第25社 引きこもりの体力を舐めてはいけない

 模擬訓練2日目。祓式の発動条件が分かったので、私はさっそく織部先生の元へ報告に来ていた。報告し終わると、先生はこう言った。


「なら、後は慣れるだけやな」

「そうだな」

「せやったら、今後の訓練中は慣れさすためにも、極力憑依した状態ままでいた方がええやろ」

「分かった」


 先生に一礼すると、クラスメイトの列の方に並んだ。

 

 となると、授業中はずっとこのままなわけか。ま、衣装は気に入ってるし良いけどね。ただ、口調も変わるのがな……。最初は違和感しかないけど、慣れればそれも気にならなくなるはず。


 そう思いながら、先生の方を向く。

 

「昨日から始まった模擬訓練やけど、今日含めて後、3週間弱しかないからテキパキいくで」

「はーい」


 私を含めた生徒が返事をすると、先生が今日の予定を軽く説明し始める。


 にしても、残り3週間弱で初任務とか頭おかしいんじゃないの? 私らって、まだ入学して右も左も分からない一般人なんですけど……。


 私たちは先生の説明を聞き終わると、試練場内に作られた訓練用の市街地へと入っていく。京都市内の街並みを再現したのか、瓦屋根の建物やビルが見えた。先生によると、この市街地は模擬演習ルームと呼ばれる部屋の中にあって、市街地の他にも海辺や森など、様々な場所や天候の調整、実際に疑似祟魔との戦闘もできるようになっているらしい。

 

 街並みの再現度高いし、天候の調整とか疑似祟魔との戦闘もできるとか技術力半端ないな……。どんだけお金かかってるんだろ。後、試練場を外から見たら、模擬演習ルームとか入る大きさじゃないだろうに。もしかして術とか仕込んでるのかな? 大神学園だったら普通にありそう。


 街並みを見ながら前の人に着いて行っていると、とあるビルの前に着いた。先生はビルに入るための鍵を開けると、中に入っていった。私たちもその後に続く。

 どうやら先生の話によると、4時間目は体力づくり、5時間目はそれぞれの祓式に合わせた武器の扱いを学ぶらしい。


 んー、体力づくりといえば、やっぱり筋トレとか? ランニングとかそこら辺なのかな? 根っからの引きこもりに筋トレは無理! 運動苦手だし、いつも持久走とかは最後の方だったし。ま、祓力で身体を強化してやるそうだから、そこは問題なさそうかな。多分。


 ビル内に入っていくと、私の予想通りトレーニング施設が目に入る。


 あ、これ本当に筋トレとかする感じ⁉ いやいや、ちょっと待って。冗談のつもりだったんだけど……ってあれ?

 

 げんなりしていると、トレーニング施設には入らず階段の方を上っていく。


 ん? この先ってなんかあったっけ?


 不思議に思いながら階段を上っていると、最上階である4階へとついてしまった。けど、先生はそこで止まる気はないようで、屋上へと続く階段を上っていく。


 ど、どういうこと? この先、屋上ですけど……。


 先生が屋上に繋がる扉を開けると、冷たい風が流れ込んできた。最後尾の人が屋上に到着したのを確認した先生は、腰に手を当てながら口を開く。


「到着や」

「……いやいやいや、こんなところで何するんだよ⁉」


 呉羽さんがこの場にいる全員が思っているであろうことを代弁した。私を含めた他の生徒も、首をブンブン縦に振る。


「そんなんパルクールに決まってるやん」

「はぁー⁉」


 先生がそう言うと同時に、クラス全員の口から驚きの声が上がった。先生は頬をかきながら、続けてこう言う。

 

「あ、あれ? 言うてへんかったっけ?」

「誰もそんなこと言ってねーよ!」


 呉羽さんから鋭いツッコミが入ると同時に、辺りがざわざわし始めた。


 そりゃそうでしょ。今からパルクールしますって言われてもね……。それに一言もそんなこと聞いてないし。


 先生の発言に呆れていると、横にいた悠が小声で話しかけてきた。


「パルクールってあれだよね? 縦横無尽に動き回るやつ」

「あ、あぁ。その認識で間違ってはないはずだ……。にしても、なんでパルクール……?」

「おっと。それは今から説明するからみんな一旦黙ってくれへんか?」


 先生が声をかけると、さっきまでの騒がしさはどこへやら、一瞬で静かになる。

 

「なんでパルクールが必要なんかって言うとな。それは祟魔と戦うために必要やからや。基本、祟魔は夜に活動するし、素早い個体が多い。そんな中、地上で普通に走ってみぃ。追いつけるわけないやろ? それにそんな堂々と民衆の前を走っていったら目立つし、何より祟魔からの攻撃も避けなあかん。そこで、建物間を素早く移動できたり、敵の攻撃を回避できるのにうってつけなんが、パルクールや」

「な、なるほど……」


 先生が話し終わると、納得の声がちらほら上がる。


 確かに先生の言う通りなんだよね……。祓式がいくら使えても敵からの攻撃を避けなきゃ意味ないし。その身軽さを手に入れるためにも必要になる。


「という訳やから、今から順番にやってもらうで。習うより慣れろや。ほな、出席番号順に行くで~」

「わ、私から!?」

「ほら、出席番号1番の宿命や。ぐちぐち言うてんと、さっさと飛び降りんかい!」

「待って、無理無理無理ー‼」


 詞貴が祓力で身体強化したことを確認したら、先生は問答無用で詞貴の背中を思いっきり押した。押された詞貴は叫び声を上げながら、ビルの下まで落ちていく。私たちは思わず、ビルの塀から詞貴の様子を覗き見る。


「ほら、何とかなったやろ?」

「何とかって……。ギリギリじゃねーか!」


 詞貴はすんでのところで1回転して見事着地を決めたようで、上にいる私たちの方に向かって手を振っている。先生は下にいる詞貴を指差しながら、隣にいた私に向かってそう話した。私は先生に対してすかさずツッコミを入れつつ、これから訪れるであろう恐怖に思わず、肩を震わせるのだった。

 

 

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