第22話



「成孝様、後ろを向いて下さいますか?」

「ああ」


 椿は、成孝に後ろを向くように言って、身に着けていた着物を脱ぎ、下半身はそのままで、胸の前に着物を寄せて前を隠して、成孝の方の背中を向け、髪を集めて前に垂らした。


「成孝様……どうぞ」


 成孝は無言で振り向くとごくりと息を呑む。

 椿の普段は見ることのない白い背中とうなじに目を奪われて動けない。


「……成孝様?」


 成孝が動かないことを不審に思った椿の呼びかけに、はっとした成孝が「すまない」というと桶に布をつけてきつく絞り、椿の背中に布を当てた。


「……んっ」


 驚いた椿の艶のある甘い声に、成孝はつい手に持っていた布を自分の膝の上に落としてしまった。


「あ、すまない」

「いえ、私も驚いただけです。どうぞ、お気になさらずに続けて下さい」


 成孝は再び桶に布を付けて絞るを椿の背中を丁寧に拭いた。

 そして拭き終わった成孝は、椿に背を向けたまま早口で言った。


「私はしばらくしてまた戻る。足以外を拭いておけ……」

「はい」


 椿が返事をすると成孝はかなり急ぎ足で椿の部屋を出ると、目の前の自分の部屋に急ぎ足で駆けこんだ。

 そして入るなり扉の前に座り込んで真っ赤な顔で頭を抱えた。


「はぁ~~~、私は……いくつだ……情けないな……」


 成孝は頭を押さえながらも先程の椿を思い出していた。


(……女性とはあれほど柔らかいものなのか?)


 そう思って頭をさらに押さえた。

 そして大きな溜息をついてしゃがんだまま窓の外を見ながら思った。


(もっと……触れたい)


 そう思って、頭を掻きむしった。


「何を!!」


 そして自分の思考について行けずに悶えた後に、再び大きく息を吐いたのだった。





 椿は、身体を拭き終わり着物をしっかりと着た。


「成孝様がケガをした場所は拭いて下さるとおっしゃっていたからそこは残した方がいいのよね?」

 

 椿が考えていると、ノックの音と同時に政宗が入って来た。椿の座るソファの前のテーブルに桶が置いてある見ながら言った。


「ああ、椿。もしかして、これから身体を拭くのか?」


 椿は首を振りながら答えた。


「いえ、もう拭き終わりました」

「そうか……ところで、椿。その足はいつ治る?」


 椿は「お医者様は、今日は安静におっしゃっていましたが……何かありましたか?」と尋ねた。

 政宗は困ったように言った。


「友人の家が主催する夜会に呼ばれたのだが、皆、異性同伴で出席する。椿を連れて行きたい」

「それはいつでしょうか?」

「二週間後だ」

「二週間……」


(ケガは問題なさそうだけど……勝手にお答えするわけにはいかないわ……)


 椿は真っすぐに政宗を見ながら言った。


「成孝様の許可を頂かないと何もお答えできません」


 政宗は「まぁ、そうだな」と言った。そして不機嫌そうに言った。


「成孝は、どこに行ったのだ!?」

「成孝様は、私が身体を拭くからと、部屋を出て行かれました」


 政宗はそれを聞いて頷いた。


「ああ、なるほど……身体を拭くから外に……」


 そして赤い顔で慌てて声を上げた。


「ちょっと待て、椿は身体を拭いていたと言ったな!? どうやって?」

「着物を脱いでですが……」

「着物を脱ぐ……?」


 政宗は椿の全身を見ると、途端に真っ赤な顔になって叫んだ。


「な、な、な!! 椿、身体を拭くのなら鍵をかけろ!! 秀雄が入ってきたらどうするつもりだ!! ……私も特に何も考えず開けてしまった……」


 政宗が顔を赤くしたり、青くしたり忙しい。

 椿は、政宗の様子に首を傾けたのだった。

 

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