第7社 時にスルースキルは大事

「■■■――‼」

「無理無理無理無理......!!」

 

 私は山道を全速力で走る。理由は勿論、例の黒い靄がかった異形から逃げるため。その異形は雄叫びをあげながら私を追ってきている。しかもかなりのスピードで。霧で何も見えない中、できる限りのスピードで走る。もう制カバンはどっかに放り出した。後でエルが回収してくれると信じて。とにかく、後ろのやつから逃げないと死ぬ。間違いなく。

 

 こんなことなら、普段から運動してれば良かった……‼ 


 私は己の体力のなさに過去の自分を悔いる。何故、こんなことになったのか。それはほんの数分前に遡る。


 

 ◇◆◇◆


 

 まーだ追ってきてるよ……。あのキモいやつ。


 あれから道という道を歩いていた。自分が神社までの正規ルートを辿れているのか分からないまま。どんどん霧が濃くなり、今では自分がどこを歩いているのかも分からない。

 この15年間この山で過ごしてきたというのに、最早この場所は私の知らない何か別の空間になっているようだった。心なしか、異形のスピードも上がってきているような気がする。


 このままじゃ追いつかれちゃうかもな……。マジでどうしよ。


 私はこの状況をどう乗り切るか、思案する。けど、そう簡単に名案が思い浮かぶはずもなく、困り果てていた。すると、後ろの方から何やら声が聞こえてくる。よく耳を澄ましてみると、カッカッカという地を這いずるように低い声がした。


 え、なに今の……。急に声あげるとか怖い以外の何ものでもないんだけど……。


 そう思い、スマホ画面で後ろの様子を確認する。だが、そこにさっきまでいたはずの異形の姿はなかった。


「……え? どういうこと?」


 いなくなったってことはもう大丈夫……? いや、でも大丈夫って思ったときこそいるんだから気を付けないと……。

 

 スマホ画面から顔をあげると、すぐ横からさっきと同じ声が聞こえてきて、異形の姿が真横にあった。


「ぎゃああああー‼」


 異形を見た瞬間、全速力でその場を離れるようにして走った。その直後、スマホのライトが消えるが、そんなことを気にしていられる状況じゃない。私は何も見えない中、真っ暗な山道を一目散に駆け抜ける。

 

 マジで何なの⁉ 急に来られると怖いんですけどぉおおお⁉


 エルに応答するように何度も心の中で呼ぶが、一向に返事がない。


 こんな肝心なときに……! エルったら使えない奴……‼


 私は半泣きになりながら、この場にいないエルへ文句を言う。


 途中で制カバンはどこかに置いているので、後でエルに回収してもらうしかない。の前に、この状況から生還しないとなんだけど。

 

 と、内心嘆いていると、足場が急になくなる感覚がした。


「へ……?」


 私が涙でぼやけたままの目で下を見ると、文字通り足場がなかった。具体的に言うと、生身のまま崖みたいなところに出てしまったわけだ。

 

 あ、終わった……。私の人生終わった。


 そのまま落ちるだろうと思い、目をつぶって衝撃に備えようとする。けど、いつまで経ってもその衝撃は訪れない。その代わりに、後ろから引っ張られるような感覚を感じた。

 

「あ、あれ?」

 

 あ、もしや助かった……?

 

 そう思い目を開けた瞬間、何故か視界が反転し、背中とお尻に衝撃が走る。どうやら木にぶつかってそのまま地面に落ちたらしい。


「いったぁ……」

 

 私は強打した部分を手で押さえる。すると、遠くの方からアニメでよく聞くような斬撃が聞こえてきた。


 音的に刀? まるで何も見えないから、音だけで判断するしかないんだけど……。にしても、さっき私を助けてくれたのって……。

 

 頭の中が色々とごちゃな私は今の状況を整理する。しばらくして斬撃が鳴り止むと、霧が晴れて視界が鮮明になった。いつもの見慣れた山道が目に入ってホッとしていると、さっきまで応答のなかったエルが現れた。


「あ、やっと見つけた」

「もぉー、遅いって。何回呼びかけても反応ないんだもん」


 私は隣に現れたエルを見て、安心した表情を浮かべると同時に、エルの反応がないことを話す。すると、エルは申し訳なさそうに耳を下げて謝ってきた。

 

「ごめんごめん。異様な気配を感じたから様子を見に山の中に入ろうと思ったんだけど、全然入れなかったんだ。多分、あの霧のせいだと思うんだけど……。あ、はいこれカバン」


 エルはここに来る途中で拾ってきたのだろう制カバンを私に返すと、私の周囲を飛び回る。一方の私は、エルの指摘からさっきまで発生していた霧には何かあるのだろうかと考え始めていた。

 

「やっぱりあの霧ってなんかあるのかな……。どんどん濃くなっていったし」

「確かに秋葉と念話すらできなかったから、何かありそうだね」

 

 にしても、霧が晴れてから異様な気配を感じなくなったんだけど、一体何がどうなってるんだか……。


 取り敢えず、先ほどまでの出来事をエルに話すため、口を開く。けどその瞬間、近くの茂みからガサガサと音が鳴った。


 まさかさっきの異形? もしそうだったらマズいんじゃ……。

 

 私とエルは顔を見合わせると、警戒しながら茂みの方に目を向ける。すると、人影が見えてきた。


「よぉ、無事か?」


 茂みの中から現れたのは、青髪を下の方で1つ括りにした青年だった。

 


 

 

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