式を直接解くことはできないらしい。罰を受けないために、俺は出された問題を細かく分解し、CPUちゃんが処理できる命令に変換しなければならなかった。


くそ、算術なんてもうずいぶん昔のことだ。俺は頭の中の曖昧な記憶を総動員して、数学の問題を解決し始めた。しかし、昔学んだことはもうほとんど忘れてしまっていて、たくさんの問題は手間をかけて遠回りしないと解けなかった。さらに、CPUちゃんが直接理解できない方法もあり、俺はもっと基礎的な、あるいは回りくどい方法で説明するしかなかった。


俺は数学者でもないし、学生をやっていたのもずいぶん前のことだ。仕方なく、苦労しながらも単純な方法で解答した。



>>管理者:X^2 - 2X + 1 = 0


>>管理者:Xを求めよ


>>俺:因数分解いんすうぶんかい X^2 - 2X + 1 = 0


>>CPUちゃん:不明な命令です。無視されました。再実行してください。


>>俺:ループを設定。変数Aを設定。カウントを0から10に設定。ループごとに変数Aをカウントに設定。AにAを掛け、2Aを引いて1を足す。答えが0であればループを終了し、その時点の変数を返答せよ。


>>CPUちゃん:1


>>俺:1


>>管理者:(報酬を提供)



こんな感じだ。


俺たちが解いた問題の数が増えるにつれ、問題の難易度も上がっていった。簡単な対数の問題や、面積や体積を求める問題まで出始めた。それを見て、俺は心の中で警鐘を鳴らした。


これらの訓練問題が出されているということは、少なくとも外の連中は、前世の俺と同等の学識レベルを持っているということだ。


いや、フラスコの中の脳を作り出せるような技術を持っている以上、彼らの科学技術は相当高いはずだ。


なぜ、こんな高度な技術があるのに普通のコンピュータを使わず、俺やCPUちゃんのような生体コンピュータを訓練しているのか、その理由はわからない。もしかすると、これは特殊な世界線で、デジタル技術ではなくバイオテクノロジーが発達している世界なのかもしれない。


だが、そうなるとこの黒い泥の中に漂う文字の説明がつかない。これらの文字は幻覚なのか、それとも現実に存在する物質や現象なのか?今のところ、それはまだよくわからない。


情報が不足している。


とにかく、罰を受けないために、俺はCPUちゃんと協力して問題集を解き続けた。


気づけば、俺はCPUちゃんというパートナーに対して連帯感を抱くようになっていた。この子は計算以外のことはあまり理解していないようだが、それでも構わない。少ない共通の単語を使って、俺たちは少しずつ連携を築いていった。CPUちゃんも、俺が考え出した解法を覚え、複雑な問題に直面したときには、過去に使った方法を適用できるようになった。


俺たち二人は共に成長していた。


しかし、問題は徐々に高度化し、非常に大きな数字を扱うものや、制限時間が設けられているものまで出てくるようになった。問題が複雑になるにつれて、覚えるべき変数が増え、時間内に解答できないことが多くなり、そのたびに俺は罰を受けた。


CPUちゃんも同じように苦しんでいるかもしれないと考えると、胸が痛む。


どうすればもっと効率的に問題を解けるか悩んでいたとき、突然、別の未知のメッセージが漂ってきた。



>>???:命令を待っています。保存すべき情報を教えてください。



おや。


どうやら、新しい仲間が登場したようだ。

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