第23話



 政宗と椿が話をしていると、扉を叩く音が聞こえて外から成孝が「もう終わったか?」と尋ねたので、椿は「終わりました」と答えた。すると成孝が入ってきた。

 政宗は、成孝を見ながら「成孝……紳士だな……」と呟いた。

 成孝は眉を寄せて「何を言っているんだ?」と尋ねた。すると政宗が咳払いをしながら言った。


「そんなことより、井田の家に呼ばれた」


 成孝は目を細めながら言った。


「例の集まりか?」

「ああ」


 政宗は頷いた後に椿を見ながら言った。


「椿と共に出席したい」

「ダメだ」


 成孝は瞬時に返事をした。

 政宗は正直に言うと、反対されるとは思っていなかったので驚いた。そしてすぐに尋ねた。


「なぜだ?」


 成孝は少し考えた後に言った。


「椿とは花菱の夜会に出席する。井田とも繋がりが深い家に兄弟で同じ女性を同伴すれば、覚えている者がいた場合……あらぬ噂がたつぞ?」


それを聞いて、政宗は眉を寄せた。


「成孝の相手として出席すれば……注目されるだろうから……確かに何か言われるかもしれないが……」

 

 政宗は成孝を見ながら言った。


「それでも俺は、椿と出席したい。椿以外の女性を自分の連れだと言って紹介したくない。成孝が別の相手を探してくれ」

「断る。私も椿以外の女性と出席する気はない」


 成孝と政宗が睨み合っていると、扉を叩く音がして「椿、身体は拭き終わったか?」と声が聞こえた。

 椿が「終わりました」と答えると秀雄が入ってきた。

 政宗は「秀雄まで紳士なのか……」と青い顔をした。


「あ~~何、この空気」


 そして秀雄に成孝が理由を話したのだった。




「あ~~じゃあ、椿が化粧とか髪型を変えて出ればいいだろう? 特に夜だからな~~名前を紹介しなければ案外バレないって」


 秀雄はあっさりと答えた。そして、笑いながら言った。


「夜会だと雰囲気が違うと、同じ女性だと気づかないものだ」

「体験談か?」


 成孝が小さく息を吐いた。

 秀雄は困ったように笑うと、椿を見ながら片目を閉じた。


「まぁ、ということで、椿、悪いな。兄と弟は不愛想だから、相手を見つけられそうにない。一緒に出席してやってくれ」


 政宗と成孝はムッとしながら同時に、声をそろえて言った。


「椿がいいんだ」

「椿以外など選べない」


 同時に声を上げた二人に対して秀雄が笑いながら「わかった、わかった」と言った。成孝は大きく息を吐くと、政宗と秀雄に向かって言った。


「とにかく二人は部屋を出ろ。用件は明日以降にして、今日は椿を休ませる」


 成孝に言われて、仕方なく秀雄と政宗は立ち上がると、椿は二人に「秀雄様、政宗様、おやすみなさいませ」と言った。すると二人は口角を上げながら「椿、おやすみ」「おやすみ」と言って部屋を出た。


 部屋に椿と二人になると、成孝が桶に布を付けた。


「冷たくなってしまったな。お湯を換えるか……」


 そう言うと椿は「足だけなので、そのままで構いません」と言った後に右のふくらはぎを出した。

 成孝は布を絞ると椿の隣に座って、ふくらはぎをソファに乗せるように言った。

 そして椿の傷付近を丁寧に拭いた。傷付近だけではなく足の指の間まで丁寧に……


「ん……」


 小さく声を漏らす椿を見て、成孝はゴクリと息を呑んだ後に椿の傷を見ながら言った。


「若い女性に……傷をつけてしまったな」


 成孝の言葉に椿は「傷など慣れたものですので、お気になさらずに」と明るく言った。


「椿……責任は取る」


 椿は成孝の言葉の意味がわからなかった。

 すでに病院まで連れて行ってもらって、身体まで拭いてもらって十分よくしてもらっている。これ以上の責任を感じる必要はない。


「ふっ、意味がわからないと言った顔だな。今はそれでもいい。だが……」


 成孝は椿の足に触れ、瞳に熱を帯びながら言った。


「……私以外の男に『責任を取る』と言われても断れよ?」

「え?」


 成孝は椿の着物の裾を戻すと桶を持って「おやすみ」と言って部屋を出た。

 椿はなぜか心臓がうるさくて咄嗟に、声が出ずに、すでに姿の見えなくなった扉に向かって「おやすみ……なさい」と呟いたのだった。



 


 

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